第13話:問屋の偏屈オババ様1
王都の西側の大通りを進んで買い出しに向かっていると、突然、二人の男女の悲鳴が聞こえた。
敏感に身の危険を察知した私は、巻き込まれないようにサッと身を隠す。
「こんな店、二度と来るか! クソババアめ!」
「マジムカつくんですけどー!」
関わらないと決めたばかりのジール様とカタリナが、目的の店に買い出しに来ていたのだ。
気難しいと言われているクレイン様にも「偏屈」と言われるオババ様の店に……!
僅かな時間で嫌われたジール様とカタリナが、店を追い出されたのは間違いない。去り際に暴言を吐いてしまったことで、怒りに満ちたオババ様を店から引きずり出すほどの騒ぎになっていた。
暗い紫色のローブを着た年配のお婆様で、髪の毛は真っ白。少し腰を曲げながらもスタスタと歩き、手に持っていた丸い球をジール様とカタリナに投げつける。
「あんたらみたいなガキより、カメムシの方がマシだよ!」
その丸い球が破裂し、ばふんっ、と緑色の煙が立ち昇るところを見て、私は絶対に巻き込まれないように遠くへ避難した。
あれは招かざる客を撃退する、オババ様お手製の特殊アイテムの一つ『
ぶつけられた二人の悶絶する顔を見れば、どれだけ精神的にキツイかよくわかるだろう。
「おえぇっ。く、くっせ……」
「うえぇ~。このババア、人としてやばくな~い?」
文句を言う二人に対して、オババ様が二つ目の
必死の形相だったため、私の存在に気づくことはなかっただろう。カメムシパワー、恐るべし……。
フンッ、と鼻を鳴らしたオババ様が店の中に戻っていたので、私は後を追いかけるように入店した。
「おはようござ――」
「しつこいねえ! まだ用が……おや、あんたかい。すまないね、ちょっと生意気なクソガキが来ていたんだよ」
「いえ、大丈夫です。なんとなく理由はわかりますので」
あの二人とオババ様は、絶対に相性が悪いですからね。仲良く話している姿はまったく想像ができません。
「あんな出来損ないがCランク錬金術師とは、錬金術ギルドも落ちぶれたもんだよ。まったく。あんたもそう思うだろ?」
「あはは……」
同意を求められても困る。錬金術ギルドを敵に回すような発言はできないので、苦笑いで対応するしかなかった。
ようやく見習い錬金術師になれたばかりだし、今は私の噂が流れやすい敏感な時期だ。相手が慣れ親しんだオババ様とはいえ……いや、偏屈なオババ様だからこそ、細心の注意を払わなければならない。
「ところで、今日は何の買い出しだい?」
気分屋のオババ様がコロッと態度を変えたところで、買い出しの話を進めることにする。
「ポーションの素材を買いに来ました」
「おや、この間も買っていったばかりだろうに。失敗でもしたのかい?」
五日前にオババ様の店で薬草を購入して、下処理まで済ませていたのだが……。先ほどのジール様に捨てられたなんて、口が滑っても言えなかった。
「実は、所属先が変わりまして。昨日からクレイン様の助手として働いています」
「クレイン……。クレインとな? はて、いったい誰だったか。人の名前を覚えるのは、どうにも苦手でねえ」
「えーっと、宮廷錬金術師のクレイン・オーガスタ様です」
「ああー、オーガスタんとこのせがれかい。そういえば、そういう名前だったような、そうでないような……」
どうやら顔と名前が一致していないらしい。思い返せば、私も名前を呼ばれたことは一度もなかった。
「まあ、名前なんてどうでもいいさ。この世の中、面白いかどうかが大事だからねえ。イーッヒッヒッヒ」
こういう割り切った考え方をしているのは、とてもオババ様らしい特徴である。人を身分や地位で判断せず、独断と偏見で付き合う人を決めているのだ。
一度仲良くなってしまえば、冗談を言えるくらいの関係性を築けるので、気軽に接しても問題はない。
「あまり変なことには首を突っ込まないでくださいね。もう良い年なんですから」
「年寄り扱いをするんじゃないよ、まったく。まだ九十二歳だ」
「十分です。はい、こちらがクレイン様に頼まれていたポーションです」
クレイン様に言われていたお使いを済ませると、オババ様はニコニコしてポーションを受け取ってくれた。
「おやおや、悪いねえ。まだかまだかと楽しみにしていたんだよ」
「そうだったんですね。あまり詮索するべきではないと思うんですが、どこか悪いんですか?」
「大したことはないさ。ちょいと老眼が進んでしまってねえ」
年寄り扱いをするな、と言った人とは思えない発言である。
「体の方が素直みたいですね。老体の自覚があるのなら、お大事にしてください」
「言うようになったねえ。あんたもそのうち同じ気分を味わうようになるよ」
「遠い未来のことを考える余裕はありませんよ。では、頼まれていたものも渡せましたし、薬草を拝見させてもらいますね」
助手の仕事を果たすため、店内に置かれた薬草を厳選させてもらうことにした。
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