第13話 本当の気持ち
中学二年生の時、私は司と付き合ってた。
告ったのは私の方……まあ、当然の流れだったとは思う。『僕が一生、叶多を守るよ。』なんて言われてたんだから。
両思いじゃないはず、ないと思っていた。
付き合うとは言っても、私たちの関わり方は以前とあんまり変わらなかった。
一緒に登下校する。一緒に遊ぶ。一緒にお出かけする。それが二人きりになって、「デート」って名前が付くだけ――それだけで。
でもそれだけで、私はすごく嬉しかった。友達から、恋人へと名前が変わる。その事実だけで幸せだった。これで正式に、私は司の一番になれたんだ、って………………でも。
司にとっては――本当にそれだけだった。
そう気づいたのは、ずっと後になってからだった。
ただの名前の違いだけだった。
そこに、私と同じ気持ちなんてなかった。
分かり合えているなんて、幻想だった。
私はあの時、「裏切られた」って思ったけど――それは多分、違った。
司が「一生一緒にいてあげる」って言ってくれてたのは、決して嘘じゃなかった……だから、尚のことタチが悪い。
私たちは、あり得ないすれ違い方をしてた。
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その年の夏、私たちは一緒に夏祭りに行った。
他の友達も一緒に来てたけど、途中から気を使って二人きりにしてくれた。
彩音はいつものノリで私のことはやし立てて、私も態度では迷惑そうにしながらも、まんざらでもなかった。
司は、私の浴衣姿がきれいだって言って褒めてくれた。最高の気分だった。
……お祭りのフィナーレ。
河川敷で、二人で花火を見ていた。
ずっと憧れていたシチュエーション。
私はようやく、勇気をふり絞った。
『――ねえ、司。――私のこと、好き?』
『……うん、もちろん。そんなこと、何度も言ってるじゃん。』
『……うん、何度も聞いた。』
そう言って二人で笑う。
私だって、その答えはわかり切っていた。
でも、不安だからもう一度確かめたかったって言うのもあるかもしれない。
『――じゃあ、』
私の声は震えてはいなかったはずだった。あくまでクールになろうとしていた。
でも、頭の中はぐらぐらだった。
……なかなかその続きが、言えなかった。
『私と…………………結婚してくれる?』
語尾の方がかすれた。
司は驚かなかった。
ただ、静かに微笑んでいた。
その顔は――すごく、きれいに見えた。
『うん、いいよ。それも約束したじゃん。』
そう、あっさりと答えた。
―あぁ。
小さい頃のあの約束、忘れてなかったんだ。
ずっと、覚えててくれたんだ。
司はずっと、待っててくれたんだ。
私はなんだか、泣きそうになった。
多分、恋が叶って嬉しかっただけじゃなくて、どこかもっと深い部分で、安心したんだと思う。
司は、幼い私の幼いころの恋心も、くだらないものだなんて思わず、きちんと大事にしてくれてた……私の子供っぽい部分を、初めて誰かに肯定してもらえた。そんな気がした。
そのまま私たちは、目を合わせ続けていた。
目線と目線を交わして。
お互いに、お互いの気持ちが通じあう――――そう、錯覚してしまった瞬間。
どちらともなく、顔を寄せ合った――と、私は思っていた。
でも実際は、私が司に吸い寄せられてただけかもしれない。
ひときわ大きな花火が上がる。
周りの人の声が消える。
司、司。大好きだよ。
司が世界で一番かっこいいよ。
司が世界で一番かわいいよ。
司が世界で一番強いよ。
司が世界で一番あったかいよ。
司は、世界中の人に優しくできる、すごい人。
でもそんな司が世界で一番優しくしてくれて、愛してるのは、私。
そんな司が――世界で一番、大好きだよ。
私は、司と唇を交わした。
司の唇の、熱を感じる。
そこから体中に、電気が流れるような感覚があった。
その瞬間、思った。
ああ、やっぱり――これが、私の運命なんだ、って。
司の唇が、熱くて、熱くて、熱くて――
頭の中も、体の中も、だんだん熱くなって、むずむずして、痺れて――
体中が痺れて――――――――――――—そして、吐き気が襲ってきた。
私は思わず嗚咽して、顔を離した。
――何、これ…………。
体が痙攣する。自分のものじゃないみたいだった。
頭がものすごく痛い。ぐらぐらする。どっちが上で下かわからない。
気持ち悪い。気持ち悪い――!
