本文
一幕
1章 プロローグ
入学式。
今では桜が咲く時期が早まり、既に木々に緑が見え始めてから開催されることも多くなってしまった、新しい門出の儀式だ。
新入生はみんな等しく期待に胸を膨らませ、恐る恐る新たな環境へと足を踏み入れる。
そしてそれはこの春から高校一年になる俺――
なんだか、周りを歩く同じ新入生と思わしき人たちが、俺だけを避けるように歩いて行く。早歩きで、見なかったことにするかのように。もしくは、変なことに巻き込まれないように、目を付けられないために追い越さないように。
「あの子たち、お熱いねぇ」
「しっ! からかったら何されるかわかんないでしょう?」
よく聞こえないけれど、保護者同伴の生徒たちが俺らを見てひそひそと囁いているような気もした。
「なぁ
俺はそう問いかけながら、俺の左腕に自身の右腕を絡め、腕や肩だけでなく足までもがくっつきそうなほどの距離で隣を歩く可憐な少女に目を向ける。
漆畠明日海。濡れたカラスの羽根よりも艶やかな黒い長髪には、少し大きめの星のピンをつけている。俺がいつかの誕生日であげたその星が似合うような可愛らしく整った小さな顔には、凛とした強さを放つ瞳が顔の良さを引き立てている。高校指定の制服を着ているだけなのに、他の生徒と纏っているオーラが違うように見えるのは、羽織っている薄ベージュのカーディガンのせいだろうか。俺と同じ家で同じシャンプー、同じ柔軟剤を使っているはずなのに、ただ一人だけ天界からやってきたような幸せな香りがする。
「そうですか? みんな緊張しているだけでしょう」
「だったらいいんだけれど。俺に変な寝ぐせとか鳥の糞ついてたりしない?」
天使のような声で答えた明日海は一度腕を離し、トテトテと可愛い効果音がしそうな小走りで俺の中心に一回りする。
全身くまなく観察した後に、天使は俺の左腕に戻ってきた。
「はい! おにぃが着ることによってよりパリッとして見える制服にも、かっこよく切り揃えられたカルマヘアにも、どこにも異常はないです!」
「そっか。なら、俺も入学式で緊張して、変に周りを気にし過ぎただけかなぁ」
「んー、あとは有名人だと思われてるとか?」
「新入生の顔だけで、そんなの判断できるか?」
「そんなことより、私早く学校に行きたいです!」
「うん、そうしようか。走らないようにね」
「はい!」
俺たちは、寄り添って学校まで向かっていく。
今までも、そうしてきたように。
しばらく歩いて、「入学式」と書かれた看板が立てかけられた校門をくぐる。
「ねぇあの子たち、くっつきすぎじゃない?」
「カップルで受験したのかな。ウケる~」
やっぱりほかの生徒たちに注目されている気がするけれど、まずはクラス分けの表を確認しに行かなければ。
なるべく人混みに飲み込まれないで、張り出してあるプリントが見えるところを探す。
「大丈夫か、明日海。酔いそうだったらすぐに言ってな」
「これくらいは大丈夫だってば。おにぃはいつまでも過保護すぎます。……えいっ!」
強がりつつも、満面の笑みで笑いながら先ほどよりも体重をかけてくる。
「急に体重かけられると、俺とお前の荷物もあるんだから倒れちゃうって」
「おにぃはそんなにやわじゃないでしょう?」
「そうだけども。……お、俺らは二組だってさ」
明日海の体を支えながら、クラス分けのプリントを何とか覗く。
「人が混まないうちに、早いとこ体育館に移動しちゃおうか」
「うん。おにぃも二人分のかばんを持ってる右腕がお疲れでしょう?」
「これくらい屁でもないから、気にすんな」
体育館には、もう出席番号順に座り始めている生徒が数人いた。
幸いにも、名字が「うるしはた」である俺たちの席は自然と最前列になることが多い。そのため人混みを掻き分けずに座ることができた。
「今の二人見た?」
「え、どういう関係?」
……周囲の視線と声は、もうそういうものだと思って気にしないことにしよう。
席に着いてからしばらくせずに人が集まって入学式が始まった。
入学する生徒が、順に名前を呼ばれていく。一組が終われば、すぐに二組。
「漆畠明日翔」
「はい」
出席番号の若い俺はすぐに呼ばれる。
俺が立ち上がると、少しだけ会場がざわついた。
別に漆畠グループの長男なんて、別に面白いものでもないのにね。
「漆畠明日海」
「はい」
続けて、明日海の名前が呼ばれる。俺はいらないとはわかりつつ、そっと手を差し出して、立ち上がるのを手伝った。
明日海が俺の手を取って立ち上がると、先ほどよりも少し大きく会場が騒がしくなる。
「あの子たちが漆畠の……」
「双子なら、あの距離感も納得だわ」
同じクラスの人の呟きも、式典のように静まっている会場だと案外よく聞こえるものだ。
片や現在日本でもトップクラスの大手会社『漆畠グループ』の社長の長男にして、次期社長がほぼ決まっている、兄の漆畠明日翔。
片や華道の名人に英才教育を受け、全国のコンクールを総なめした元天才中学生、妹の漆畠明日海。
俺たちは文字通り共に支えあい生きてきた、双子であり義兄妹なのである。
***
父は社長で、母は華道の名人だった。
どちらも仕事に厳格で、息子の俺からは淡泊でドライな関係に思えたほどだ。
先祖代々会社を経営している漆畠家の女性は体が弱いというジンクスがあるようで、本家の遠縁にあたるとある女性が、女の子を産んだ時にそのまま容体が急変してしまったらしい。
俺が生まれたのと同じ病院で、俺が生まれた少しだけ後に。
そのままうちで、養子として引き取る形になったらしい。
