へきあいっ! ~恋愛ってお互いの性癖を押し付……分かり合って妥協していくものですよねっ!?~
吉武 止少
本文
「好きです。つきあってください」
放課後。
呼び出された時点で予想はついていたが、またか、とややうんざりしてしまう。
どうやら俺は人よりも見た目が良いらしい。どこぞのアイドルグループのメンバーにそっくりだとかなんだとか。誰に似ていようが俺は俺なので関係ないのだが、ルックスというものは多くの人が好悪を決めるにあたって重要な
馬鹿らしいことこの上ない。
人間は一皮むけばクソ袋。見た目なんて年を取ればいくらでも変わるし、最後はみんな骨と灰だ。
無視してさっさと帰りたいのが本音である。
とはいえ自分に向けられた好意を無下にすればその他の人間関係にも差し
人でなしと言われるのも
見た目は綺麗な女の子だ。血色のいい肌にくりっとした瞳。やや困った表情にも見える眉から鼻までがすっと通っていて、桜色の唇が
端正な顔立ちに華奢な体格なのに重量を感じさせる胸。きゅっとくびれた腰から繋がる形のいい尻。さらには細く長い脚は造形美を感じさせた。
アイドルと言われそうな少女は、間違いでも気のせいでもなく、まっすぐ俺に感情をぶつけに来ていた。
告白。
誰かと付き合い、時間をともにする。
身体を重ね、心を重ねる。
創作物の中によくある恋愛というもののとっかかり、あるいは終着点だ。理解できるし想像もできる。
ただ、憧れは一切存在しない。
べたべたするのは嫌いだし、基本的に誰かと一緒に行動すると自由が減る。それが嫌なのだ。
例えそれがアイドル級に可愛い女の子だろうと、世界有数の億万長者だろうと変わりはない。
いつも通りに断る。
何度か告白されて学んだけれど、こういうのは誠実に対応すればするほど諦めきれなくなるものらしい。何度かストーカーと言わざるを得ない行動をとられたこともあるし、自宅に突撃されて警察沙汰になったこともあった。
面倒事を避けるためにも俺はしばらく前に布団の中ででっちあげたとんでもない理由を伝える。
「ごめん。俺、実は特殊性癖だから」
「えっ……えっ?」
聞き間違いかと思ったのか、少女が顔をあげて固まる。
そりゃそうだ。
話したこともないような相手に告白をしてきたとなれば、その理由はほぼ間違いなくルックスだ。中身は自分に都合のいい妄想でしかないだろう。
それが一発でブチ壊されるパワーフレーズ、それが『特殊性癖』である。
どんな性癖かまでは考えていないけれども、フられた理由が『自分の美醜や性格によるものではなく、相手の性癖がおかしかったから』となれば諦めもつくだろう。ましてや自分と結ばれることがないことは明白だ。
泣き出したり怒り出したりもせずに、ちょっと引きながらキッパリ諦めてくれるので最高の言い訳である。
と思ったのだが。
「ちなみに、どんな特殊性癖ですか……?」
目の前にいる少女は諦めるつもりがないのか、涙を溜めた瞳でまっすぐに俺を見据えた。
……いや、諦めてくれよ。
「人は『なくて七癖』と言いますし、交際や結婚は相手とのすり合わせが重要ですから、合わせます!」
「あ、合わせられるようなものじゃないよ?」
「聞いてみないと分かりません!」
俺が性癖を言うまでは絶対に引きません、と言わんばかりに仁王立ちをした彼女。
「ろ、露出――」
「脱ぐんですね……ここで? それとも公園? もしかして街中でデート中ですか……っ!」
「――は犯罪だと思うし俺の趣味じゃない」
だからブラウスのボタンを外そうとするやめてくれ。
っていうか泣きそうな顔しながら脱ぐくらいなら諦めろよ……。
「カニバ――」
「筋肉ですか? 内臓ですか? ……か、肝臓なら1/3くらいまでは再生するはずなので」
「ヴィーガン最高。
ドン引きして彼女を見れば、ぷるぷる震えながらもブラウスをめくってお腹を見せていた。おそらく肝臓を差し出しているつもりなんだろうだけども、ちょっと献身的すぎやしませんか……?
「複数人で――」
「あ、それならすぐ集まると思います。男が良いですか? 女が良いですか? 昨日告白してきた女の子なら連絡すればすぐにでも、」
「ってのは俺の趣味じゃない。他の人間がいるのとか絶対にダメ」
なんで急にスンッてなるんだよ!?
