国葬の後で……

 グリアーチュア帝国第19代皇帝ゲナイオス・グリアーチュアの国葬ののち、ゲナイオスの一族がまたしてもゲナイオスの私室に一堂に会した。


 訃報に接したあの夜、ゲナイオスがしるした遺書には『葬儀後に施錠が解除される』とあった。

 しかし、どうやって『葬儀が終わった!』と判定したのであろうか?

 コンスタンティノスはふと思い出す。国葬の流れを細かく指定した内容に……。墓所の指定もしてあった。アレクシアの墓所の左側にと。そして、埋葬した際にはご丁寧にも掘るべき場所に印が成されていた。それがもし魔導をほどこしたことによるものだとしたら?


「ははは。父上は本当に父上ですね。本当に繊細なのにやることが大胆だ。いつそんなことができるのだろうと思ったら、恐らくは遺書を書いたあと。遺書を書いた時点では魔導なんて施してなかった。でも父上は私達がその遺書を読む頃には自裁じさいを遂げていることはわかっていたから、その誤謬ごびゅうを上手く利用した……」


 コンスタンティノスはゲナイオスの綿密めんみつかつ大胆な行動にかわいた笑いを出すより他なかった。


「兄上? 父上は何でこの机に魔導で施錠せじょうを?」


「ああ、マル。父上はえてそうしたのは、全てが終わった時に見せるものがあったのだろうな。なあ? マウルス。人間の心理というものは実に不思議だと思わないかい? わざわざ刻限こくげんつきのかぎを施してまで隠したい物がこの机にあったとして、それを見たくなるのは人間として実に正しい心情だと思わないかい?」


「ああ、兄上。そういうことか。確かに頭ごなしに禁止されたらやりたくなるし、隠されたら見たくなるのはそうだな」


「そうよね。お父様は私たちのお誕生日の時の贈り物も、まずは布だったり身体からだの裏に隠してしまわれてたわね」


「シシーお姉様の言うとおりね。お父様はいつも『デリー? 何だと思う?』って私に考えさせてから見せてくるのよね。そういう一瞬でも考えるということができる一時ひとときがある。それは私のお誕生日の掛け替えのない・・・・・・・思い出の一コマひとこまなのよね」


 マウルスの問いに『隠されたものは見たくなる』という人間の心理を突いたゲナイオスの技巧に触れた答えをコンスタンティノスは示すと、マウルスだけでなく、シンシアやデリアも賛同の意を表す。この兄弟妹きょうだい、実に仲良しである。それもゲナイオスやアレクシアが努めて穏和な家庭を築き上げてきた証左しょうさでもあるのだ。


「なあ? 兄上? 中を見てみないか? 解錠されているのであろう?」


「ああ、そうだな。マル。開けてみようか。まずは天板に付いた広い引き出しから」


 マウルスが興味津々きょうみしんしんに中を見たいと促すのでコンスタンティノスはひとまず天板に付いた広い引き出しを開けてみることにした。


 スゥッっと引き出しを開けるといくつかの物があった。


「ああ、これはまた……。母上との思い出の品ばかりだな。それに婚儀の際に描かれた肖像画の小型版もあるのか」


「本当に……ご丁寧ていねいにも目録まであるわね」


 コンスタンティノスは中にあった物を確認すると、カロリナは目録の存在を視認する。


「次は左袖の上段を開けるが、マル? 開けてみるか?」


「ああ、開けてみよう」


 コンスタンティノスはマウルスに左袖の上段の引き出しを開けてみるように促す。マウルスはコンスタンティノスの意思を悟り、それに承諾する。


 スゥッっと引き出しを開けた時、マウルスは一瞬、目をらしてしまった。


「おっと……。これは……、ああ。うん。まあ、そうだな。何とも言えないけど、父上らしいと言えば父上らしいな」


「あら? ルース? これはこれで良いものよね。いついてもらったのかしら? こちらも目録があるのね。がくにも番号が振ってあって、その番号と目録の番号が一致してるわね」


