第9話 特別

 一週間後。


 私は一人で学校に登校していた。

 司との話し合いは済んだ。でも……なんだかまだすっきりしない感じがある。


『そっか、園安先輩と一緒に帰るんだ。じゃあ、先輩が守ってくれるよね。よかった。』


「…………よくないし。」


 そう言う問題じゃない。

 やっぱりこいつは変わらないんだな、と思って、げんなりした。


 ――でもそんなこと、もうどうでもいい。遂に先輩との初デートも完遂したんだから!


 ……問題がない訳じゃ、無かったけれど。


 前みたいに遊園地とかで遊んだとかじゃなくて、ショッピングとご飯だけ。そんなに疲れることじゃないはずなのに、やっぱりめちゃくちゃ緊張したし、めちゃくちゃキョドってしまった。

 結人先輩はもう、私のことをちゃんと彼女として扱ってくれているのに、私はいちいち距離を詰められることに動揺してばっかりで、結局先輩に気を遣わせてしまった。

 そのせいでデートが終わるころには、始まった時より明らかに距離感が遠のいていた。一度は同じ傘の下であれだけ距離が縮まったのに。


「なんかまだよそよそしい感じになっちゃってるなぁ、って自分で思ってて……。」

「あー、まあ最初だし仕方ないんじゃない?……え、何、自分からなんかした?」

「なんかって?」

「手ぇつなぐとか……いや、さすがに無理だよね。」


 彩音が私の目の前で、唐揚げを頬張りながら適当に答える。

 

 昼休みの教室。

 

 彩音は私に言われた通り、あまり大きな声にならないように話してくれているんだけど、なぜか彩音の言葉は、話を聞いて無い人にも良く響いてしまうような気がする……気のせいだ、きっと。


「…………ううん、した。」

「え……?え、は?……へえ、けっこう図々しいじゃんっ。」

「いや、ずうずうしいって言うか……その、一緒に歩いてるときに、それまでの気まずい空気の埋め合わせって言うか……。」

「喜んでくれた?」

「うん。」

「はぁん、よかったじゃん。」


 そう、それがせめてもの慰めだった。


 一回、先輩に後ろから抱き着かれたとき、私が本気で飛びのいたせいで、先輩に余計な罪悪感を抱かせてしまったのだ……ただ驚いただけだったのに。

 その後も先輩は、なんとか私のこと楽しませようって頑張ってくれてたみたいで……。


「服買ってくれたし、UFOキャッチャーでぬいぐるみ取ってくれたし……あと、ご飯代も全部出してもらっちゃった……え、どうなんだろう。やっぱり男の人が全部払うのが普通なのかな?」

「やっぱり図々しいなお前。」

「いや、だって、先輩が払うって言うから。私は、割り勘でもよかったんだけど。

「へええぇ~。」


 彩音は白い目で私を見ながら野菜ジュースをチューチュー吸う。


「ほら、男の人がそう言うこと言う時は、その、断っちゃ、駄目なのかな、とか思って、迷っちゃって……。」


 プライドの問題とか。


「金持ちならそれでいーけどね~多分。」

「ああうん。結人先輩はけっこう持ってるって言ってた……。」


 バイトが結構、お給料いいらしい。


「……ま、仮に持ってなくても、見栄張ったせいで女に搾り尽くされたら自己責任だねっ。」

「そんなんじゃないと思うけど……。」


 色々反省点はあったけれど、別れ際に一緒に登下校する約束ができたのは成果の一つだと思っている。

 手をつなぐのもそうだけれど、なんでもできるだけ自分から言い出すことに努めることにした。リードされてるだけじゃ駄目、って気がする。負けていられない。


「負けてられないって……負けるって何?恋愛の話でしょ?」

「恋愛は勝負だよ、多分。」

「よく知らないくせに。」

「知ってるし。」

「漫画で得た知識じゃん……まあ、肩の力抜きなよ。」

と、彩音は私をいさめるようなことを言う。

「えー、だって、あんまり積極的じゃないって思われたらダメじゃん。」

「ダメ……なの?」

「そしたら……詰みそうじゃん。」

「え、詰むって何。」


 彩音は笑い交じりに言う。確かに大げさと言うか、心配しすぎかもしれない。……でも、そうじゃないかもしれない。


「だって……『ほんとは俺のこと好きじゃないんじゃない?』とか言われそうなんだもん。」

「……はあ?それだけでそうはならないでしょ。」

「いや、ほんとなんだって。ていうか、私はそうだと思うって言うか……だってほら、私って感情薄いからさ。楽しいって思ってても伝わらなかったりすること多いしさ、むしろ怒ってるって思われたりして……。だから、心配させちゃうかもって言うか。」


 『そんなことないですよ~。』なんてとってつけたように笑いながら弁解しても、嘘めいて見えるだろうし。もっと強く言われたりしたら、なんて返せばいいかわからない。そういうのが怖い。


「うぅん……?でも、さすがにそんなこと……ある、のかなぁ?ていうか、仮にそういう行き違いがあっても、そういう時にお互いの気持ちを考えあうのも恋愛の一要素じゃない?普通でしょ普通?」

