第24話 プライドと恋愛の利益
「納得がいかない」
「全部、お前たちだ。少し冷静に考えろ」
「いや!全部俺なの?いや、だってさ…」
「僕は蒲を牽制するが、他の男のからだを使っても、女を抱くことは出来ないよ」
「しかし、うん~。夏梅はそれを望んでいるのではないのか?」
「多分な」
「それでもか?」
「無理だな、気持ちで、抱けるものではないんだ。それに、さっきのお前と夏梅の会話を聞いていたが、お前たちの事は僕にもわからない」
その時、叶一が帰って来た。
天十郎の元で眠っている夏梅と、天十郎の真向かいにいる僕の構図をみて、叶一が「ただいま」の声を引っ込めた。
【全寮制の中学にいる、叶一が久々に帰って来た】
天十郎が「お帰り」というと、いつも僕を見てガンを飛ばして来る叶一が、今日はどこを見ていいのか、迷った風な仕草を見せ。
「珍しいな。夏梅がここで天ママに抱きかかえられて、寝ているなんて」
そう言うと、キッチンに向かった。
「コーヒーでも飲むか?蒲パパはどうした?部屋かな?みんなは?」キッチンから声が聞こえる。
「子供達は見えているよな」天十郎が聞くので、僕はゆっくり頷いた。
「おい、叶一、塁は見えるのか?」叶一は、奥のキッチンから、怪訝な顔を出して僕の方をみた。
僕は笑いながら、頷くと、叶一は驚いたように「いつから?」僕に声をださずに聞いた。
「さっき」僕が普通に答えると
「ひぇー、今さらですか?日咲があれだけ、塁としゃべっていたのに、気が付かない人も凄いよな」僕が、笑ったまま頷くと
「今更って、しょうがないだろ…。おい、塁、その薄笑いをやめろ」天十郎は怒った。
「あれま、ほんとにわかる」声のトーンを上げて驚いた叶一を見て、天十郎は不愉快そうだが僕の方を向いて
【ところで、夏梅はわかるのか?】
「いや、わからないみたいだ」
「このままでいいのか?」
「どうしようもない」
僕は天十郎の質問に答えながら、僕を見られるようになったら、夏梅はどうなるだろう?僕の傍に来たがるかな?それとも、天十郎や子供達の傍に居たがるのか?どっちだろう。
考えるだけで、つらくなる。
僕が耐えている分、夏梅が地獄にならなければいいと思う。夏梅は、夏梅自身が生きるために、僕が隠れていると信じている。それでいい。
「おい、叶一お前いつから知っているの?」
「いつからって、生まれた時から一緒にいるよ」
「そうなのか?」
「天ママが、夏梅を持ち去った後に、蒲パパは俺たちを置き去りにして、どこかにいなくなっちゃうから、いつも塁ちゃんが面倒見てくれていた」
「ああ、子守ね。結構忙しかった」僕は笑った。
「そ、そうか?」
「夏梅の事も、玉実の事も塁ちゃんから聞いている。だから早くから寄宿舎生活をしたし、禾一なんか頭がいいからささっと、結婚して出て行った。俺も早く結婚しようかな」
「そうなんだ」
「だいたい、蒲パパなんて、俺たちの事は全く興味なしだろ。天ママと夏梅は自分ばっかりで、観察力のない人たちだから、塁ちゃんがいなくちゃこの家は成り立たないよ」
「叶一、普段、僕にガンを飛ばすくせに、こ傍痒いぜ」僕は笑った。
いつの世も、子供に高評価をもらえなかった父親は、非常に気まずい。
天十郎は落ち着きなく、頭を掻きながら
「俺だって、お前らを育てるのに大変だったぞ」
「笑わせるな、親が苦労して子供を育てるのは、当たり前の事で、すべからずみんなやっている。偉そうに言う事か!笑止」
叶一が喝を入れた。
「さすが、生まれた時から大物だな」
僕は、のびのびと育った叶一が可愛い。僕もそうでありたかった。と思う。
「まったく、この家で一番偉い奴かも知れん。参りました」天十郎は負けを譲った。
【夏梅のお母さんも、夏梅みたいだったのか?】
天十郎が聞いてきた。
「おばあさんがそうだったみたいだ。あまりいい死に方はしていないみたいだけどな。昔、夏梅のお母さんから、なんとなく聞いた覚えがあるが、詳しいことはわからない」
