第69話 とりあえず報告だ①

 都で襲撃してきた刺客といえば、凱嵐がいらんを暗殺しようとして小鬼まで使役していた物騒な奴である。 

 そんな人間が天井裏にいて、先程の話を聞いていたというのか。


「……不味くないか?」

「やっぱりそうにゃの?」

「うん」


 皇太子毒殺の罪で処刑されたはずの御料理番頭が、実は生きてこっそり子供を産んで育てていて、しかもその娘が天栄宮てんえいきゅうで御料理番頭をしていて、おまけに先代皇帝の影衆かげしゅうと繋がりがある、などと知られたらどう考えても一大事だ。

 場合によっては紫乃までも暗殺対象になるだろう。

 青ざめる紫乃を見て花見はしゅんと耳を垂らしながら申し訳なさそうな顔をした。


「ごめん、紫乃。もっときっちり留めを刺したか確認するべきだったにゃあ」

「いや、あれだけボコボコにしたらもう動けないと思うのが普通だろう」


 あの時、花見は馬乗りになって刺客が気を失うまで殴り続けていた。花見の打撃はかなりの威力があるので、まさかこんなに早くに復活するなどと考える方がどうかしている。


「どうする? 逃げる?」


 花見の提案は理にかなっている。天栄宮は警備が厳しく至る所に護衛が立っており、天栄宮を出入りする時には勿論、御殿に入る時にも身分証を見せなければならない。

 しかし妖である花見なら警備の眼など容易く潜れるし、隙をついて紫乃一人くらいならば簡単に宮の外へと連れ出せるだろう。

 命が惜しければさっさと逃げ出し、追手のかからない雨綾うりょうから遠く離れた里まで行けばいい。

 だが。


「うーん……今はまだ、ここを出たくない」


 母に関する事でまだ謎が残っているし、凱嵐が調べてくれると言っていた。御膳所の居心地も良いし賢孝けんこうとも美梅みうめとも和解したばかり。

 今すぐに逃げるというのは紫乃にはできない選択だった。


「とりあえず今の出来事を凱嵐に報告しよう。悪いけど花見、行って来てくれないか」


 花見一人ならば警備が厳重な寝殿にも潜り込めるだろう。そう思って紫乃が頼むと、花見は快諾する。


「わかった。じゃ、行くにゃ」

 花見は言うと、紫乃の腰の辺りを抱えた。

 え、と思っているうちに欄干に足をかけ、開けっぱなしの窓から外へと飛び出す。

 突然すぎて対応できなかったが、ぶわりと風が全身に吹きつけ、四階建ての宿舎から落ちているのだと実感した。

 花見は全く危なげなく紫乃を抱えたまま庭に着地すると、軽快に走り出した。その余裕ぶりからは、とても人一人抱えているとは考えられない。


「花見、なんで私も連れて行くの!?」

「え……だって、一人にしておいてあの刺客が戻ってきたら困るにゃあ」


 花見は至極当然のように言う。


「ワテがいない時に襲われたら、守れないにゃあ。ずっと一緒にいた方が安心安全。しばらくは側を離れないようにする」

「おぉ……」


 こうなってしまったらもう紫乃に花見を止める術はない。花見は結構頑固なところがあるので、言い出したら聞かないのだ。


(仕方ない、気がすむまで花見の好きにさせよう)


 それにいてくれるなら、これほど頼もしい味方はいないのだし。 

 そう思った紫乃は花見に抱えられたまま、夜の天栄宮を皇帝のいる寝殿に向けて進むのだった。


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