第15話:オババ様の悪だくみ

 クレイン様の工房にたどり着いた私は、卸売業者のごとく、大量の荷物を抱えていた。


 籠に入った魔鉱石を背負い、袋に入った薬草を両手に持っている。


「買いすぎだろ。どんな形でぼったくられたんだ」


 そんな私の姿を見て、クレイン様が最初に言った言葉がこれである。


 初めて薬草の買い出しに出掛けたはずの助手が、息を荒らすほど大量に買い込んできたんだから、そう言いたくなる気持ちもわかる。


 でも、現実はぼったくりをされたわけでも、悪徳商法に捕まったわけでもない。善意を受け取った結果だ。


「オババ様に見習い錬金術師になったと報告したら、御祝儀で魔鉱石を大量にいただきました。あっ、薬草はちゃんと買ってきましたよ」


 背負っていた籠をドシンッ! と床に置き、両手いっぱいに買ってきた薬草を机の上に置くと、一気に体が軽くなる。しかし、体力に限界が来ていたので、思わずヘナヘナ~と床に座り込んでしまった。


 錬金術の買い出しで、ここまで重い荷物を運んだのは、これが初めてのこと。次から鉱石を運ぶときは、馬車を手配してもらおうと心に誓った。


 腰が砕ける、その言葉の意味を体感したから。


「オババの厚意……だと!?」


 一方、衝撃の真実を聞かされたクレイン様は、驚愕の表情を浮かべている。


 オババ様には申し訳ないが、同じ立場だったなら、私もそうやって驚いていただろう。


「私も最初は耳を疑ったんですけど、本当に厚意だったみたいです。何度か魔鉱石の代金も払うと交渉したんですが、頑なに断られてしまいました」

「かなり珍しいことだが、半分はオババのイタズラだろうな。魔鉱石の量が明らかに不自然だ」

「やっぱりそうなんですね。すごい重かったので、何か変だなーとは思ったんですよ」

「作業量にもよるが、アクセサリーを作る程度であれば、半年は買い足す必要がない。大きな武器屋が仕入れる量だぞ」


 厚意だけで祝ってくれないところが、オババ様らしい。私が必死に魔鉱石を背負って帰る姿を見て、「イーッヒッヒッヒ」と笑う姿が目に浮かぶ。


 オババ様にとって、それが面白い要素の一つだったんだろう。良品の魔鉱石を分けてくれただけに、文句も言いにくい。


「だが、どうしてミーアに魔鉱石を……」

「あっ、それは私が魔鉱石を厳選していたからです。冒険者ギルドにいる友人にネックレスを作ってあげたいなーと思いまして」

「なるほど。早速作りたいものができた、というわけか。ポーション作りと併用しながらは、なかなか大変なんだが……」


 クレイン様の言う通り、普通はポーション作りに専念するべきだろう。錬金術の仕事は幅広いため、専門分野に特化した形を取り、自分のスキルを磨くのが一般的だ。


 でも、私は見習い錬金術師であり、方向性が定まっていない。一つのことに縛られるよりは、色々なことに挑戦してみたい気持ちの方が大きかった。


「ポーションの下準備には自信がありますし、助手の仕事もわかります。時間が空いたらで構いませんので、ご指導いただけると嬉しいです」

「それは構わない。鉱物を形成する感覚を早めにつかんでおくのは、非常に有用なことだ。ミーアの気持ちと体力の問題になるだろう」

「じゃあ、どうして難しい顔をされているんですか?」

「俺の下で働くということは、主にポーション作りが仕事になるとわかるはずだ。ミーアが興味を持っているというだけで、これほど大量の魔鉱石を渡すのは不自然だと思ってな」


 理由があるとすれば、私が魔鉱石を欲しそうに眺めていたから、で間違いないと思う。


 ただ、これだけ太っ腹な姿を見るのは初めてなので、裏の意図がありそうな気もした。


「気になることがあるとすれば、面白そうな話に先行投資する、とオババ様に言われたんですよね。依頼を発注するならまだしも、魔鉱石を渡されただけなので、何のことかはよくわかりませんでした」


 思い返してみても、オババ様が取った行動の意味は理解できない。でも、様子が変わったタイミングは覚えている。


 クレイン様の下で見習い錬金術師になったことを報告した時、オババ様は嬉しそうだった。


 仲良くさせてもらっているとはいえ、私とオババ様は深い関係でもないのに、どうして祝ってくれたんだろうか。


 うーん……と考えてみてもわからない。クレイン様も同じような気持ちみたいで、相変わらず難しい顔をしていた。


「もしかしたら、期待されているのかもしれないな。オババの後継者として」

「困ります。私はカメムシのニオイが出るアイテムを作りたくありません。そもそも、オババ様は錬金術師なんですか?」

「まあ、今のオババを見る限り、そう言いたくなる気持ちがわからなくもないが……。他には何か言っていなかったか?」

「特に思い当たる節はありません。他に話したことと言えば、私が婚約破棄すると知らなかったみたいで、色々と噂話について話をしたくらいです」

「オババは他人の不幸と噂が大好きな人間だ。ミーアが婚約破棄すると知らないはずがない。本人だとわかったうえで、面白そうな情報がないか引き出そうとしたんだろう」

「……からかわれただけでしたか。まんまと罠にはまってしまいましたね」


 早く婚約破棄騒動が終息してほしくて、アッサリと最新情報を渡してしまうなんて。


 うぐぐっ、オババ様め。なかなか侮れない。もっと貴族である自覚をしっかりと持ち、個人情報の漏洩は死守しないと。


 でも、今回の件で助けていただいたクレイン様には、報告する義務がある。


 荷物運びでヘロヘロになった体に鞭を打って立ち上がり、クレイン様に一礼した。


「私事で恐縮ですが、本日、正式に婚約破棄することができました。お力添えいただき、誠にありがとうございました」

「大したことはしていない。ミーアが快く助手を引き受けてくれる方法を考えただけだ。俺にも利益があることだし、気にするな」

「それでも、ここまでアッサリと問題が解決できたのは、クレイン様のおかげです。肩身の狭い思いをしなかっただけでも、本当にありがたいです」


 なんといっても、ジール様は完全に開き直り、私を悪者扱いしていたのだ。慰謝料を請求していたら、考えが追い付かないほど泥沼の展開になっていただろう。


 最悪、仕事も婚期も逃すほど長期化する……と考えただけでも、背筋がゾッとした。


「ミーアが錬金術にうち込めるのなら、それでいい。早速、やってもらいたいこともある」

「なんでしょうか」

「ポーションの大量作成だ。ミーアが作れそうな依頼は、すべて任せることにした。最初から最後まで、な」


 不穏な言葉を聞いた私は、さすがに首を傾げる。


 昨日、見習い錬金術師になった人間に対して、最初から最後まで任せるというのは、理解できない。あくまで助手の経験があるだけで、私は錬金術の知識を持ち合わせていないのだ。


「最初から最後まで、というのは……?」

「薬草の調達、ポーションの作成、出来栄えの確認、そして、納品までだ」

「本当に最初から最後までじゃないですか」

「言っただろう。見習い錬金術師を過保護に育てるほど俺は甘くない、と」


 そういう問題ではない。まだポーションを一度しか作っていない人間に対して、大量にポーションを作らせようとしていること自体がおかしい。


 それも、最初から最後まで、本当にすべての作業を!


「期限は来週末まで。製作本数は、二百本だ」


 キリッとした表情で言い放ったクレイン様を見て、私は本気なんだと察するのだった。

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