「夏梅みたいな奴って、数が少ないのだろ?」天十郎は疑問をぶつけた。
叶一も僕の隣に座って、会話に参加している。
「いや、そうでもないみたいだ、今、隠れている雄を揺さぶる女が、沢山、街に溢れれば、世の中が変わるかも知れない。玉実が表をどうどうと歩ける世界になればいい」
「どういう事?」叶一が聞いた。
「パンダが貴重だから群がるけれど、奈良の鹿みたいにそのへんにパンダだらけだったら興味もわかないだろう」
簡単な僕のたとえに叶一が「なるほどな」と感心した。
「隠れている人が、多く表に出れば、きっと世の中の変化は大きいだろ?」
話の筋を理解した天十郎が「しかし…」考え込んだ。
「しかし…だな。アダルトの対象として興味をそそるように、刺激して利益を上げている業界があるから、難しいかもしれないよな」
「天十郎のいうように確かに難しい。でも、そのアダルト業界があったから、ウェブの進化が早かった事も事実だと、立花編集長が言っていた。夏梅や玉美みたいな人間が存在するからと、一概に否定も批判もできない。常にアダルトは最先端を突き進んでいる。欲に群がり利益を上げる社会だから欲望の調整が難しいのかもしれないな」
「表裏一体。その欲の影には、いつも犠牲者がいると言う事か?」
「彼女たちの守り方に、正しい道はないかもしれない。幸せを求めず、バランスの取れたところで、地獄にいない事は、結構いいことなのかもしれない」
「幸せでなくても、地獄に落ちない、ほどほどの方がいいと言う事か」叶一が悟ったように言った。
【僕の話に天十郎は顔をあげ】
「しかし塁は、よくしゃべるな。夏梅がおしゃべりじゃないと言っていたのに」
天十郎はあきれたように僕に言った。それを受けて、叶一が
「塁はこの家の中で、一番よくしゃべるよ」
「なにをそんなに、話すことがある?」
「子供四人、いや一人だけ除いて、子供達は話を聞いて欲しい時や質問は、全部、塁が担当しているから、塁だって忙しいよ。特にニコラッチは、常に塁と話をしている。ニコラッチが独り言の多い子だって思っていただろう?違うよ。話し相手は塁だから」
ニコラッチは、僕の情報源の一つでもある。僕を頼ってくれる可愛い子供達だ。気持ちがゆるむ。
天十郎は叶一に
「おお、そうだったのか。それで、一人のぞいてって、誰だ?玉実か?」
「まったくもう、天ママは本当に観察力がないよね。禾一だよ」
「禾一は、塁がわからないのか?」
「違うよ、知っているよ。禾一は、蒲パパと子供達以外には、塁が見えない事に一番先に気が付いた。賢い奴だからうまく立ち回っている」とため息をついた。
まるで、物分かりの悪い子供に、丁寧に説明する親のようだ。もともと、天十郎と叶一は、よく似ていて対立する。
最近は、天十郎も大人になって来て、叶一に少し負けてあげるようになって来た。
「蒲はそのことを知っているのか?」
「蒲パパ?知らないんじゃ、ないの?塁は知っている?」
「さあ、僕も、蒲と、その話をした事はないな。体を失った僕を、独占していると思っているかもしれない。でも、見ていれば、わかるのではないか?」
「いや、蒲パパは、俺たちに興味はないからさ、気が付いていないかも」
「なるほど…」説得力のある叶一の言葉に、天十郎は感心した。
【で、お前、からだを捨ててつらくないか?】
僕はその言葉に終わりの見えない長い日々の重たさが悔しくて唇をかむと
「つらいに決まっているだろ、消えてなくなる事だけを、望んでいるよ」
「からだを捨てなくて良かったら、今はどうなっていたかな?俺は夏梅やお前と会っていたかな?今の生活をしていたかな?」
「天十郎、死んだ子の歳を数えてどうする?」
「死んだ子の歳?」
「ああ、いくら思いが強くても、まったくないものを考えても、何もならない、考える事によって、かえって気持ちが揺すぶられるだけだろ?だったら考えずに、無になったところで、気持ちも思いも止めておかないと」
【だよな。これから、どうなるのかな?】
