第14話:問屋の偏屈オババ様2

 頼まれていたポーションをオババ様に渡した後、私は店内をウロウロして、商品をチェックしていた。


 品揃えが豊富な分、色々と目移りしてしまうが、余分なものを買うわけにはいかない。でも、鮮度のいいものや珍しい品が並ぶことも多いので、自分の目で確認するようにしている。


 オババ様は納品したポーションを店内で飲み干すほど自由な人だから、私も遠慮なく商品を厳選することにしていた。


「カァァァァ! 相変わらずマズイポーションだねえ!」

「ポーションとは、そういうものですよ」

「もう少しマシな味にしろと言っておきな」

「無理なものは無理です。我が儘は言わないでくださいね」

「なにさ。年寄り扱いのあとは、子供扱いかい?」

「いいえ、最初からお年寄り扱いです」

「ケッ。あんたも可愛げがなくなっちまったもんだよ」

「話し相手ができて嬉しい、と受け取っておきますね」


 なんだかんだでオババ様は話が好きで、こうして色々と声をかけてくれる。


 しかし、ピッタリと張り付くようにマークして、さりげなく変な薬草や鮮度の悪い薬草を渡される時があるので、注意は必要だ。


 オババ様のぼったくりテクの一つ『押し付け在庫処分』である。


「オババ様、右手に持っている薬草を置いてください」

「何を言ってるんだい。あんたのために特別に残しておいてやったのに」

「捨て値でいいなら買いますよ」

「チッ、うまくいかないもんだねえ」


 顔をしかめたオババ様は、私に売りつけるのを諦め、鮮度の良い薬草と悪い薬草を集めて、一つの束を作り始めた。


 ぼったくりテク『セット売り販売』である。見えにくいところに鮮度の悪い薬草を隠すあたり、確信犯だといえよう。


「そういえば、あんたも聞いたかい? なんでも結婚寸前で浮気した貴族がいるらしいよ」


 唐突に自分の話題を振られた私は、思わずドキッとしてしまった。


 さすがに、それは私のことです、とは言いにくい。まさかその当事者に話しているとは、オババ様も思っていないだろう。


 ここは他人のふりをして、うまく乗り切った方が無難かな。


「貴族の噂をよくご存知ですね」

「面白そうな話だからねえ。浮気して婚約者に捨てられたなんて、みっともないったらありゃしないよ」


 どうやら宮廷錬金術師の助手になった噂が広まったことで、元々あった婚約の噂に影響を与えたらしい。


 冒険者ギルドで可哀想な視線を向けられていた時は、あくまで私が捨てられた側だった。


 それなのに、知らないうちに立場が逆転しているなんて。


「噂の詳細は聞いていませんでしたが、女性側が捨てた側の立場なんですね」

「イーヒッヒッヒ。そこが面白いのさ。平民ならまだしも、貴族の男が女に捨てられたなんてね。一度でもいいから、その面を拝んでやりたいもんだ」


 もう見てますよ。その浮気した張本人は、強烈なカメムシのニオイがする臭束弾しゅうそくだんの餌食になりましたから。


 成敗していただき、ありがとうございます……!


「おまけに、男の良い噂が一つも流れてこないんだよ。これは何か裏があると思わないかい?」

「うーん、意外に裏はないと思いますけどね」


 ジール様のことだから、意図的に自分の良い噂を流しているはずなんだけど……逆効果になっているんじゃないかな。悪あがきっぽく受け取られて、余計に印象が悪くなっているだけな気がする。