父は後継ぎとして男の子が欲しくて、母は華道の後継ぎとして女の子が欲しくて、家族の中で少しもめたようなので、漆畠家としても収まりがいい形になったようだ。
二人とも、名門を継ぐ立派な子になって欲しい、空や海のように広く明日へ繋げていく。そういった意味を込めて、『明日翔』と『明日海』と名付けられた。
この時俺らは、戸籍上兄妹となった。
そして俺らが双子となったのは、小学校に上がってからである。
例のジンクスに漏れず、明日海は体が弱かった。
それなのに母の厳しい華道の指導を受けて、体調が万全な時は少なかったのではないかなと思う。
俺はというと、父に後を継ぐための勉強三昧。それ以外の余計なことをするなと言われてきた。
でも、一緒に育った兄妹が苦しんでいるのを放っておくことなんて、できるわけないじゃないか。
俺は父の言いつけを破って、明日海の看病をした。
「どうしてお兄様は、私に構うのですか」
熱を出している妹は、弱々しく俺に話しかけてきたのを覚えている。
「こんなところにいたら、お父様に怒られてしまいますよ」
「大丈夫。今だって言われたドリルやってるし」
「でも、私は養子ですから……」
「そんなの関係ないだろ!」
体だけではなく、態度も気持ちも弱っている妹を、ただ見ているなんて。一緒に育てられた兄として、そんなことあってはならない。
「俺たちは同じ日に生まれて、同じ家で育った双子じゃないか! 放ってなんか置けないよ!」
「でも、体調を崩すのは私が悪い子だから……」
「違う! もし明日海が悪い子なら、今言いつけを破ってる俺だって悪い子だ!」
「それは……」
「養子だってなんだって関係ない。俺たちは正真正銘の双子だ! 友達が増えたって恋人ができたって、何があっても明日海は俺が守る! 約束する!」
俺の想いがちゃんと明日海に届いたのか、はたまた言葉による呪いに縛り付けられたのか。明日海は俺に心を開くようになり、俺は明日海のためならなんでもした。
こうして、俺たちはこうして双子になった。戸籍とかそういう理屈なんかじゃなくて、お互い心を通わせた双子になったのだ。
***
「ねぇねぇ、明日海ちゃんと明日翔君って、あの漆畠グループの子孫なんだって?」
「兄弟揃って、すごい肩書だよね!」
入学式が終わると、クラスの担任の先生に導かれて、一年二組の教室まで案内された。そこからホームルームは始まるまでの今の時間、俺と明日海は質問攻めにあっている。
特に、既に女子たちの中心人物になっている、明るい髪色のハーフツインの女の子に。
「私、
「よ、よろしく」
「よろしくお願いしますね、伊嵜さん」
「そんな名字呼びだなんて堅苦しいよ~。野乃花でいいよ」
「では、野乃花さんで」
明日海は双子になってから、自分に自信を持てるようになって、今ではこうしてクラスの輪に入れるようになっている。
中学の時は病院に居るときの方が多かったけれど、それでも人見知りをして俺の陰にずっと隠れていたものだ。成長をこうして目の前にすると、涙が出てくるぜ……。まぁ同い年なのだけれど。
「ところで二人とも。こんな風にちょっとした有名人だけど、大丈夫そう?」
伊嵜は周りを見渡す。確かに、まるで動物園に来た初日のパンダかのような気分だ。
「何か困ったことがあれば、何でも言ってね!」
「そりゃ頼もしいな」
「はい! ぜひ頼らせていただきますね、野乃花さん」
しばらく歓談した後、野乃花が満を持したように立ち上がった。
「ところでなんだけどさぁ~」
「はい、どうしましたか? 野乃花さん」
「えっと、クラスのみんなが気になっているであろうこと、聞いてもいい?」
「えぇ。どうぞ?」
少し言いづらそうな顔をした伊嵜は、それでもにやにやしながら俺たちに疑問を投げかけた。
「君たち、いつもそうなの?」
「そう、とは?」
「だから、そのぉ。……なんで自分の席じゃなくて、明日翔君の膝に座ってるの?」
あぁ、そういうことか。
確かにこのクラスには俺たち以外に双子がいないようなので、少し目立っていたようだ。
「おにぃが座らせてくれる、から?」
「まぁ今は授業中じゃないし、大丈夫でしょ」
「た、確かに、問題はないけどね?」
こうしている方が明日海に何かあったときにすぐ対応できるし、俺も明日海もこれが当たり前だから気にしていなかった。
「家でもそうなの?」
「えぇ、もちろん」
「そ、そうなんだぁ」
伊嵜だけでなく、周りの生徒たちも引いている。……何かまずいのだろうか。
「なんか二人とも、恋人みたいだね」
そう言って取り巻きの生徒たち――おそらく漆畠家が物珍しくて一目見たかったりり、思惑があったりして近づこうとした人たちだ――が離れていく。
「そんなことないと思いますよ。私たちはただの双子ですから。ね?」
「あぁ、双子だからな。そういうこともあるだろ」
「……まぁそういうことにしておこう!」
教師が戻ってきて、ホームルームが始まった。簡単なオリエンテーションの説明を受けて、いきなり明日から授業のようだ。
「明日海、学校は楽しめそうか?」
「はい! 久しぶりにおにぃと一緒のところに通えるんですもの。楽しみに決まってます!」
こうして一日が終わり、俺ら双子は登校してきたときのように腕を組んで下校する。
学校中に『いちゃいちゃして登下校をしている
②恋人じゃないです、双子(養子)です!【カクヨムプロットコンテスト】 星宮コウキ @Asemu
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