「さあ、わからない、僕にもわからないよ。ただ夏梅とお前の仲を言える立場にはない。出来れば、夏梅は僕だけを好きでいて欲しいけど、そうもいかないだろ。お前は、夏梅の事をなんとも思わないの?」
「よくわからないな。人類を分けると夏梅と他の人だな」
「なにが違うの?」叶一が聞いた。
「おお、そうだな。他の人との違いは、キスが美味しい。マタタビ女だから美味しいのか?他にも同じようなキスをする人がいるのか?と、あいつと出会ってから、沢山の女とキスをしているけど、だけどさ、夏梅だけなんだな」
「ほんとか?おれ、夏梅としてみようか?」叶一が身を乗り出した。
「興味のある年頃だな。しかし、叶一、さすがに、母親とディープキスはまずいだろ」天十郎は鼻で笑った。
「なんだ、プチキスの事じゃないんだ」
「当たり前だろ、お前のようなお子様じゃないんだ」
「ふん、えらそうに」
「それと、初めて会った時と、美術館で、夏梅が俺の名前を初めて呼んだ時に、心臓が破裂するかと思った。あんな経験は、後にも先にも夏梅だけだ。蒲の言う通り、フェロモンのせいかも知れないと思った時期もあったが…。それでも他の人とは明らかに違う」
「蒲パパにはなかったの?」興味深く叶一が聞く。
「ああ、なかったな。こんな兄貴とか身内、仲間が欲しかった!という感じかな」
僕は、夏梅に対する気持ちを天十郎が語るのを初めて聞いた。
その言葉が、本当かどうかはわからない。しかし、蒲にない感情があるようなので、それで十分だろうと、僕は思った。
【なあ、さっきのプライドの話だが】
「プライドを傷つけたらどうなる」
「ニコラッチの分野だな。さあ、どうかな?利益の多い人ほど、自分が傷ついた分、相手に傷を負わせようとする。利益の少ない方は逃げようとする」
「恋愛に利益ってあるのか?」
「あるだろ。極端な話、片思いなら、夏梅がいうような愛の分け合いが出来ないから、相手の事なんか考えないで、自分の思いを押しつけようとする。当然、相手は簡単に受け入れない。そのことで自分が傷ついた分、相手にも傷を負わせようとするからさ」
「まさに、茂呂社長や美来だな」
「そういうことだ」
「利益が同じくらいなら?」
「両想いか…。愛と絡まったプライドを傷つければ、どちらかが倒れるまで、徹底してやりあう事になる。こじれた両想いだな」
「泥沼、憎愛劇、蟻地獄か…」
「そうかもな」
「なんか、お前って苦労性じゃないの?」
「そういう、お前は呑気だよな」
「そうか?」天十郎が警戒を解いて笑った。
【で、夏梅はどこにはいる?】
「夏梅は単純だ。どこにも、はいらないよ。昔、僕の子供を抱いて一緒に眠りたかった。そんなシンプルな夢しか持っていなかった。たったひとつの、あいつの思いを、僕には叶える事ができなかった。だから、守る方法を、考えただけだ。もっと、あいつに沢山の思いがあれば、また、違っていたかも知れない。ひとつしかないからな、女としては完璧すぎた」
僕は天十郎に抱かれている、夏梅の頬を撫でた。そして、天十郎を見ると
「僕も、さっき気が付いた。こいつさ、今は、僕にしか、すがるものがないだけだから。天十郎、お前が夏梅の孤独に向き合えば、夏梅の夢が覚めて、僕に気が付き、現実が見えるだろう。僕の代わりのソファーベッドもいらなくなるさ」
この言葉を口にしてしまうのが怖かった。
さっき気が付いたなんて、嘘っぱちだ。
夏梅と天十郎が、互いに無関心を装いながら、傍にいることを選んだ。
そのことを、最初から知っていたのかもしれない。
だけど…。寂しさと、やるせなさが全身を覆う。それでも、天十郎に伝えなければ…。
「その時、僕は用済みになるのかもしれないし、蒲が悪ふざけを辞めるまで、傍にいるのかもしれない。どちらにしても、今となっては、僕と蒲は君たちには不要な存在だ」
【無理して笑った】
天十郎は言葉の重さにうろたえているようだ。
「だけど、塁、俺たちの関係って表現できないというか…」
「言葉に出来ない関係のどこが悪いのか?」
