第17話 取り巻きたち ⅱ

 イワンは、閣僚と経済人を前にあえて慈悲の表情を作る。


「西部同盟諸国、あるいはライスとその周辺諸国が我々に物を売らないというなら、……我々から買わないというなら、自動車もテレビもパソコンも、東亜大公国から買えばいい。石油も天然ガスも東亜に売ればいい。ワントゥ総統もキュウ首相も喜んで対応してくれるだろう。そして国内では、官民こぞって戦車を、ミサイルを、弾薬を作るのだ。そうやって経済を活性化させればよい。そしてユウケイの大地を我がフチンの戦車で埋め、ミサイルの雨を降らせる。ユウケイの街々を砂漠に変えてしまえば、問題は万事、解決するだろう」


「大統領、そのためには戦費をねん出しなければなりません」


 エリーナが困惑の色を浮かべた。


「ならば、集めればいいだろう。国民や企業から、資金や金属、電子部品を挑発するのだ。フチンを逃げ出したおっちょこちょいの財産はすべて没収しろ。国籍を持つ富裕層であれ、多国籍企業であれ、逃亡の罪は重い。すぐさま徴発のための大統領令を発布する。それからもうひとつ。我が国の地下資源の取引は、ドルでもユーロでも元でもなく、我が国の通貨ギルのみとする。資源の輸入にギルが必要となれば、暴落を阻止できるだろう」


 どうしてこの程度のことが思いつかないのだ。……イワンは呆れた思いでテーブルの向こう側に並ぶ小さな顔を見まわした。


「多国籍企業の資産没収や、取引通貨の変更は商取引の慣行に反します。我が国の信用を貶めることになりますが……」


 エリーナが顔を曇らせていた。普段なら、それでイワンは意見を撤回しただろう。しかし、今回は違った。


「私は、世界を変えようとしているのだ。商取引の慣行など、世界の価値観の転換の前には小事にすぎない」


 心底、そう信じていた。


「ハァ……」


 エリーナは困惑を顔に貼りつけ、口をつぐんだ。


「……財産の没収は、大規模な軍事行動を行っていることを、そのために戦費が不足していることを国民に知られることになりますが、よろしいのですか?」


 ビクトリアが、おずおずと尋ねた。


「国民は、私のやり方に不満を表明しているのかな?」


「いいえ……」ビクトリアが首を振る。「……支持率はここ2週間で10ポイント上がっております」


「そら、みなさい。国民はよくわかっている……」


 イワンは背筋を伸ばし、表情の薄い大臣たちの顔に視線を走らせた。


「……我々は、フチン人を差別し、我が国の資源を狙うユウケイ民主国とその背後にいる西部同盟、ライス民主共和国などから大規模な経済戦争を仕掛けられている。そのための国防作戦を実施中なのだ……」


 嘘をついている自覚はあった。が、戦争には大義がいる。自国民の保護と国益の保全。それは立派な大義であり、嘘もつきとおせば真実になる。嘘を貫き通す力、それこそが権力だ。そんな信念にもたれかかりながら、言葉を継いだ。


「……事態ことに冷徹に対処しながら、経済状況は国民にも知らしめなければなるまい。悪いのはすべてライスをはじめとした西側の自由主義諸国だ。なあに、安心したまえ。国民は私を支持してくれるよ。……で、ミカエル君。戦況はどうなのだね? 作戦計画ではセントバーグが3日で落ち、ユウケイは2週間で平定できるはず。その2週間は既に過ぎたが、いまだにドミトリーは元気に発信し続けているようだ。軍は、私に何かを隠していないかね?」


「だ、大統領に隠し事など、あるはずがありません」


 立ち上がったミカエルの顔は灰色をしていた。


「ドミトリーは、停戦条件を少しでも良くしようと嘘八百……、手がなくあがいているのにすぎません」


 外務大臣のアンドレが助け舟を出した。


「左様で……、あと数日、お時間を下さい」


 懇願するミカエルに、イワンは冷たい視線を投げた。


「何か、策があるというのか?」


「東部の要衝地、エアルポリスを包囲しております。市民はすでに飢餓状態。食料を提供すれば地下壕から出てくるでしょう。それらからIDをはく奪し、人間は収容所に送ります。ユウケイはデジタルシステムが進んでいます。IDがあれば、本人になり代わって何でもできます」


 ミカエルが苦し紛れの策を述べた。彼の考えなど、イワンには手に取るようにわかった。それは過去にも実行されたことだ。


「ふむ、それらのIDを国民投票に使用するのだな」


「さすが大統領、ご明察です。IDがあれば彼の国の国民投票は我が国の手の内に落ちたのも同然。独立、あるいは我が国への帰属が市民の意思となれば、西部同盟諸国もライス民主共和国も口出ししようにありません。エアルポリスが独立したら、ユウケイ国民の戦意はそがれ、エアルポリスに続く都市が出てくることでしょう」


「使い古された手だが、まあ、いいだろう。自由と民主主義を振りかざす連中には一番効果的な手段だ。やりたまえ。そのためには、多くを殺すな。人が多いほど、飢えるのも早い。多くのIDも手に入る。……で、我が軍の損害はどの程度だ?」


「け、計画と、大きな齟齬そごはありません」


 ミカエルの声音に、引っかかるものがあった。が、経済人を前に、彼を追及するのは得策ではないと思った。


「……なるほど……」2人の経済人に眼を向ける。「……そういうことだ。ボリス君、アリシェフ君、納得していただけたかな。経済界の諸君にも、引き続き国家のために尽力してもらわなければならない。ここにいない者たちにも、よろしく伝えてくれたまえ」


 2人は一瞬、互いに顔を見合わせたが、観念したように頭を垂れた。納得したようには見えなかった。が、大臣らの話に納得していないのはイワンも同じだった。


「今は忍耐の時だ。大フチン帝国、初代皇帝ヨシフが凍れる大地にツルハシを打ち込んだ時のように諦めず、世界を耕すしかあるまい」


 そう告げて、会議を解散した。イワンの胸に感慨深いものがジワリと広がった。

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