第34話:ヴァネッサの緊急依頼

「どうされたんですか? 急にポーションを作ってほしいだなんて」


 ヴァネッサさんを工房に招き入れたものの、今日はいつもと雰囲気が違う。普段のおっとりした感じはなく、身を引き締めてキリッとしていた。


「今朝、東の森で魔物が大量発生して、騎士団が迎撃に向かったわ。でも、状況が好ましくないみたいなの」

「そんなに強い魔物が出てくるなんて、珍しいですね。今の騎士団は強い方だと聞いていますが」


 お父様が若手騎士の育成に励んでいるし、お兄様も騎士団で活動しているので、色々な情報を耳にする機会がある。そのため、今の騎士団が押されるほどの魔物は、王都周辺に生息しない……はず。


 しかし、真剣な表情を浮かべるヴァネッサさんが、嘘をついているとは思えなかった。


「魔法学園の生徒たちが、二日前から遠征実習で東の森に出発していて、巻き込まれたのよ。魔物を討伐するだけならともかく、生徒の捜索と保護を両立する必要があって、かなり不味い状況ね」


 突然、重い話を聞かされ、私は戸惑いを隠せなかった。


 魔物が人を襲うのは、珍しいことではない。そのため、騎士団が動いたり、冒険者に依頼を出したりして、駆除しているのだ。


 無論、錬金術ギルドや街の錬金術師も、ポーションを作成して討伐に協力している。でも、今は問屋の薬草不足が問題視されている状況であって……。


「じゃあ、ポーションを作ってほしい、というのは……」

「大怪我をした騎士団員が王都に運ばれているからよ。早めに手を打たないと、ポーション不足が原因で、騎士団員も生徒も死人が増え続けることになるわ」


 自由を愛するヴァネッサさんが真面目に仕事している時点で、かなり不味い状況だと推測できた。


 本来、こういった事態に陥らないようにと、予め魔法学園は国に協力要請を出して、入念な準備を整えている。しかし、それを上回るほどの状況になっているとしたら……。


 王都に怪我で運ばれてきた騎士は、被害の一部にすぎない。これから大勢の怪我人が運ばれてくる前兆といえる。


 そのことを確信付けるように、険しい顔をしたクレイン様が下唇を噛み締めていた。


「こんなケースってあるものなんですか?」

「滅多にないが、ゼロではない。例外な出来事が起こり、現場は混乱状態に陥ったんだろう」

「魔物の大量発生……ですもんね。物資が足りているといいんですが」

「生徒たちの命を守るため、十分なポーションを持ち運んで、遠征実習に挑んでいるはずだ。だが、何かしらのトラブルで紛失したと推測できる。大量発生した魔物に襲撃されれば、ポーションを使えるような状況ではなくなるだろう」


 確かに、生徒の捜索をしている時点で、散り散りになって逃げ回っているような印象を抱く。騎士団に怪我人が出ているのも、部隊を少数編成して、戦力が落ちている影響かもしれない。


 ヴァネッサさんが否定しようとしないところが、また一段と真実味がある。


「深刻な状況みたいですね」

「ハッキリ言って、最悪よ。薬草不足に陥ってなければ、こんなことも考えずに済んだのにね」

「例の薬草を買い占めた錬金術師、のことですか」

「そうよ。彼が騎士団とも契約していたから、問屋も薬草を販売するしかなかった。それなのに、騎士団にもポーションを納品できなかったみたいで、物資がかなり不足しているわ」


 まさか薬草不足とは聞いていたけど、騎士団にもポーションが届いていなかったなんて。


 騎士団はいくつもの店と契約しているから、不足したまま魔物討伐に向かう方が珍しい。それほど魔物の繁殖状況が良くなかったと考えると、ヴァネッサさんが焦っていることにも納得がいく。


 そういえば、ジール様の店で働いていた時、騎士団と大型契約を結んだけど、大丈夫だったのかな。さすがに、納品してる……よね?


 納品時期から推測すると、ジール様が作れなかったみたいに聞こえるんだけど、まさかね。


「とにかく、今は少しでも使えるポーションが欲しいの。素材が余っているのなら、急いで作ってほしいんだけど……やっぱり厳しそうね」


 チラッとヴァネッサさんが見たのは、机の上に置かれている薬草の数々だ。冒険者ギルドから買い取った品質の悪い素材であり、普通にポーションを作れば、中途半端な品質のものしか作れない。


 まあ、普通に作ったら、の話だけど……。


「こちらでポーションをある程度の量は用意しますので、前線に運ぶ準備をしてもらえませんか?」

「気持ちは嬉しいけど、中途半端なポーションは、かえって戦場を混乱させるわ。短期間のうちに何度もポーションを使い続けたら、効果が薄くなることくらいは知っているでしょう? 一定以上の品質でない限り、運ぶことはできないの」

「たぶん、回避できているかと」


 今日までに作った新しいポーションが、いくつかある。それに手にしたクレイン様は、ヴァネッサさんに手渡した。


 その数、たったの二十本。効果が高いものとはいえ、まだまだ少ない。


「品質は俺が保証しよう。このポーションは、すべてここにある素材から作っている。少しくらいなら余分に作ることも可能だ」


 粗悪な素材で作っていると言われて、疑問を抱いたのか、ヴァネッサさんがポーションの査定を始めた。


 そして、良品質だと判断してくれたみたいで、妙にニヤニヤしている。


「ふーん。良い助手さんをもらったのね」

「よくわかったな。これはミーアの実績だ」


 ええっ! ちょ、ちょっと!? たまたま作り方が判明しただけで……。って、そのポーションを作ったのは、クレイン様ですけど!


「やっぱりそうなんだ。彼女、面白いもの」


 納得されても困ります!


 驚きすぎて声を出せないでいると、非常事態であることに変わりはないため、ヴァネッサさんが背を向けた。


「他の錬金術師には、ミドルポーションの制作をお願いしているの。それができるまでの時間稼ぎを二人にお願いするわ」

「えっ。時間稼ぎと言われましても……」

「最低でも、あと四セットお願い。正直、どこも品薄みたいでかなりきつかったのよねー。後日、高額買取するからよろしくね」


 飛び出すように部屋を後にするヴァネッサさんを見て、私は思った。


 ヴァネッサの依頼は、どんな状況でも安請け合いするものではないな、と。


「あの一セット作るのに、クレイン様でも一日かかってましたよね」

「ポーション作りに専念すれば、大きな騒ぎになる前に二人で二セットくらいは作れるだろう。連続でポーションを生成するのは、かなりきついがな」

「仕方のないこととはいえ……うーん、やるしかないみたいですね」


 今回の件は、ヴァネッサさんが悪いわけではない。


 あそこまで真剣に王都を駆け回っている彼女の姿を見るのは、これが初めてのことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る