「いや、悪いというか、俺と夏梅との関係がどの言葉にも属さないというか」
「お前も、馬鹿だな」
「言葉で表現できない関係だっていいじゃないか。かえって、言葉に出来る関係の方が疑わしいと思わないか?それぞれが必要で、それぞれに頼り、反発し、それでも離れられず、相手を求める関係の方が、真実味があるさ。そうじゃないのか?」
「そうだけど」
「答えはすでに、出ているんだ。僕は夏梅を嫁に出した気分だよ。それに、蒲がこの結婚を言い出した時は、どうかと思った。不安だったよ。だけど、結婚は小さなコミュニティ、集合体だ。現状の法律や行政のシステムを上手に利用して、僕らは結婚という形態を選んで、自分達のコミュニティを作っただけだ。すべてにおいて、こちらが利用するように、考え方をシフトすればいいのだと思う」
【そうかな…?それにしても】
「なぜ、蒲はそれまでして夏梅を攻撃する。やっぱり精神的におかしいのか?」
「そうでもないさ、夏梅に義理立てて、女は抱かないだろ?」
「えっ?」
「みんな紙一重だ。誰もかれも優劣が重要だ。蒲は、自分以外に夏梅に手を出す奴は許せない」
「はあ?蒲は夏梅が好きなのか?」
「所有欲でも、好きという言葉に置き換えられるのならな…」
「…」
「所有欲だから、手を出した奴に対して攻撃するのではなく、夏梅に対して、攻撃の鉾先がむいているだろ?SEXの評価が気になって、夏梅に聞いてしまう、お前みたいな感情は、ないと思うよ」
「…」
「さっき、夏梅を本気で、殺そうとした蒲を見ただろう」
「ああ」
「奴は、自分のせいで、からだを無くした僕が、その代償として、夏梅を抱いていると勘違いをしていた。お前が、夏梅に無関心を装ってくれていたから、二十年間、夏梅は無事にいたと思うよ」
「…」
「それに、あいつは人生の長さを誤算した。一時の感情でも間違うと、多くの時間をあてがう事になること。そして、自分が優位に立っていると、思い違いをして、多くの物を、失った。僕もまた、からだを捨てる事で、多くものを失っているが、得ている物もあるかな…」
【どんなものを得た?】
「自由と偽りのない関係かな」
「塁、幽霊のくせして、たいそうな事をいうな」
「思いだけを残して、漂っている幽霊と、意志を持ち、行動している僕を一緒にするのか?幽霊に子供たちの相談役が出来るか?子守りが出来るか?からだはなくとも、僕は実体として存在しているのだ」
「実体と言われても…。幽霊自体、よくわからないからな…。確かに 幽霊だと怖いけれど、塁は違和感がない…」
天十郎は素直に納得をしている。しばらく、考えながら、黙ったまま僕を見つめていたが…。
「ひょっとして、お前は、蒲の首に、ぶる下がった時に、蒲が一緒に落ちるから、からだを捨てたのか?」
「随分と飛躍したな」
「冷静に考えると、お前も蒲も、夏梅に執着しているようで、していない。夏梅が自分の物なら簡単にあきらめるはずがない。俺に渡したのは違和感がある。最初から二人共、難しい夏梅に会う男を探していた。というならすべてに辻褄があう。全部、お前と蒲の愛情の縺れなんじゃないのか?蒲とお前が互いに固執しているのか?」
僕は、その天十郎の問いに答えずに「口から真実は出てこない」という黒川氏の言葉を思い出して思わず、ニヤリと笑った。
叶一が突然。
「天ママはさ、なんか、複雑にしすぎだよ。すべてにおいて、好きなもの同士が結婚できるわけじゃない。うちの親たちにとって、結婚は、家族を作る儀式だった。ようはお互いを支えあって子を育てていくことが重要で、その内容がどのようであっても、かまわないと思う。ただ、一緒に居たかったから、便宜上の形を整えただけだろ。それぞれの役目をすればいいだけだ」
「はい、その通りです。お前、大人だな」
天十郎は叶一の言葉に深く頷いた。
僕は黙ったまま、彼らを残し蒲の後を追って、部屋を出た。
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