第3話:膨らむ野望(ジール側1)

 何とか気持ちを切り替えて、ミーアが帰宅する頃。


 綺麗な夜景が見えるレストランの窓際で、二人の男女がワインを片手に持ち、悪態ついていた。


 冒険者ギルドで密会を終えたばかりのジールとカタリナである。


「本当に馬鹿な女だったな。俺の輝かしい経歴に傷つけやがって」

「仕方ないですよ~。先輩は子供みたいな乙女心を持った可哀想な人なんですから」


 長年にわたって、ミーアは自分に惚れていたと誤解していた分、騙されたと思うジールの怒りは止まらない。


 プライドの高い彼にとっては、飼い犬に手を嚙まれるほどの屈辱だった。


「あいつは政略結婚に愛でも求めてんのか? 面倒くせえ馬鹿女だな」

「馬鹿とハサミは使いようですね~。だってぇ、先輩はちょっと甘えるだけで仕事を全部やってくれるんですよ? とっても便利な人だったなー」

「確かにそれは言える。俺の店の雑用もすべて押し付けたら、文句の一つも言わずに何でもやる女だった」

「先輩の良いところですよね。馬鹿みたいにな~んでもやっちゃうところ」


 ワインが進んでいる影響もあるのだろう。次第に二人の口は饒舌になり、ミーアを見下すことで上機嫌になっていく。


「これは面白い話なんだが、あの馬鹿女がどこまでやるのか実験したことがあったんだ。そうしたらよ、錬金術師の仕事だと気づかずに、ポーションの下準備までやりやがったんだぜ?」

「えー。どうりで休み明けの先輩は使えないと思ったー。死んだ魚みたいな目をしてたんだも~ん」

「そう言うな。おかげでカタリナとの時間がたっぷりと取れたんだ。一人の女性としては論外だが、便利な女だったのは間違いない」

「それはもう婚約者の扱いじゃなくて、ただの奴隷じゃないですか~」


 他の客を気にする様子もなく、二人はハハハッと楽しそうに嘲笑う。


 馬鹿な女をこき使ってやった、その事実を口にすることで、ジールは自分の方が上の立場だったと強く認識した。


 命令した仕事をこなすことしか能のないミーアに、価値はない。婚約破棄した噂が広がれば、使えなくて捨てられた令嬢だと世間から認識されるだろう。


 そう思って飲む酒は格別だった。


「でもぉ、大丈夫なんですー? 先輩に何でもやらせていたのなら、錬金術師の仕事に影響が出ますよね」

「問題ねえよ。俺が本気を出せば、もっと良いものが作れる」

「えぇ~、本当に言ってますぅ? まるで今まで本気を出してなかったみたいじゃないですかー」

「当たり前だろ。錬金術師の資格を持たない女が手伝っている時点で、普通は良いものが作れない。だが、天才肌の俺は違う。今やBランク錬金術師に昇格寸前になるほど、良い品を量産していたんだぜ?」


 ミーアが下準備した素材でポーションを作り、Bランク錬金術師になろうとしている事実に、ジールは自分の腕を疑わなかった。


 難しい勉強もせず、錬金術はいつも適当。それでも品質の良いアイテムが作れるようになったのだから、錬金術に絶対的な自信を持っている。


 自分の錬金術のセンスが恐ろしいと思うほどに。


「すご~い! もしかして、将来は宮廷錬金術師になっちゃったりするー?」

「俺がならなくて誰がなるって言うんだよ」

「やだ~、かっこいい~」


 デレデレになったカタリナの甘え声に、ジールはさらに気分を良くした。


 もはや、自分の輝かしい未来しか見えていない。それだけに、結婚直前での婚約破棄などという汚点を付けたミーアを、許すつもりはなかった。


 ――俺の輝かしい経歴に傷つけやがって。必ずミーアの悪い噂を流して、人生のどん底に叩き落としてやる。ミーアは下積み時代を支えた女ではない。足を引っ張り続けた最低な女だからな!


「あーあ。先輩はもったいないことをしましたね~」

「俺の婚約者のままでいたら、宮廷錬金術師の花嫁になれたものを。本当に馬鹿な女だ。今後は華やかな生活とは、無縁の存在になるだろうな」

「もう~、野望が出ちゃってますよ。まだ宮廷錬金術師じゃないのに~」

「悪い。まっ、来年にはそう呼ばれているかもしれないけどな」


 自分は神に選ばれた存在であり、錬金術の天才だと確信している。


 本気さえ出せば、いつでも宮廷錬金術師になれるはずだ、と。


 ――クククッ。早く婚約破棄して、ミーアに後悔させてやろう。


「あっ、そうだ! ジール様ほどの腕前なら、宮廷錬金術師の助手に志願してみたらどうですか~?」

「馬鹿を言うな。俺は誰かの下につくような男じゃねえ。あんなジジイ共から何を学べって言うんだよ」

「でも~、最年少で宮廷錬金術師になった方がいましたよね。ここだけの話ですけど、自分の認めた人しか助手にしたくないからって、一人で仕事をこなしているらしいですよ」

「あぁー……クレイン・オーガスタのことか」


 若き天才と称された、クレイン・オーガスタの名を知らぬほど、ジールは世間知らずではない。


 同じ錬金術師として面識もあり、小さい頃に一度だけ作業現場を見学させてもらったこともある。しかし、当時の自分では手も足も出ないほどのレベル差を痛感し、自信を失ったこともあった。


 でも、今のジールは違う。なぜなら、自分も同じ天才の領域に足を踏み入れた者だと確信しているからだ。


「あのクレイン・オーガスタを宮廷錬金術師の座から引きずり降ろせるのは、俺しかいない。もうそろそろ世間に本気を見せてやるとするか」


 野望はひたすら大きくなっていくが、ジールはまだ知らない。


 錬金術師の資格を持たないミーアが積み重ねてきた努力を。そして、錬金術師の才能を開花させたのは、誰だったのかを。

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