皇帝陛下の国葬

 グリアーチュア帝国第19代皇帝ゲナイオス・グリアーチュアの国葬がしめやかにおこなわれたのは、ゲナイオスが自らの意思で命をって14日を経た日のこと。


 ゲナイオス陛下が崩御あらせられた日もアレクシア陛下が崩御あらせられた日も冬だというのに晴れて昼間は気温が高かった。そして真冬だと言うのに昼間っから晴れて気温が高い、そんな日は夜はとっても冷える。そうだと相場が決まっているのだ。更にはその2日ふつか3日みっか後からはしばらく雨や雪が続く。今日は昨日までのみぞれが嘘であるかのように空は青くんでいた。一年前のアレクシアの葬儀の時も雲ひとつ無く空のあお一際ひときわ濃かった。


 ゲナイオスが崩御あらせられたという訃報は3日間掛けてグリアーチュア帝国全土へ知れ渡る。魔導郵便の設備すら無い上に交通の便が悪い辺境へんきょう辺境へんきょうがつく位の辺境・・であるならば、それくらいは掛かって当然なのだ。そして、そういったど辺境・・・からもあらゆる手段を駆使し帝都まで7日以上も掛けて国葬に参列するごうものだっているのだ。もちろん賢帝と呼ばれたゲナイオスの訃報を知るのは近隣の各国だけではないのだ。魔導通信により翌日の昼までには全世界の首脳が知ることとなったのだ。


 コンスタンティノスやカロリナは新たなる皇帝、皇后として、次々と訪れる各国首脳との会談に明け暮れながら、国葬までの長いようで短い期間をやり過ごす。その他のゲナイオスの近親もまた各自ができる限りのことを進めていく。もちろんゲナイオスの近親だけではない。首席宰相を始めとする宰相府の面々もまた帝国の威信を、新しい皇帝、皇后の威信をゲナイオスの国葬にけた。ちょうど1年前はゲナイオスがアレクシアの準国葬にゲナイオス自身の威信をけた。だというのに、まさか、その1年後に国葬をおこなう立場になるとはコンスタンティノスはつゆほども思っていなかった。


 〽〽海より吹きし 潮風を 身体からだに受けて 一人立つ

 〽〽強き我が国 かなう国 いずこにいずこに あらざるや!

 〽〽力とほこりの 歴史を作るは 我らあり!

 〽〽ああ! ああ! 民草と 皇帝と! 皇族一家に 光あれ

 〽〽輝く笑顔が あふれる 栄光 グリアーチュアよ!

 〽〽ああ! グリアーチュア! ああ! グリアーチュア!

 〽〽我が祖国 グリアーチュアよ!


 〽〽帝国の太陽は 燦然さんぜんと 帝国の月光は 皎然こうぜん

 〽〽あまねく天下を 照らしゆく 皇帝陛下は 誇り高し

 〽〽あまねく天下を 照らしゆく 皇后陛下は 誇り高し

 〽〽ああ! ああ! 民草と 皇帝と! 皇族一家に 光あれ

 〽〽輝く笑顔が あふれる 栄光 グリアーチュアよ!

 〽〽ああ! グリアーチュア! ああ! グリアーチュア!

 〽〽我が祖国 グリアーチュアよ!


 そんな晴れた空の中、帝都に詰めかけた民衆が道沿いで歌う。歌うのは国歌である。皆、泣きながら国歌を歌って、ゲナイオスの崩御を悼む。この14日間、帝都はずっと沈んだままだった。先年のアレクシア皇后の訃報に引き続きのゲナイオス皇帝の訃報は流石さすがに帝都の民にとってはこたえるのだ。帝国の太陽だったゲナイオスと帝国の月光だったアレクシアを年をまたいで相次あいついで失うということは帝国民、ひいては帝都の民にとってはがたき悲しみなのである。故に歌でやすより他なかったのである。


 そんな中を帝国の騎士団が隊列を成して行進をしてゆく。右手には入団の際にゲナイオスに忠誠を捧げることを誓った剣を持ち、左手は入団の際に民草を守ることを誓った小盾を持っている。

 そして、隊列の中団には近衛の主要たる面々がゲナイオスの遺骸いがいが収められた、それはそれは豪華な棺を担いで行進をしてゆく。


 棺のふたにはアレクシアが生前こよなく愛していた大輪の白百合を模した装飾もされている。そして、それに並ぶようにゲナイオスが生前こよなく愛していた大輪の黒薔薇を模した装飾もされている。実はアレクシアが永久とこしえに眠る棺も左右関係は逆であるが同じ模様が装飾されていた。これはゲナイオスの発案によるもの。そして、それを受けてコンスタンティノスはゲナイオスの棺にも同様の装飾をなそうとした。装飾作業は1日がかり、寝食しんしょくも忘れさせ、早急に仕上げさせることを命じて出来た代物しろものである。