 どうやらアレクシアの裸婦像が何枚も遺されていたようだ。マウルスは途端にお茶を濁すような発言になってしまった。妻のメラニアはしっかりと目録の存在を確認したが、興味津々である。


「あら? マルお兄様? 何がって……綺麗……」


「どうした? シーニャ? ああ、なるほど。これは子供には刺激が強いかな?」


 シンシアもアレクシアの姿にうっとりとしたのを見て、夫のバリアンは何やら納得した様子。


「ちょっと! マルお兄様たち、シシーお姉様たち! 私にもお見せなさい! あら? あらあら? お母様の若かりし頃の絵ですわね! とっても綺麗じゃない! こっちは? これは……こんなあられもない姿……」


「ディー? っと……、これはとても僕が見るにはおそれ多い絵だね」


 デリアがしびれを切らして、割って入って絵を確認して、つい違う絵を見た時に赤面をしてしまう。夫のテオドロスも恐縮してしまったが。


「あら? お兄様ったらお義姉様ねえさまのこんな恥ずかしい姿を何枚も残して、一体何に使ったのかしら?」


「フェーア……。それは言えないなぁ。多分。ゲン陛下に実はやり方を教えてもらっていてね? フェーアの姿も……」


「ヴァル? それはどういうことかしら? まさか、ここにいる男性、皆同じ事を? どうなの? コースチャ?」


「イーフェ叔母上? ここでは黙秘させていただきます! マルやバリー殿下、テオも黙秘しておきなさい……。ヴァイ叔父上は……ご愁傷様です」


 イウフェニアが兄の残した絵に対し文句を言った所で、夫のヴァイロンがここでまさかの失言である。途端にイウフェニアの冷たい視線を浴びるヴァイロン。

 と思ったら、まさかのコンスタンティノスが流れ弾に直撃である。流石にコンスタンティノスも黙秘せざるを得ない状況におちいった。一応、マウルスやバリアン、テオドロスに対しては援護射撃をしておいたが、流石さすがに自爆をしたヴァイロンについては救えず、この後に来るであろうイウフェニアからの猛攻撃を想像して心の中で手を合わせるコンスタンティノスであった。

 まあ、そんなコンスタンティノスもカロリナのあられもない姿は絵に残しているのだが……。


「はい。次に行こうか。次は左袖の下段をシシー? 開けてご覧なさい?」


「ええ。開けますわね」


 何とか流れを変えたいコンスタンティノスはシシリアに次の引き出しを開けるように促す。


 スゥッ引き出しを開けた時、シシリアは興味深げな顔を見せた。


「あら? これは? 目録がありますわね。ええっと……『シアに贈った品が入った魔導宝物箱ほうもつばこの内容一覧』ですか。ああ、お父様ったら……、お母様に贈った品を保管しておいたのですね。お母様の服は確か宝物庫に入れてあるという話は聞いたのですけどね」


 どうやらゲナイオスがアレクシアへ贈った品が宝箱に保管されているらしい。魔導宝物箱ほうもつばことは空間魔導が施されている箱で大量のものを入れることができる代物である。故に自身が妻に贈った小物などは全て入れたのであろう。


