第16話 名もなき乙女のメイクの魔法

「え……これが、わたし……」


 伏し目がちに一点を見つめた視線がわたしの手に持つ鏡に移った途端、彼女が驚きの中でもらした第一声だった。


「ご希望に添えましたでしょうか?」


「も、もちろんです……あ、えっと、ま、まさか……こんなにきれいにしてもらえるなんて……」


 別人みたい、と自身の頬に手を当てては上下左右と何度も角度を変えて、信じられないという様子で鏡を覗き込む。


 その様子に自然と頬が緩む。


「それはよかったです」


 安心した。


 ほっとしたら、そのまっすぐな感情がそのまま声となっていた。


「あなたの良さを最大限にいかしています」


「そ、そうなんですか?」


「ええ。もちろん、ご希望通りの変化も加えていますが、原型はあなたのものです」


 そう告げると彼女は嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます」


 艷やかな口元が華やかに揺れる。


 内側からじんわりにじむような柔らかな色合いを演出できるのはリップティントの技術を取り入れてこその完成度だろう。


「とてもおきれいです」


 アイシャドウチップを使用して彩り、淡いブラウンでグラデーションされた瞳がしっかりわたしを、というか、愛理の姿を写す。


 正面に座る女性に数分前までのおどおどした様子は感じられない。


「クロエからもご説明があったかと思いますが、わたしの施した変身の効果は24時までです」


 正確には、わたしが作り出したメイク用品の効果は、というべきか。


 これはポリンピアの技術ではない。


 愛理の記憶を通して知り得た彼女の住む世界のメイク技術や用品についてわたしが研究に研究を重ねたものだった。


 全く同じとまでは行かなかったけど、この国で仕入れることのできる原料を使用して疑似製品を見様見真似でいちから作成したものだ。


 もちろん失敗の連続で、ここ数年間で何度もやり直しを繰り返した。


 加えてわずかに残された魔力も混ぜ合わせる。


 メイクを施したあとに少しだけ力を込めると弾けるような光が一瞬見える。


 そうすることで、素材の良さをしっかり引き出した理想的なメイクの仕上がりからまるで別人になったような仕上がりまで自由自在に操ることができる。


 メイクの世界の幅は果てしなく広い。


 加えて女性の可能性も無限大だ。


 プロのメイクアップアーティストを母に持つ愛理の思考と繋がって以来、彼女の記憶を通してその素晴らしさを知った。


 眠りにつくと愛理であるわたしは、令和という世界に生きていて、その日々や生活を堪能することができる時期が多々あった。


 自身の存在意義について絶望感に苛まれていたあの頃、何もせずにはいられなかったわたしは、この五年の間にその体験を繰り返し、可能な限り愛理の目を通して未知なる世界を実際に触れ、技術を学び続けた。


 最初は姉さんたちに試すように施していたメイクがあまりにも好評だったことから話は進んでいった。


 今ではこのポリンピアの人間に合わせてその原材料も調合するようになっていた。

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