第七章
第37話:二つの処分(ジール側7)
魔物が大量発生した騒動が治まり、王都に平和が訪れる頃。
錬金術ギルドの一室では、事態を深刻な状況に導いたジールが呼び出されていた。
「Cランク錬金術師、ジール・ボイトス。貴様を錬金術ギルドから除名処分とする」
ギルドマスターとサブマスターのヴァネッサに冷たい視線を向けられているジールは、唖然としている。
「じょ、除名処分……?」
あまりにも重い処分に、ジールは驚きを隠せない。Cランク錬金術師が警告もなしに除名処分されるなど、普通では考えられないことだった。
しかし、クスリとも笑いそうにないギルドマスターの姿を見れば、冗談と思えるものではない。
「今回、薬草の買い占めを行なったことで、王都に大きな混乱をもたらしたのは、言うまでもない。特に悪意のある行為と判断されたのは、市場にポーションを流通させず、薬草を無駄に消費したことである」
ただ買い占めただけなら、ここまで大きな問題にならなかっただろう。問題が発生した時、錬金術ギルドに薬草かポーションを寄付すれば、厳重注意で済んでいる。
しかし、大量の薬草を無駄にしたことで、多くの人を巻き込み、多大なる被害をもたらした。
国を守る騎士が戦地に向かい、満足のいく治療を受けられない。ポーションで治療する側の人間がそれを妨げてしまったのだから、批判の声は大きくなる。
新人錬金術師ならまだしも、王都で悪い噂が流れていたCランク錬金術師ともなれば、もはや言い逃れはできなかった。
「本来なら、多額の罰金と降格処分を言い渡すところだ。貴様が本当に錬金術師ならば、の話だが」
ギルドマスターの言葉を聞き、ヴァネッサが懐から一本のポーションを取り出す。
「君がBランク錬金術師の昇格技能試験に提出したポーションを、解析させてもらったわ。その結果、君の魔力は含まれていないと判明したの。それがどういう意味を表しているのか、わかるかしら?」
「俺が制作者とは認められない、ということか?」
「惜しいわね。君には錬金術ができない、ということよ」
ヴァネッサの言葉を聞いても、ジールは理解が追い付かなかった。
天才錬金術師であるはずの自分が、錬金術ができないなどと言われる日が来るとは、考えもしなかったのだ。
「そんなはずはない……。俺は確かに、この手でポーションを……。ポーションを……」
「ポーションを、なに? ポーションをどうしていたのか、教えてちょうだい」
作っていた、その言葉が出てこない。昔は一人でポーションを作っていた記憶がある。数年前まで、一人でポーションを作っていたのだ。
しかし、今は違う。何度やってもポーションが作れない。
自分で提出したポーションすら、本当に自分が作ったのかわからなくなっていた。
「稀にあることだけど、長期間使用していなかったり、著しく作業量が少なかったりすると、スキルを失うことがあるわ。普通は慎重に調査しなければならないんだけど……、一人の女の子が簡単に証明してくれたのよね」
そう言ったヴァネッサが、懐からもう一本ポーションを取り出した。
「ミーアちゃんが見本品として提出してくれたポーションよ。君が作っていたポーションと、そっくりだと思わない?」
見慣れたはずのポーションと作成者の名前を聞いて、ジールの中の何かが大きく崩れ落ちていった。
宮廷錬金術師の助手に選ばれたミーアの噂、ジールが錬金術のスランプに入った時期、そして、何度挑戦しても作れないポーション。
ヴァネッサが持っているたった二本のポーションを見て、ようやくジールは現実を受け入れることができた。
錬金術をやっていたのは、自分ではなかったのだ、と。ちょっとした飾りつけ程度の作業だけして、威張っていただけなんだ、と。
自分を天才錬金術師だと信じて止まなかったジールの心には、もう絶望しか存在しない。
それは気持ちの問題だけではなく、現実にも押し寄せていた。
「貴様はいま、錬金術のスキルを何一つ修得していないと判断する。そのような者をギルドに置いておくわけにはいかない」
「ま、待ってください! 俺はまだ錬金術師として――」
「諦めたまえ。貴様が出頭した時点で、国に引き渡すのは決定事項だ。王都の医療を崩壊させた罪は重く、国からも処分が下されるであろう」
ギルドマスターが言い放った言葉が嘘ではないと表すように、コンコンッと扉がノックされる。
堂々とした佇まいで入ってきたのは、何人もの屈強な騎士たちであった。
「ジール・ボイトス。貴様には、国家転覆の疑いがかかっている。悪いが、話を聞かせてもらおうか」
「こ、国家転覆罪……だと!? な、なぜだ! 俺は何もしていない!」
「無実を証明したいなら、ポーションを流通させなかった理由を教えてくれ。治療ができずに死んでいった同胞のためにも、な」
騎士たちに鋭い視線を向けられ、ジールは混乱した。
自分のせいで人が死んだ、その事実を聞かされ、冷静でいられなくなってしまう。
「何もしていない。俺は悪くない、悪くないんだ。悪いのは……、ミーアだ! あいつが夜遊びの一つも許容できないほど心が狭いから、こんなことになったんだ! そうだ、全部ミーアが――」
必死で無実を訴えるジールに、騎士は剣を向けて、黙らせた。
「此度の件で死力を尽くした彼女に罪を着せるとは、何事か! 私情であったとしても許されはせん! 身柄を拘束するぞ! 家宅捜査も強制実行に切り替えろ!」
「待て! 待ってくれ! 俺は何もやって……グハッ」
この日、言い訳ばかりするジールの言葉に、もう誰も耳を傾けることはなかった。
錬金術ギルドの証言と家宅捜査の情報を合わせれば、国家転覆の意志はないと判断されるかもしれない。しかし、それと同時に錬金術師ではないと証明され、大きな罪を背負うことになってしまう。
もはや、国からの重い処罰は避けられない。
自称天才錬金術師は、国家を陥れた詐欺師に生まれ変わり、絶望の道を歩み進めるのであった。
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