第35話:覚醒

 急遽、ポーションを作成することになった私とクレイン様は、必死になって調合作業に取り掛かっていた。


 王都でポーションを作れる錬金術師は多いが、品質の悪い素材でまともなものは、なかなか作れない。他の錬金術師たちにミドルポーションの作成依頼を出しているといっても、それが間に合わなければ意味がない。


 たった一人の錬金術師が引き起こした薬草不足という問題は今、大勢の人を巻き込むほどの深刻な事態を引き起こしていた。


「良質な薬草さえあれば、ポーションなんて簡単に作れるのに」


 不安な気持ちを抱いたまま王都を守る騎士のためにも、一本でも多く作らなければならない。そのプレッシャーで魔力操作が乱れ、ただでさえ難しい作業が困難を極めている。


 形成スキルだけでも魔法陣に頼りたいところだが、魔力の干渉が大きすぎて、かえって時間がかかってしまう。そのため、不慣れな作成方法とスキルで対処するしか方法はない。


「無理はするな。調合と形成の多重展開など、俺でもキツイくらいだぞ。見習い錬金術師が長時間やるものではない」

「こういう時は見習い扱いしてくれるんですね」

「いつも見習いらしからぬことばかりするミーアが悪い」


 見習い錬金術師を御意見番として雇っているクレイン様には言われたくない言葉だ。


 限られた時間で作成する必要がある以上、無理してでも作らないといけないことくらい、クレイン様もわかっているはずなのに。


「一つ提案があるんですが、この方法を他の錬金術師に広めて、みんなで作るのはダメですか?」

「ダメだ。この技術で他にどんなものが作れるかわからない以上、変に広めるのは危険すぎる。悪用されてしまえば、罪に問われることになるぞ」


 やっぱりダメか……。危険なアイテムが作れる錬金術の世界では、レシピや技術を公開するのに、細心の注意を払わなければならないと言われている。緊急事態といっても、それは例外ではないらしい。


「宮廷錬金術師の中だけでも、技術提供するのは――」

「話のわかる連中なら、もう声をかけている。教えるだけ無駄な時間を食うだけだ。俺たちで何とか乗り切るしかない」


 そう言ったクレイン様は、私より作るペースが圧倒的に早かった。


 薬草の下処理を終えている分、調合作業に集中することができる。いつものように研究しながら作成するのではなく、ポーションを作り上げることだけに集中しているようだった。


 私も同じようにペースを上げているが、魔力を多く消耗するだけで、うまくいかない。


 今まで冒険者ギルドの職員として、何度も非常事態は対処したことがある。でも、錬金術師としては、これが初めてのこと。精神的なもろさが出てしまい、気持ちだけが焦っていた。


「変に重荷を背負うな。作れなくても当たり前な状況下でポーションを制作している。たとえポーションが足りなくても、ミーアのせいにはならない」

「わかってますよ。見習いなんですから」


 強がってはみるものの、体は素直なものだ。慣れない作業と短期間の過度な魔力消費により、手が震え始めている。


 調合も形成スキルも不安定なので、品質の良いポーションが作れるのは、あと一本が関の山。クレイン様と二人で作ったポーションでは、まだギリギリ一セット作れるくらいだろう。


 ヴァネッサさんが要求した四セットまでには、程遠い。


 でも、作らないと騎士団の命に関わってしまう。在籍しているお父様やお兄様が傷だらけで運ばれてくるかもしれないと思うと……。


 何とかしなければ!


 手の震えを抑えるために、ポーション瓶を強く握り締める。


 不安定なスキルは、魔力消費を高めてカバーしよう。もっと魔力を収束させれば、一本でも多くポーションに変換できるはず。


 無駄に魔力を消費するのではなく、もっと魔力濃度を高め、品質の安定化を。魔力領域を多重展開して、短期決戦に持ち込むしか――。


「無理はするなと言ったはずだぞ。下手をすれば、意識が……」


 クレイン様の声が小さくなったのと、私が違和感を覚えたのは、同じタイミングだっただろう。手こずっていたポーションが、嘘みたいにアッサリと作れてしまったのだ。


 これが初めての経験だったら、私は混乱していたに違いない。でも、この感覚は経験したことがある。


 きっと、これがこのスキルの本来の使い方だったんだ。鉱物を畏怖させるのではなく、すべての素材や魔力を従える力。


 悪魔という異名は、スキルに付けられたものではなく、力を使い過ぎた錬金術師に付けられたものだと悟った。


「クレイン様、このポーションは――」


 と、話しかけた瞬間、工房の扉がノックされることもなく開く。


 そこに立っていた人物は、こみ上げてくる思いを我慢しきれずに、ニヤッと顔が歪んでいるみたいだった。


「イーッヒッヒッヒ。随分と面白そうなことをやっているんだねえ」

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