第110話 共闘
「……お前たち、何をしに来た!?」
「あの妖怪に食事をさせるために」
「は!? 食事!? 何を言ってるんだ!?」
「いやだから、あの妖怪を助けようと思って」
「ますますわからん!」
しかし紫乃の言っていることは誇張でも嘘でもなんでもなく、純然たる事実である。
紫乃達は、あの妖怪に食事をしてもらうためにこの燃え盛る
それ以上でもそれ以下でもない。
紫乃は首に下げていた手拭いの一つをさっと取ると、凱嵐に手渡した。
「どうぞ。随分ぬるくなってるけど」
「助かる。用意がいいな」
「そりゃあもう」
煤と火傷にまみれた左手で凱嵐は手拭いを受け取り、自分の首にかけてから鼻先に当てる。
紫乃は頭を振って己に降り注いだ瓦礫の山をどかす
「花見、窮奇を見てどう思う?」
「めっちゃ怒り狂ってる。一回冷静になってもらわないことには、飯なんて食ってくれないと思うにゃあ」
「そっか。どうすれば冷静になるんだろう」
「そりゃ、決まってる」
言うと花見は右手を拳にし、左の掌に打ち付けた。ぱあんと乾いたいい音が響き、鋭い八重歯を剥き出しにした花見は不敵に笑った。目線は、窮奇に固定されている。
「殴る」
「わかりやすいね」
「おっし、ガイラン。準備はいいかにゃあ!? あいつ殴って殴って殴り倒して、正気に返すぞ!! 野菊、
言うが早いが、花見は草履で地を蹴り跳躍した。
緑と白の縦縞模様の着物の裾がはためき、少年の細い足が剥き出しになる。
並々ならぬ脚力で一気に窮奇の頭上高くまで飛んだ花見は、振り上げた足を思い切り振り下ろし、脳天に一撃を喰らわせた。
「おらあああ!!」
「!!」
窮奇が叩きつけられた先には凱嵐が剣を持って待ち構えており、足を踏み込んで大上段に振りかざした剣を窮奇に向かって突きつけた。
しかし窮奇は
宙に浮いたままの花見は、落下しながら凱嵐に向かって怒鳴った。
「おいぃいい、お前っ。んな物騒な剣で斬ったら死んじまうだろうがっ! しまえ! 剣じゃなくて打撃にしろ!!」
「初代皇帝、雨神たる
「だぁからワテらは、倒すために来たんじゃにゃいんだよ! 紫乃の飯を食わせるためにここまで来たんだから、協力しろぉ!!」
花見は喚きながらも窮奇から目を離さず、一旦開いた距離を詰めるべく再び跳ぶ。
重力を感じさせない身のこなしは見事の一言である。飛んできた鋭い前脚からの一撃を空中で猫のように背中を丸めてしならせ器用に避けると、たっと窮奇の背中に着地をし、両手を握って頭上に掲げると渾身の力を込めて振り下ろした。
「ーーーーっ!!」
窮奇は痛みにうめき声を出し、背中がぼきぼきと音を立てる。
花見は容赦無く窮奇を殴打し、凱嵐は剣の切っ先ではなく峰で頬を力の限り殴り飛ばした。
二人がかりで殴られた窮奇は、怒り心頭だ。
怨嗟の咆哮を上げながら、花見を背中に乗せたまま、滅茶苦茶な勢いで凱嵐に突進を仕掛ける。
凱嵐は方向を変え、紫乃に当たらぬように位置を調整しつつ、直撃を受けないように走る。
結果として炎が渦巻く只中に飛び込む羽目になった凱嵐は、火が燃え移った羽織を脱ぎ捨て、チリチリ燃える毛先を素手で握って消火した。
じゅううう、と音がして掌が焦げ、一抹の煙が立ち上った。
いくら凱嵐が人並外れた身体能力を有していようと、所詮は人間だ。
艶やかな黒髪は見る影もなく煤まみれになっており、精悍な顔立ちは汗にまみれて酷い有様だ。
それでも瞳の奥底に宿る意志の炎は消えることなく、真っ直ぐ窮奇を見つめている。
なおも背中にしがみつき、打撃を与え続ける花見により、窮奇は痛みに喘いでいた。
凱嵐は剣を鞘へと収めると、地を蹴り、走る。
呼吸は浅く、苦しげであったが、しっかりとした足取りだった。
やがて花見顔負けの跳躍力を見せると、下がっていた窮奇の頭に差し迫り、耳の間の黒々とした毛を引っ掴む。
針金のように鋭い毛に掌全体から血が吹き出ようと、お構いなしだった。
万力の力で凱嵐が引っ張り、花見が背中を蹴りつける。
二人の猛攻に耐えられなくなった窮奇は、とうとうその身を横倒しにし、地に伏せった。
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