 少し時は進み、葬列はいよいよ皇城そばの大聖堂へと至った。そして、それからそう時を置かずして大聖堂の祭壇奥に棺が置かれた。


 いよいよ本格的な葬儀が始まる。各国首脳の錚々そうそうたる面々、国内の貴族一同が順次花を、棺が置かれた祭壇の前の長机ながづくえに捧げていく。終盤、皇族の面々が順次花を捧げた後に新たなる皇帝、グリアーチュア帝国第20代皇帝コンスタンティノス・グリアーチュアが黒薔薇と白百合を1本ずつ捧げた。これは終生に渡り互いを愛しに愛した2人がいついつまでも寄り添って過ごせるようにという思いを込めて。


 献花を終え、祭壇に向け一礼したコンスタンティノスがおもむろに黒のウェストコートの内ポケットから封書を取り出し、更には封書から取り出した紙束。それには前日までに書き散らした弔辞があった。


「グリアーチュア帝国第19代皇帝ゲナイオス・グリアーチュア陛下。貴方あなたはまさに帝国の太陽であられました。燦然さんぜんと輝く帝国の太陽であられました。そして、そんな太陽を影から支え続けたのがアレクシア・グリアーチュア皇后陛下であられました。

 ゲナイオス陛下。今よりちん、グリアーチュア帝国第20代皇帝コンスタンティノス・グリアーチュアはおおやけの立場を取り払い、ゲナイオス陛下を父上、アレクシア陛下を母上と呼ばせていただきます。そして、ちんわたくしと言います」


 朗々ろうろうたる声でコンスタンティノスが弔辞を読み始める。


「父上。思えば、母上が崩御ほうぎょあらせられた日からしばらく、朝に父上の姿を拝見した時にはいつもいつも目の下が赤くございましたね。毎晩毎晩、人知れず涙にくれたのでしょう。父上は母上のことが大好きでしたから。

 父上。貴方の笑顔がまさに母上あってのものだと痛感させられましたよ。私たちも長らくの闘病の末に母上を失った悲しみはとても計り知れぬものではありましたが、父上の悲しみはそれを凌駕りょうがするものだったのかと思い知らされました。

 父上。母上を失った日から半年かけて私に帝国の皇帝とはどうあるべきかを叩き込んでくれたことを私は忘れはしません。

 父上。実質的に隠居を遂げた半年前からの父上の母上を求める姿。私には、見ていてとても耐えられるものではございませんでした。

 父上。父上が崩御あらせられる前日の笑顔。今思えば、あの笑顔はやっと母上の元に旅立てる喜びが出た笑顔だったのですね。それを知らずに久しぶりの父上の笑顔に歓喜した私はなんと迂闊うかつだったのかと今でも反省しているのですよ?」


 コンスタンティノスがゲナイオスに語りかけるように弔辞を読み上げる。そして、コンスタンティノスはゲナイオス崩御の前日の自身の迂闊うかつさに触れた時の表情、それはいかにも苦虫を噛み潰したようなものであった。


「父上。貴方は常に母上と寄り添い、この国の皇帝として何を成さねばならないのかを、言葉と行動で私に示唆していただきました。その指針は今、後ろで控えている新たなる皇后となったカロリナと共に皇帝として私が生きる上で大いに役立つものとなりましょう。

 父上。貴方は常に母上と寄り添い、父親として何を成さねばならないのかを言葉と行動で私に示唆していただきました。その指針は今、後ろで控えている次代の皇帝の母であるカロリナと共に次代の皇帝の父として私が生きる上で大いに役立つものとなりましょう。

 父上。貴方は常に母上と寄り添い、夫として何を成さねばならないのかを言葉と行動で私に示唆していただきました。その指針は今、後ろで控えている私の妻であるカロリナと共にカロリナの夫として私が生きる上で大いに役立つものとなりましょう」


 コンスタンティノスはゲナイオスから生前に受けた薫陶くんとう、それを自身の未来の指針とすると誓いを立てたことをゲナイオスに伝えるかのように弔辞を読み上げる。


「しかし、父上。いくら母上を愛していたからと言っても、母上が亡くなった次の年の同じ日に母上の元に旅立つこと。それだけは私が生きる上では大いに役立つものではございませんでした。