しかも男でも女でもOKってアグレッシブすぎねぇか!?
いやまぁ複数ってなったときにどっちが多いのが正しいとかまったくわからんけども!
嫌な汗に背中が濡れ始めるが、そもそも恋愛にも性的なことにもほとんど興味のない俺からすればこのくらいで打ち止めだ。
カニバリズムだって映画で知っただけだし、複数人プレイも露出プレイも男友達が好きで語られたから知っているだけなのだ。
「それで、どんな性癖なんです?」
上目遣いに顔を覗き込まれる。あざといまでの可愛さにドキリとさせられ、思わずイラっとしてしまう。悪意がないのはわかるが、自分が可愛く見える角度を見せつけられているような気すらしてきた。
「そういう君は? すり合わせというなら、君が俺に合わせるだけじゃダメだろう」
逆襲的な俺の問いかけに少女は一瞬たじろぐ。
もじっとして視線をさまよわせる辺り、きっとコイツも何かしら『なくて七癖』の何かを持っているんだろう。
どんなものだったとしても、大げさに否定して交際を拒否してやる……!
ぐっと決意したところで、彼女が不安そうな視線を俺に向けた。
「ペンです」
「……………………………………………………は?」
たっぷり30秒はフリーズしたあと、何とか疑問符を
「ペンです」
性癖:ペン。
「……俺、
ペンが好きならペンと結婚すれば良いじゃん。
どんな表情を浮かべていただろうか。取り
「あ、違うんです! いやあの、違わないんですけど! そ、そうだ! 実物! 実物を見せます!」
言いながらスカートのポケットをごそごそっとやって一本のペンを取り出した。
ペンというか、万年筆だ。漆塗りの胴部には
如何にも高級そうな見た目をしている。
うん、彼氏にするにふさわしいルックスのペンだろう、頼りがいもありそうだし書き心地も良さそうだ。知らんけど。
「えっと」
それを出されたところで『性癖:ペン』なのは変わらないしますます俺と付き合う意味が解らない。
少女はそれを握り込みながら恥ずかし気に頬を染めた。
「これ、ペン先をタングステンで特注したんですけども」
「うん」
「これで皮膚の
「ちゃんちゃらアウトぉ! 付き合えない性癖なのでお断りします!」
「はっはーん。わかりましたよ。そうやって私の性癖を大げさに騒ぎ立てて交際拒否するつもりですね?」
「大げさでも何でもねぇよ!?」
だいたい何でそんなのが好きなんだよ!
普通にタトゥーアーティストにでもなれよ!
「もう、分かってないですねー。好きな人の身体に永遠に残る愛の証、
「やかましいッ!」
「整った顔に綺麗な肌。そこに一生消えない
「ゾクゾクするけどそれはサイコさんにばったり出くわした時の恐怖だよッ!」
「ほら、すり合わせですよ、すり合わせ。望むなら×××とか、〇〇〇を△△△するのだって我慢します。どんな変態プレイも受け入れます。だから
ペンを片手ににじり寄る少女。
近づかれた分だけ俺も後ずさるが、教室は広さが有限だ。このままではジリ貧である。
「っていうかペンは
「はい。真皮に刺したときの苦悶の表情も、悲鳴を必死に噛み潰そうとするいじらしさも溜まりません。そして鏡を見る度に私のことを思い出すんです」
「心にトラウマ彫ってんだろッ!?」
「何言ってるんですかー、彫るのは顔に、ですよ?
良いこと言ってやった、みたいなどや顔だが、それ完全にただのトラウマだからな!?
「おまわりさぁぁぁん! ここにサイコパスがいますぅぅぅ!」
「え? どこにですか!? 私のキャンバスを守らなきゃ!」
「鏡を見ろォ! お前が危険人物なんだよォ!!」
「もう。鏡は彫られた側が見るんですよ? 私は鏡なしでも作品を見れますから」
「話が通じねェェェェェッ!!!」
っていうか隠す気もねぇ!
キャンバスに作品って俺のこと人間だと思ってねぇだろッ!?
この後、逃げ出した俺を助けてくれた女性が偶然にも地上最強のグラップラーで、チャームポイントだという鬼の
へきあいっ! ~恋愛ってお互いの性癖を押し付……分かり合って妥協していくものですよねっ!?~ 吉武 止少 @yoshitake0777
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