第48話:オババ様と錬金術1
オババ様のぼったくり商法をかわした私は、付与スキルに使う魔石を入念にチェックしていた。
「できるだけ魔石の核が綺麗で、魔力が豊富なものを……っと」
一つずつ手に取り、品質を確かめていると、不意にオババ様が隣にやってくる。
そして、不気味な笑みを浮かべながら、売り物にならないヒビの入った魔石を差し出してきた。
期待の眼差しを向けられるが、さすがに買わないとわかるはず。もしかしたら、話し相手がいなくなって、構ってほしいのかもしれない。
オババ様の瞳をジーッと見つめて、騙されませんよ、と訴えかけると、しぶしぶ手を引いてくれた。
「こういう商売ばかり続けていると、いつか恨みを買いますよ」
「イーッヒッヒッヒ。恨みなら山ほど買っているさ。今頃こんなちっぽけな恨み一つくらいじゃ、何も変わりはしないよ」
「変な自慢をしないでください。食べ物の恨みと同じで、お金の恨みも人が変わりますからね」
「あんたは平和な時代に生きているから、そんな呑気なことが言えるんだよ。本物の恨みを持っている連中は、何も言わずにナイフに毒を塗ってやってくるもんさ」
あまりにも殺意の高そうな方法を聞いて、私は余計なことを口走ったと反省する。
オババ様は気にした様子を見せないが、悪魔の錬金術師と呼ばれ、戦場を生き抜いてきた方だ。敵対した国からは、数えきれないほどの恐ろしい恨みを買っているだろう。
たとえ、戦争が終わったとしても、月日が流れようとも、それが消えることはない。
もしかしたら、客か刺客かを見抜くために、ぼったくり行為をして様子を見ている可能性もある。
「おや? こんなところに優れた魔石が売れ残っていたよ」
「さっきのヒビが入った魔石じゃないですか。場所を移動させていたの、ちゃんと見てましたからね?」
私の考えすぎかもしれない。いや、間違いなく考えすぎだ。オババ様は、純粋にぼったくりを楽しんでいる。
老後の楽しみは、もっと別の形にしてほしいものであった。
「そういえば、オババ様も錬金術師だったんですね」
「今まで何だと思ってたんだい」
「普通に店を営む店主だと思っていました」
「イーッヒッヒッヒ。あんた、錬金術が好きなくせに知識は浅いままだねえ。もう少し勉強しないと、そのうちどっかで大きな恥をかくよ」
うぐっ……。さすがにそれは否定できない。錬金術の世界に身を置き始めたばかりとはいえ、私は宮廷錬金術師の助手になったのだ。
錬金術の知識を知らないだけで馬鹿にされたり、重鎮に失礼な態度を取ったり、顧客の質問に答えられなかったりと、業務に支障が出る恐れがある。
そういったところから信頼は失われてしまうので、錬金術を楽しんでばかりはいられなかった。
かといって、技術的な面ならまだしも、知識面までクレイン様に頼るわけにいかないし……。
「じゃあ、商品を選んでいる間だけでも、オババ様が教えてくれませんか? 錬金術の基礎知識や一般常識が欠如している自覚はあるので、勉強したいと思っていたところなんですよ」
「仕方ない子だねえ、まったく。オーガスタのせがれに聞けばいいだろうに」
とか言いつつも、話好きなオババ様は、魔石を選ぶ私の隣に椅子を持ってくるくらいにはノリノリだった。
やっぱり話し相手が欲しかったらしい。長期戦を考慮して、お茶まで持参している。
私、そんなに長居するつもりはないんだけど……。まあいっか。オババ様に捕まったと言えば、クレイン様も許してくれると思う。
「基本的な部分から確認させていただきたいんですが、家庭で使用されるランプやコンロは、錬金術の付与による影響ですよね」
「当たり前だよ。【形成】で木材や魔鉱石の形を整え、【付与】で魔石や魔物の素材から力を継承する。完成品は魔道具と呼ばれ、どこの街でも買えるような時代になったねえ」
「今となっては、生活に欠かせないものですよね。主に形成スキルを使って生計を立てる錬金術師は、安全なものを作る傾向にあると聞いたことがあります」
錬金術師が専門分野を選ぶのも、こういった幅広いアイテムが対象になる影響だ。
必ずしも【形成】や【付与】といったスキルを中心に専門を選ぶわけではない。魔道具を専門に作ったり、クレイン様みたいにポーションを専門に研究する人もいたりする。
そして、近年もっとも研究が進み、注目されているのが、錬金術を使った攻撃アイテムであって――。
「馬鹿を言っちゃいけないよ。ランプの魔道具の出力を高めれば、閃光弾で目潰しに使える。コンロの魔道具の出力を高めれば、爆弾も作れる。裏では悪い取引をしている輩も多いもんだ」
錬金術の世界は、物騒な雰囲気に染まりつつあった。
「同じ技術であったとしても、製作者の心ひとつで、製作物も用途も大きく変わりますね……」
「使う者によっても変わるがね。魔物を討伐するという名目で依頼を出せば、大体すんなり通って作ってくれるもんさ。あんたが作ったポーションも、悪人に使用されるために購入されたかもしれないよ」
「怖いことを言わないでください。ちゃんとした取引先にしか卸していませんから」
「イーッヒッヒッヒ。夢を見過ぎだねえ。いつの時代でも、錬金術は生殺与奪に関与するものさ」
さすがはオババ様だ。悪魔の錬金術師と呼ばれているだけのことはある。
錬金術を楽しむだけの私とは、見えている世界がまるで違う印象を受けた。
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