第107話 作れ!
竈門の中で炎が揺れ、火の粉がパチパチと爆ぜる。
紫乃は蓋を外した
羽釜の中では水分を通常よりも多めに吸った麦粥と、昆布がいい香りを醸し出していた。
「姐さん、水足りるかい!?」
「ありがとう
「紫乃様、食器はこちらでよろしいですか?」
「うん。小上がりにおいてもらえると助かる」
花見、野菊の経験を踏まえるとあくまで主軸となって作るのは紫乃でなければ意味がない。
朝餉と昼餉の御料理番頭、それに伴代と
(そろそろいいか)
竈門にかがみ込んで火を消し、木の蓋をして蒸らしておく。
調理台に移動すると、次の作業は鰹節を削ること。薄く削がれた花鰹は香ばしい香りを周囲に漂わせ、花見が鼻をひくつかせた。
「あぁ……ワテも紫乃の料理が食べたいにゃあ」
「ですのう」
妖怪二人に調理の補佐はできないので、見ているだけとなる。
外は相変わらず騒がしく、逃げ惑う
集中している時の紫乃は周囲の音が聞こえなくなる。騒ぎの全てをどこか遠くの出来事であるかのように感じながら、目の前の調理に没頭した。
調理といっても今回作るのは、ごく簡単なもの。
今現在御膳所にある限られた材料の中では複雑なものは作れないし、時間がかかるほどに天栄宮での戦闘と火の手が激しくなってしまう。
「夕餉の。大根の葉はこのくらいの刻み具合でどうかのう」
「あぁ、じさま。ありがとう、うん……流石、丁度いい」
「こっちの白胡麻の摩り下ろしも見てくれ」
「旦那。バッチリ」
紫乃はじさまと旦那が用意してくれた大根の葉の刻んだものと擦り胡麻を受け取ると、調理に取り掛かる。
祝宴で大根を使ったものの、葉は使わなかったらしく大量に余っていた。これ幸いと今回の調理に使う事にした。本当は御膳所の御料理番達の食事に使う予定だったらしいのだが、緊急事態なので遠慮していられない。
大根の葉は傷みやすいので保存が難しいのだが、味噌汁に入れても漬物にしても美味い葉物である。
紫乃は今回これを、炒めて調理する。
熱した鉄の鍋に油を流し、じさまが刻んだ大根の葉を投入。
じゅうううといい音を立てる大根の葉が焦げ付かないように素早く鍋を振って炒めていく。
通常であれば煮つけるのだが、時間がないので炒めることにした。
煮物にすると味が染みるのに時間がかかるが、これならば短時間での調理が可能だ。
葉がくたっとしてきたところで醤油を味醂を回し入れ、鍋を振る。
「伴代、火を消してもらえるか」
「お安い御用で」
「大鈴、器の用意を」
「かしこまりました」
伴代はかがみ込んで竈門の火を消し、大鈴は器を用意する。
紫乃は鍋の中身を木ベラですくって器に移すと、膳の上に置く。
これであとは、羽釜の中身を盛り付けるだけだ。
紫乃は蒸らしておいた羽釜の木蓋を開けると、中身を腕に移そうとして、花見に止められた。
「移すと冷めるから、羽釜ごと持って行こう」
「熱いし重いと思うけど」
花見の提案に紫乃がギョッとして反論する。
「にゃあに、こんくらい持てるって」
言って花見は、近くにあった手ぬぐい二つを伴代が持って来たばかりの水桶にざぶんと浸すと軽く絞り、両手で持って羽釜をがっしりと掴んだ。
「ふんっ」
鉄で出来た熱々の羽釜を持ち上げた花見は、野菊を見る。
「野菊、膳に乗った空の器を持って来てほしいにゃあ。紫乃に持たせてあの火の海の中に突っ込んでいったら、危ない」
「わかったですのう」
野菊は人間形態になると、空っぽの器が載った膳を持ち上げた。
「紫乃姐さん、これは責任を持ってワタシが運ぶのでお任せ下さいのう」
「ありがとう」
「じゃ、行くにゃあ」
「うん」
「お待ちください!」
厨をでる準備をする紫乃に向かって、大鈴が声をかけた。
振り向くとそこには、伴代、旦那、じさま、大鈴といった面々が並んでいる。
「
「生きて帰ってきて、また、陛下のための膳を作ろう」と旦那。
「年若いお前さんが、儂より先に死ぬなどあってはならぬからな」とじさま。
「姐さんには驚かされてばかりです。俺、待ってますからね」
伴代は心配を押し殺すように、無理やり笑顔を浮かべていた。
紫乃は四人に向かって頷くと、宣言する。
「色々と本当にありがとう。……行ってくるよ」
そうして厨に背を向けると、出口に向かって駆け出す。
御膳所を出て、燃え盛る豊楽殿に向かうために。
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