「普通とか、知らないで言ってるでしょ。」

「知ってるもん。」

「……あんた、今までできた彼氏何人?」

「……ゼロ人。」


 彩音が苦々しげに答える。


「ふん、じゃあ知ったかぶりじゃん。やっぱり私の方が『知ってる』ってことよ。」

「カ~~ッ、ムカつくぅ!この野郎!」


 彩音は足をバタバタさせる。


「……当事者は必死なんだってば。あ~あ、ほんと大変。」


 私は棒読みで言いながら、ひらひらと手を振る。


「……お前、当てつけで言ってるな!」

「え?別にぃ?」

「うっざっ!」


 ふざけて笑いあった後、彩音が真面目な調子に戻って言う。


「――う~ん。でもやっぱり叶多って、前からそういうところあるよねぇ。」

「何が?」

「なんか、友達に対して……ていうか、恋人には特に、いつも相手よりいい所見せないと、て焦ってるみたい。」

「……確かにそうかも。」

「何でかなぁ、って。」

「う~ん。それは……。」


 私は天井を見つめる。


「……自分なんてほんとは大したことないってわかってるから、せめて人に好きになってもらえるよう努力しないと……とか思ったりは、するかな。」

「……重っ。そんなこと……なくない?大したこと……いや、たいしたことないか。」

「ひどい。」

「アハハ!」


 そしたら突然、彩音はキザなしゃべり方を始めた。


「いやあ……いいですか叶多さん。真面目な話ね、人間なんてみんな大したことないんすよ。そりゃあ、一部の他人に好かれやすい人ってね、確かに平均より優れてるところはあるでしょうけど、表面がよく見えるだけで、実際はそいつらもどうってことないわけですよ。」

「え、え?何それ。どういうノリ?」

「いや、これ私のおじさんが言ってたセリフ。そのまんま。」

「ただの受け売りじゃん。」

「そう。でもつまりさ、いわゆる、人間なんてみんな大して違わないんだから、人と比べて自分が勝ってるとか、負けてるとか、そんなに気にしなくていいんじゃないって話。人間なんてみんな同じだから。って、叔父さん曰くね。」

「あーね…………。」


 ありきたりな良いことを言っているんだけれど、なんだか、しっくりこなかった。そのおじさんがどんな人生を送っているのかは知らないけど。


「……でもさぁ……なんかもし、人間はみんな同じって言っちゃたらさぁ、人よりいいところあっても、意味ないってこと?」

「……どゆこと?」

「だって、せっかく頑張って差をつけても、ほめてもらうほどの価値もないってことでしょ?個性に意味ないみたいな。もしそれがほんとだったらさ、こう……『私が私だからこそ、誰かにとって大事な存在でいられる』ってのがなくなっちゃわない?」

「え、そこまで言うかなあ。」

「うん、だって、みんなおんなじなんでしょ?人から好かれるのってさ、その人だからこその『他の人より良いところ』があるからじゃん――――もしその基準がなかったら、好きな人なんて――」


 あれ。それってなんだか――


「……みんな同じくらい好きになる、とか?あぁ~~確かに。それは、なんかキモいかも。」

「…………そうだね。キモい。」

「うん、そっか。なるほど!じゃあやっぱり人と比べるのは必要ってことか~。だよね、私もそう思ってた。」

「なんだよ。叔父さんの言うこと信じてたんじゃないの。」

「いや、適当に言ってた。ぶっちゃけ、そう言ってるおじさんが一番大したことないし。十年前に事業に失敗してからずっと無職だし。なんかずっとネットでポチポチやって仕事とか言ってるけど。」

「……それってさ、もうただの負け惜しみじゃない?」

「やっぱそう思うよね!説得力なさすぎ!」


 そう言って彩音は爆笑する。やっぱり声がでかい。

 そしておじさんは少しかわいそうな気がした。


「後、あの人ほんとに変でさぁ、おばあちゃんとかお父さんには言葉遣い悪いのに――なんか、反抗期長引きすぎみたいな?でも私にはずっと敬語で話しかけてくんの!」

「え、気持ち悪。」

「なんか『彩音さん』とか呼んでくるし。」

「……………………。」


 ドン引きした。


 …………閑話休題。


「――いやー、そっかぁ、叶多はまた恋愛に夢中になっちゃうんだなぁ。友達のこととかどうでもよくなっちゃうんだろうなぁ。」

「ええ、そんなことないよ。」

「前もそうだったじゃん!あーあ、さみしいなぁ~……ていうか私、ちょっと結人先輩に嫉妬してるかも。」

「やめてよ、あなた女子でしょ。」

「ええちょっと、真顔で言わんでもいいじゃん。」

「いや、気持ち悪い。」

「ひどぉーい!」


 時計を見ると、もう数分で始業時間だった。

 やばっ、と彩音は自分のクラスに帰っていく。



 ……時々、彩音が何気なく触れる話題は、私に嫌なことを思い出させたりする。


 私はイチゴミルクを飲みながら、一人でため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る