 何故ならば父上。私は息子に皇帝の座を譲らずして逝ってしまった父上や祖父上とは違い、私が余生を妻と共に気力のある内に息子イリアスに皇帝の座を譲る気だからです。そのためには生前の退位を許さぬ、この国の皇室典範を改正する発議が必要でしょう。

 父上。願わくば本来はその発議を父上にしてほしかった。でも、父上は皇帝として逝くことを選んだのですね」


 コンスタンティノスのゲナイオスへの問責。だが、コンスタンティノスとしてもゲナイオスの矜持も幾分いくぶんかわかっているつもりだった。だから、そのゲナイオスの矜持きょうじくささないこと。それを弔辞に取り入れた。


「父上。願わくばイリアスが戴冠する日に立ち会ってほしかった。華燭かしょく祭典さいてんにも立ち会ってほしかった。いや、イリアスだけではない。フィリスやロデリアの華燭かしょく祭典さいてんにも立ち会ってほしかった。ロデリアが嫁ぐ頃には杖をついてたかも知れませんがね。

 父上。我が子たちの幸福な姿だけではないのです。マウルスやシンシア、デリアたちの子らの幸福な姿も見てもらわなければならなかったのです。それだけではない。イウフェニア叔母上おばうえの末の子や孫たちの幸福な姿も見てもらわねばならなかったのです。

 父上。それを見て先に崩御あらせられた母上に報告する義務があったのです。それを忘れて崩御あらせられた父上は母上から猛烈な抗議が成されるかもしれません。それだけは覚悟しておいた方がよろしいかと思われます」


 コンスタンティノスからゲナイオスに語る自身の願望。そして、それを見届けられなかったゲナイオスにアレクシアからの叱責が待っていると触れた時、場内からは笑いが起きた。笑い声を出したのは生前の私的空間での婦唱夫随・・・・っぷりを知っている者たち。とても親しい人だからこそ挙げられる笑いだ。


「最後に父上。私たち兄弟妹きょうだいは父上、母上の子でよかったとせつに思っております。どうか、どうか、しばしの間、母上と共に私たちを見守っていてくださいませ。いずれ遠い未来に父上の元に、母上の元に向かいます。その時はしっかりとご報告を差し上げますので、どうかどうかご報告を受ける際はいつもの笑顔で受けてくださることをお願いして、私の弔辞とさせていただきます」


 コンスタンティノスは弔辞の終わりにゲナイオスやアレクシアの元に生まれたことの感謝を述べた。


「グリアーチュア帝国の太陽! グリアーチュア帝国第19代皇帝ゲナイオス・グリアーチュア陛下、万歳ばんざい! 万歳ばんざい! 万歳ばんざい!」


 長い長いコンスタンティノスの弔辞が終わった。会場となった大聖堂にはすすり泣く声が聞こえる。どの者もゲナイオスの在りし日の笑顔に思いをせ涙にくれたのだ。


 コンスタンティノスの弔辞の締めの万歳。2度目の万歳からは会場にいたもの全てが唱和した。


 〽〽海より吹きし 潮風を 身体からだに受けて 一人立つ


 コンスタンティノスが一人高らかと国歌を歌い始める。


 〽〽強き我が国 かなう国 いずこにいずこに あらざるや!


 カロリナがそれに合わせるように歌う。


 〽〽力とほこりの 歴史を作るは 我らあり!


 マウルスやシンシア、デリアといったゲナイオス、アレクシアの子らが続いて歌い始める。


 〽〽ああ! ああ! 民草と 皇帝と! 皇族一家に 光あれ


 会場全体が歌い始める。誰もがゲナイオスとアレクシアの崩御ほうぎょいたむように。


 〽〽輝く笑顔が あふれる 栄光 グリアーチュアよ!

 〽〽ああ! グリアーチュア! ああ! グリアーチュア!

 〽〽我が祖国 グリアーチュアよ!


 大聖堂に響く大音声だいおんじょうは大聖堂の外にもこえる。


 〽〽帝国の太陽は 燦然さんぜんと 帝国の月光は 皎然こうぜん

 〽〽あまねく天下を 照らしゆく 皇帝陛下は 誇り高し

 〽〽あまねく天下を 照らしゆく 皇后陛下は 誇り高し

 〽〽ああ! ああ! 民草と 皇帝と! 皇族一家に 光あれ

 〽〽輝く笑顔が あふれる 栄光 グリアーチュアよ!

 〽〽ああ! グリアーチュア! ああ! グリアーチュア!

 〽〽我が祖国 グリアーチュアよ!


 大聖堂の外に詰めかけた帝国の民草も歌う。その歌声はいつしか帝都全体に広がっていった。

 大聖堂の中、そして、晴れやかな空の下で国歌は何度も歌われたのだった。

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