おかしかった、絶対におかしかった。
何かが間違っていた。
好きな人とキスするときに、感じるはずのない嫌悪感だった。
まるでその唇が、絶対に口にしてはいけないものに触れてしまったみたいだった。
私が我に返って顔を上げた時――司は、地面に倒れこんでいた。
『――つ、司……?』
大丈夫?と聞こうとして、私は初めて自分が突き飛ばしたんだ、と気づいた。
『……え?』
当然だけれど、司の方が困惑していた。
――何、何が起こったの?どうして?
自分でも、全然わからなかった。
――私が、私が何か、間違ってたの?
『……ごめん、叶多。嫌だった?』
『ま、待って、司、違うの、私――』
なんで、なんで。
何か原因を探そうとうした。
司とのキスが嫌だなんて、そんな訳ない――
頭の中を駆け回る、読みかじっただけの恋の知識。
キスの味、本命かどうか確かめられる、相性、体の相性、同じ星の下に、運命、縁が合わないと、恋人と友達、深層心理、拒絶――私はハッとした。
――もしかして……違く、ないの?
私、もしかして――司のこと、異性として受け入れられて、ないの?
頭の中でどんどん嫌な仮説が組みあがっていく。
ずっと親友のままで居続けたせいで、私はその関係に依存してるんじゃないか。大人の恋がどうとか言ってるけど、本当は司はそう言う対象じゃなくて、私はただ、小さい頃の素朴な王子様のイメージにとらわれたままなんじゃないか。
私にとっての司は――綺麗なものになりすぎたんじゃないのか。
だから、男の人の体として、受け入れられないんじゃないか。
「あ……。」
私は呆然とする。
申し訳なさのあまり、十秒も、二十秒もそのまま―全く動けなかった。そんな私の様子を見て、司は何か勘違いしたのか、苦しげな顔をして立ち上がった。
『――気分、悪そうだね……ごめん、僕、その、こういうの、良くわかんなくて……叶多が、やりたいのかなって、思ったから……違ったのかな。』
司は申し訳なさそうに目をそらす。
『違う……。』
――違う?何が?
『今日は、もう帰るね。……本当に、ごめん。』
――待って、とも言えなかった。
あんなに……………………あんなに好きだと、思ってたのに。
本当はこの時、私の失恋はもう、決まっていたのかもしれない。
でも、私は足掻いてしまった。
そこで諦めておけば、傷つくことなんてなかったのに―
後日、司は私に会うと、またキスの時のことを謝ってくれた。
――違うの、司が悪い訳じゃない……。
悪いのは、私だ。
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そんな気まずい気持ちを抱えたまま、二か月が過ぎた。
それでも司は、相変わらず恋人として接してくれていたし、私も司のことが好きだった、と、思う。
でも、自分の気持ちに自信がなかったし、もう一度キスをする勇気も――無かった。
どうしたの、叶多。悩みがあるなら僕に言ってよ。
僕はいつでも叶多の味方だから。
大丈夫だよ、叶多。
僕は叶多のこと、大好きだよ――
『私も大好きだよ』、って答えたかった――でも、できなかった。
司を裏切ったのは、私の方。
だから私は――あの時、司に愛想をつかされたんじゃないか、って思った。
あの時――司がはるかと会うのを見た時。
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『誰も、愛してくれない……?そんな、こと……。』
いつもは一緒に帰るのに、その日は自宅とは全然違う方向に帰っていった司。
夏休みの後から、何度かそういうことはあった。
その時になって、なぜかそれを追いかけたくなってしまった自分――
その家の玄関には、知らない女の人が立っていた。
司よりも、背が高かった。
部屋着のままで、髪もとかさずに、何日も引きこもっていたみたいだった。
私は、電柱の影からそれを見ていた。
『でも僕は――はるかさんのこと、愛してますよ。』
私は、頭から全身を串刺しにされたような気がした。
でも今考えると、あれは――そう言う意味では、無かった。というか、司に『そう言う意味』の概念なんて、最初からなかった。
司がその後も何か言っていたけれど、私にはもう聞こえていなかった。そしてそこに、追い打ちがやってくる――その女の人は、とつぜん司を抱きしめた。
『え…………?あの、だ、大丈夫、ですか……?』
女の人は黙って泣き始めた。
『……そっか。ずっと誰かに、こうして欲しかったんですね。気づいてあげられなくて、ごめんなさい。』
司は戸惑いながらも、自分よりずっと背が高いその人を、柔らかく抱きしめ返した。
次の瞬間、その人はとつぜん、司を急に強く抱き返した。
そして司の顔に自分の顔を急に寄せて――
――あぁ。
あぁ、あぁ、ああああぁ……!
――終わった。
そう、思った。
私は、負けたんだ。
終わったんだ。
自業自得――なのかな。
……そこで終わってくれれば、むしろ良かったのに。
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