 そんなことは言えないので、代わりにオババ様には素敵な情報を教えてあげよう。


「私の知る限りの話ですが、女性側は慰謝料の請求を放棄する代わりに、早くも婚約破棄を成立させたらしいですよ」

「おや、あんた情報が早いねえ。それは初耳だよ」

「今朝の最新情報ですからね。もう縁を切ったから関わりを持たない、そういうスタンスらしいですよ」


 これは、オババ様が噂を広めてくれるとありがたいなー、という希望を込めた情報提供でもある。


「最近の子は詰めが甘いねえ。馬鹿な貴族なんて、没落するまで叩きのめしたらいいんだよ」

「なかなかそうもいかないのが、貴族付き合いというものじゃないですか」

「詰まらない生き物だねえ。そんな人生のどこが楽しいんだか」

「まあ、今が楽しければいいと思いますよ。きっとその令嬢も婚約破棄して喜んでいますから」


 その証拠と言わんばかりに、視界に煌びやかな鉱石を発見した私は、猛ダッシュで近づいていく。


 その先にあったのは、魔力を帯びた鉱石『魔鉱石』だった。


 錬金術で使われる一般的な鉱石ではあるものの、その中に含まれている魔力はマチマチ。品質にばらつきが生じるため、鉱山が近い地域でもなければ、なかなか価値のある魔鉱石が出回るのは珍しい。


 しかし、オババ様の店に置いてあるものは、とても綺麗な魔鉱石だった。これだけ魔力が豊富な魔鉱石は、高値で取引されるだろう。


「あんた、やっぱり見る目があるもんだねえ。パッと見ただけで魔力の有無を判断できるのは、珍しいんだよ」

「慣れの問題だと思っていたんですけど、似たようなことをクレイン様にも褒められましたね」


 そういえば、クレイン様に作りたいものを考えておくように言われたんだった。せっかく良質な魔鉱石に出会えたんだし、このまま買って何か作ろうかな。


 鉱石でいろいろアイテムが作れると思うけど、やっぱり最初は無難にネックレス作りに挑戦するべきだろう。せっかくなら、冒険者ギルドで仲の良かったアリスにプレゼントするのがいいかもしれない。


 私用目的で作るとなれば、予算から落とせないと思うけど。


「何を悩んでるんだい? 良質な魔鉱石はこれだよ」

「粗悪品を渡そうとしないでください。自腹になるかもしれないので、入念にチェックしたいんです」

「はて。宮廷錬金術師の買い出しに、自腹なんてものはないだろうに。国からの予算でやりたい放題やるもんさ」

「だからと言って、いっぱい買いませんよ。これは私が私用で使うものですから」

「おや? あんたは錬金術師じゃないと記憶していたんだが……」

「あっ、助手になった報告しかしてませんでしたね。私、クレイン様の下で見習い錬金術師にもなったんですよ」


 その言葉を伝えた瞬間、オババ様の体がプルプルと震え始め、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。


「イーヒッヒッヒ。ようやく錬金術師になったのかい。随分と遅い一歩だったねえ」

「あれ? 私が錬金術師になりたいって思っていたこと、言ったことありましたっけ?」

「あんた、自分の顔を一度は見てみるもんだね。気が付かない方がおかしいさ」


 私、そんなに顔に出るタイプだったんだ……。いつもニヤニヤしながら素材を選んでいたと思うと、かなり恥ずかしいんだけど。


 そんなことを考えていると、珍しくオババ様が良質な魔鉱石を手渡してくれた。


「ほれっ、面白くなりそうな礼さ。好きなものを持っていきな」

「えっ? 新手のぼったくり商法ですか?」

「馬鹿言うんじゃないよ。人の厚意は受け取っておけと、父親に教えてもらわなかったのかい」

「な、なんですか。オババ様が良質な商品を押し付けてくるなんて、めちゃくちゃ怖いんですけど」

「イーヒッヒッヒ。あんたは私の若い頃にそっくりだ。まずは【形成】スキルを取得して、鉱物を自由自在に操れるようになりな」

「ちょ、ちょっと待ってください。人の話、聞いていましたか?」

「面白そうな話には先行投資しておくもんさ。そこまでケチケチしてないよ。持っていきな」


 いつもぼったくることを優先するオババ様が太っ腹になったこの日を、私は一生忘れることができないだろう。


 高額な魔鉱石が次々と籠に入れられ、しっかりと粗悪品が取り除かれている。


 オババ様が『持っていけ』と言っていた以上、これは購入するのではなくて、もらえるものという認識で大丈夫なんだろうか。 


「あの~……オババ様? 何か良いことでもございましたか?」

「イーッヒッヒッヒ。たまにはこういう日もあるもんさ」


 偏屈で有名なオババ様が、いつもとは違う優しい笑みを見せてくれたことが、私の頭を一段と混乱させるのだった。

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