第27話 それも一興
その最上階となる『天の間』で凱嵐は書物を読んでいた。
ふと気配を感じ、虚空に向かってそっと呼ぶ。
「
「ここに」
天井から音も無く降ってきたのは、黒い着物を纏い漆黒と同化している、皇帝直属の隠密部隊の一人である
「首尾はどうだ?」
「あまり、良いとは言えません」
凱嵐の問いかけに
「あの娘が住んでいた小屋へ行ってみたのですが、娘の素性の手がかりとなるようなものは何もありませんでした。何せ、小屋には文や書物の一つも無く……親と暮らしていたのか、それともあの小屋に住んだ時には一人だったのか、それすらも曖昧で」
「ふむ」
紫乃が小屋から持ち出して来た物は検分を済ませている。
そこには、この
「ご苦労だった。紫乃の件はもう良い」
「僭越ながら、乱暴な手を使って吐かせるという手もございますが?」
「それには及ばん」
流墨の提案を凱嵐は即座に却下した。
「正体不明な人間を手元に置いて置くのも、一興であろう。それに……」
「それに?」
「紫乃の作る料理は美味い」
凱嵐のこの一言に、流墨の目がじとりと細められた。
「そちらが本音では?」
「あれほど美味い料理を作り、あれほど素直な気持ちを言葉にできる人間が極悪人なはずはなかろう」
紫乃は
「明日からは、
「何故だ?」と聞くと、
「少しでも出来立ての料理を食べて欲しいからに決まってるだろう」とさも当然のように言い返してきた。
その不遜な物言いに周囲の者はざわついていたが、凱嵐としては紫乃の評価がより上向きになっただけ。
どいつもこいつも上部だけの笑顔を貼り付け、水面下で腹の探り合いばかりしている宮中であの正直さは心地よい。
まるで
山育ちの紫乃には剛岩に通ずるような素直さと胆力がある。
だから凱嵐は手元に置く事にした。
凱嵐の本能が告げている。
ーー紫乃は危険な人物ではないと。
流墨がしみじみと息を吐き出した。
「
「あいつの事は今は忘れさせてくれ」
凱嵐は己の右腕である男、賢孝を思い浮かべすぐに脳内から追い出した。
賢孝は優秀だが、少し心配性で神経質すぎる傾向にあった。きっとあの男は紫乃を気に入らないだろう。
御膳所の御料理番頭を勝手に変えた事でネチネチ文句を言われる未来を想像し、凱嵐は苦笑を漏らした。
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