「ふむ。シシー? 箱のふたは開けられるか?」


「今、開けますわ」


 コンスタンティノスがシシリアに魔導宝物箱ほうもつばこの蓋の開閉確認を促す。


 蓋を開けることを試みたシシリア。カチャッと音がなり蓋が空いた。


「まあ! とても沢山はいってるようですね」


わかった。次は何となく想像が付くけど、デリー? 開けてみなさい。右袖の上段だ」


「ええ! 開けますわ!」


 無事に開くことが確認できたので、右袖の上段をデリアに開けるようにコンスタンティノスは促した。まあ中身は何となく想像できるのだ。恐らくは……。


 スゥッっと引き出しをあけたデリア。その時に見えたものに得心がいった笑顔をデリアは見せた。


「ああ! やっぱりですか! お母様から贈られた品が一つの箱に全部あるんですわね! 目録もちゃーんとありますわ!」


「やっぱりか。だろうなと思った。しっかり残してあるんだろうなと。一応、ふたの状態だけは確認しておいてくれ」


「ええ!」


 コンスタンティノスの想像通りだった。右袖の上段には魔導宝物箱ほうもつばこが目録とともにあった。コンスタンティノスはデリアに蓋の開閉確認を促す。


 カチャッと蓋を開けるとデリアは満面の笑みを見せる。


「まあああ! お母様ったら御洒落おしゃれな物を贈っていらしたのですね! とってもお父様によく似合うものばっかりですわ!」


「うん。わかった。さあ、最後は右袖の下段ですか。イーフェ叔母上? お願いできますか?」


「ええ。わかったわ」


 無事に蓋の開閉確認もできた所で残るは1つ。右袖の下段の引き出しをイウフェニアに開けてもらうようにお願いした。


 スゥッと引き出しを開けた時、イウフェニアは首を小さく右に傾けた。


「あら? これは2つの箱が使われているのですわね? こっちが黒薔薇、こっちは白百合の模様がえがかれているわ。おかしいわね? 他の引き出しには目録があったわよね? この引き出しには目録らしきものがないわ?」


「イーフェ叔母上、多分ですが、それこそが父上の見せたかったものかも知れませんよ……?」


「それはどういうことかしら? コースチャ?」


 イウフェニアが右袖の下段の引き出しの中にあったものに対し、今までの引き出しにはあった目録がないことをいぶしがる。しかしコンスタンティノスはそれに対し、一つの解を見出みいだしていた。それに対し疑問を呈するイウフェニア。


「開けてみれば分かりますよ。この黒薔薇の箱を私が、この白百合の箱をリーナが開けてもよろしいですか? 叔母上?」


「ええ。任せたわ」


 しかしコンスタンティノスは満面の笑みで答えるのであった。開ければ分かると。ついでにその役目を自分たち夫婦によって担いたいとすらも要求してのけた。


 ガチャッとコンスタンティノスが黒薔薇の装飾が施された箱の蓋を、ガチャッとカロリナが白百合の装飾が施された箱の蓋を開ける。


「おや? これは手紙でしょうかね? これは全体に永久防護魔導が……掛かってますね。リーナはどうです?」


「ええ。コスタ? 私の方も同じですわね」


「そして封に書かれている字はどことなく幼い感じもしますが、こちらの箱は母上の文字ですね。多分、リーナの箱は父上の字ではないか?」


「ええ。そうね。その通りよ。一番上の封の字はやや幼いように感じるけどね」


 それぞれの目に最初に付いたのはとても幼い書き方をした字であった。ただ、署名を見ると黒薔薇の箱の手紙の封はアレクシアの署名が、白百合の箱の手紙の封はゲナイオスの署名があった。


「これ、一体どれだけあるんだろうなぁ」


「わからないわ。でも、お義父様とうさまのことですから、全部あるかも知れませんわね。それも何十年分も……」


「ははは。ああ、どうにかして、これも後世に残したいな。どうにかならないものか?」


「出来れば編纂へんさんして、何冊かの書籍にしたいわね……」


「できるものか?」


「ええ、時間と金と手間をかければ、なんとかなると思うわ」


「そうか……。これについては最若手の信頼の置ける人間を集めてやるしかないかもな……」


「ええ、そうね。それとどうかしら? 帝国立ゲナイオス・アレクシア記念館を建てて、ゲナイオス皇帝陛下、アレクシア皇后陛下ゆかりの品々を展示するのは?」


「ああ、リーナ。それについても考えてはいるから安心しろ」


 途方もない数の手紙がこの2つの魔導宝物箱ほうもつばこに入っているのを考えたコンスタンティノスは内心、頭を抱えたくはなった。だが、それでも両親の愛の足跡は是非とも残しておきたいと思うコンスタンティノスなのであった。

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