第36話:神聖錬金術
「オババ様? どうしてこちらに?」
突然、工房内に入ってきたオババ様は、机の上に小さな箱を置いた。
変哲もないただの菓子折りである。非常事態だというのに、緊張感の欠片もない。
「イーヒッヒッヒ。お菓子のお裾分けに来ただけなんだがねえ。おっと、油断しないこった。そんな不安定な魔力展開だと、すぐに意識を持っていかれちまうよ」
「そ、そんなこと言われても、制御の仕方が……」
「ちっぽけな魔力で多重展開するからそうなるのさ。もっと魔力の出力を上げな」
ただでさえ魔力を多く消費して、無理やり魔力領域を展開しているのに。無茶な注文は、しないで……ほしい、よ!
「上出来だねえ。褒めてやるよ」
「あ、ありがとうございます……。ちょっとめまいがしますけどね」
こんな無茶苦茶なことを見習い錬金術師にさせるものではないと、強く文句を言いたいところだ。
クレイン様には無理しないように言われたばかりだし、率先してやったのは自分なので、文句を言う相手はいないが。
「まさか本当に悪魔の領域を自力で展開するとは」
「でも、聞いていた話とは違います。これは形成スキルの上位展開じゃなかったんですか?」
「俺だけじゃないが、多くの人間は話を聞いていただけで、詳しいことを知らない。知っているのは、そこにいる
的確なアドバイスをくれていたので、薄々とそんな気はしていましたよ。まさか『悪魔の錬金術師』と言われた人物が、オババ様のことだったなんて。
「イーヒッヒッヒ。ちょいと戦場で兵士たちの武器や防具を溶かしてやったら、そう言われるようになっただけさ。悪魔のような力だとね」
怖っ……と思う反面、錬金術師が戦場に駆り出されるほど、他国と争っていた時代だったんだろう。オババ様の性格が歪んでいるのも、何かわかる気がする。
「まだあんたに【神聖錬金術】は早いと思っていたんだが、このポーションが原因かい? 自力でよくEXポーションなんて作ったもんだよ、まったく。現代じゃなかなか出回らない代物だっていうのにね」
普通のポーションではないと思っていたけど、これはそういう特殊なポーションだったんだ……。クレイン様も知らなかったし、ヴァネッサさんも知らなかったから、本当に出回らない代物に違いない。
どうりで作るのが難しいはずだ――と気を抜いた瞬間、急に膝に力が入らなくなり、倒れ掛かってしまう。
「大丈夫か、ミーア」
咄嗟に気づいたクレイン様が支えてくださらなかったら、そのまま床に倒れて、意識を持っていかれていただろう。
今は
「大丈夫です。それよりも、早くポーションを作りましょう。今ならスムーズに作れるはずです」
クレイン様の肩を借りて、何とか立って机と向き合う。
ポーション作りを再開するため、ポーション瓶に手をかけようとしたら、オババ様に手で止められてしまった。
「無茶はやめておきな。あんたの魔力じゃ、あと三分持ったらいい方だ。ポーションを作ろうとしたら、十秒で気を失うね」
ポーションの素材が不足していることは、オババ様も知っている。同じ神聖錬金術が使えるのなら、私の代わりにオババ様が作ってくれると話は変わるんだけど……それは無理な話だろう。
年を重ねたオババ様が、神聖錬金術の負荷に耐えられるとは思えなかった。
「これだけポーションが作りやすくなるなら、十秒もあれば、二本は作れます」
「いいかい? 神聖錬金術は、物質の性能を極限まで引き出す錬金術だ。その反面、術者の負担が大きいことくらい、今のあんたでもわかるだろうに」
「大丈夫です。魔力が枯渇したところで、死ぬわけではありませんから」
オババ様とのにらみ合いが続いていると、その決着は意外な形で終わりを迎える。クレイン様がオババ様の手をつかみ、引き剥がしてくれたのだ。
放っておいてもやると思ったのか、意を組んでくれたのかはわからない。少なくとも、ポーション不足の現状を解決する方法は、これしかないとわかってくれるだろう。
「ミーアが形成領域を展開して、ポーションの性能を向上させろ。俺が調合領域を展開すれば、その分の負担は減る。それが妥協案だ」
「……わかりました。それでお願いします」
「カァァァァ! 人の厚意は受け取っておけと、教えたはずなんだがね!」
オババ様の怒りを買う羽目になってしまったけど、本気で怒っているわけではないと思う。純粋に心配してくれているだけな気がする。
「今度、草餅を持っていくので許してください」
「フンッ! そんなもんで機嫌なんて取れやしないよ! 三箱用意しておきな!」
何とかオババ様の許可も下りたところで、ポーション瓶を片手に持ち、形成作業だけに専念する。
いつまで持つかはわからない。だって、もう魔力がないことは自分が一番よくわかっている。
あと少し。十秒でも二十秒でも長く形成領域を維持して、神聖錬金術を使い続ける環境にすること。それが私の役目だ。
あとは、クレイン様がポーションを作ってくれるから。
そんなことを考えつつ、私はポーションの作成に全力を注ぐのだった。
まだいける。もうちょっとだけなら……そう思いながら。
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