第47話:力の腕輪

 付与スキルを教えてもらうため、オババ様の店に必要な素材を買いにやってくると、珍しく先客がいた。


 私と身長があまり変わらない幼顔の男の子で、鮮やかな銀髪をしている。物腰が柔らかく、偏屈で有名なオババ様と話しているにしては、随分と穏やかな雰囲気を放っていた。


 もしかしたら、常連の子かもしれない。話題はおそらく、オババ様が品定めしている腕輪についてだろう。


 かなりガッチリとしている金属製のもので、小手のように大きいものだった。


「だいぶマシな付与ができるようになってきたねえ」

「バーバリル様にそう言っていただける日が来るなんて……。ありがとうございます!」


 パァーッと表情が明るくなり、目をキラキラと輝かせて喜ぶ男の子は、子犬らしさがある。


 短い尻尾をブンブンと振って喜んでいるみたいだった。


「褒めちゃいないよ。マシなだけさ」


 一方、渋い顔をするオババ様は、職人肌の頑固親父らしさがある。


 素直に褒めてあげたらいいのに、と言いたいところだが、二人の会話に余計な口は挟むつもりはない。男の子が喜んでいるので、ちゃんと意思疎通はできているんだろう。


「自分でもまだまだ課題があることはわかります。魔力消費の大きさに比例して、出力が過剰に増え……」


 どうやら自作した腕輪を持ち込み、オババ様に相談しているらしい。オババ様と長い付き合いだけど、こんな姿は一度も見たことがないだけに、新鮮な感じがする。


 オババ様のことだから、この男の子が作る腕輪を見て、何か面白いと感じる部分があったに違いない。


「詰まんないことで悩んでるんじゃないよ、まったく。これ以上は茶菓子でも買ってこないと、口が回らないね」

「次に来る時は、必ず用意してきます!」


 茶菓子でも食べながらのんびりと話したいらしいので、随分とお気に入りの子みたいだ。


 あまり人の話を立ち聞きするものではないなー……と思いつつも、魔力が込められた腕輪を見て、私の錬金術大好きセンサーがビビビッ! と反応する。


 もしかしたら、魔装具なのでは? と。


 聞いてはいけないと頭でわかっていながらも、聞き耳を立てていると、支払いを済ませた男の子がオババ様に何かの紙を手渡す。


 そして、オババ様に見せていた腕輪を装着して、大量の魔鉱石や魔石が入った大きな籠をヒョイッと軽々持ち上げていた。


 私は知っている。あの大量の魔鉱石は腰が砕けそうになるほど重いことを。


 決して力があるように見えないのに、いとも簡単に持ち運べるということは、やっぱり……。


 顔色を変える様子も見せない男の子は、私の横を通り過ぎて、店を後にしていく。


 その姿をジッと見送った後、私はオババ様に詰め寄った。


「もしかして、さっきの男の子が持っていたのは、魔装具ですか!?」

「あんなチンケなものが魔装具なわけないよ。まだまだ魔装具になりきれていない紛い物さ」

「で、でも、すごい力を発揮して帰っていきましたよ」

「制御できる範囲で使っているんだろうに。あれくらいできなきゃ、紛い物にすらならないね」


 なん……だと!? あれだけパワフルな力を得ても、魔装具の紛い物扱いにしかならないなんて。


 よく考えれば、王都の一等地で屋敷が買えるほどの価値があるヴァネッサさんのネックレスでも、魔装具の紛い物と言われていた。


 でも、あれだけの力を手に入れられるのあれば、きっと世界は変わるはず。


「怪力になる魔装具、力の腕輪……!」


 あの腕輪を身に付けて、私が怪力であると思わせることができたら、変な縁談の話がなくなるかもしれない。


 仮に結婚する羽目になったとしても、岩すら簡単に持ち上げられる怪力令嬢になれば、浮気などという浅はかな行動を取られることはないだろう。


 爵位の関係で下の立場になることが多い私は、物理的な力の差で上の立場を取ればいいのだ。


 アリスが教えてくれた平民の言葉にも、こんな言葉がある。


 力こそパワー、筋肉は裏切らない、と。


 ……この場合、筋肉ではなく錬金術になるかもしれないが、細かいことを考えるのはやめよう。


「なんだい? あんたも魔装具に興味があるのかい?」

「急激に興味を持ち始めたところですね」

「イーッヒッヒッヒ。そいつは良いことだねえ。まだ早い気もするが、あんたにも期待しているんだよ」


 あんたにも、か。やっぱりさっきの男の子もお気に入りの子だったみたいだ。


 クレイン様は付与スキルが苦手と言っていたし、どこかで話だけでも聞けるといいんだけど。


「私はまだまだ見習い錬金術師なので、過度な期待はやめてくださいね。今日から付与の練習を始めようと思って、買い出しに来たばかりですから」

「それを早く言いな。まったく、運がないねえ。ちょうど販売したばかりで、目ぼしいものは持っていかれちまったよ」

「いきなり高価なもので練習するのは、素材がもったいないです。安価なもので済ませますよ」


 そう言った瞬間、オババ様の表情がパアッと明るくなった。


「クソみたいな素材なら、良いものがいっぱいあるよ。どれでも高値で持っていきな」

「そこは安値にしてください」

「固いことを言うんじゃないよ。宮廷錬金術師の助手なら、もっと経費でジャンジャン落としな。特別におすすめを選んであげるとしよう」


 どこからともなく汚い魔物の素材を取り出し、おすすめセットを作り始めるオババ様を見て、私は全力で止める。


「せっかくですが、遠慮しておきます。すっっっごい無駄な詰め合わせが完成しそうな気がしますので」

「人の厚意は受け取っておくものだと、教えなかったかい?」

「ぼったくりは別ですよ」


 チッと舌打ちをするオババ様を見て、先ほどの男の子がぼったくられていないか心配になるのだった。

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