終幕 エピローグ|主演:俳優天十郎|
主演:俳優天十郎の欺きと後悔を語る
【夏梅と叶一、俺と三人がリビングに残された】
俺の興奮は続いている。夏梅と出会ってから、隠れてSEXやキスをしてそれなりに刺激的な生活ではあった。
カーテンがいつのまにか閉まったりしていたが、まさか本当に塁が実在をしているなんて微塵も思わなかったし、本心からいえば、俺は、はじめから夏梅に騙されていると思っていた。
蒲を含め周囲に話す事と俺に話す事とは全く違っていたからだ。これが全容だとすれば、彼女は蒲や塁を非常に雑に騙し続けて来たことになる。
あいつらまったく気が付かなかったのか?気が付いてないよな…。
取材で夏梅と出会い、その瞬間に惹かれ、その日のうちに家に行った。
そうなんだ。
初めから蒲の異様な行動から逃れるための「俺には見えない塁がいる」という彼女の可愛い嘘に付き合っていたつもりでいた。
二人になれる時間が少ないという夏梅。
俺の目を見ない時は塁がいるという合図だったし、蒲を中心とした小競り合いなら、不審に思われないと、言うので、絡みあっている時に、こっそり内緒話をした。
だから、話があるときは、わざわざ騒ぎを起こしていた。
塁が憑依したから、俺がいなくなったと思って、絶望して泣いたと言われても、実感はない。
俺が塁に乗っ取られるのは我慢が出来ないという夏梅。だから蒲にも塁にも二人で示し合わせている事がわからないように、わざと目薬をさした。
目にみえないものを信じることは難しい事だ。そうか彼女は俺だけは騙さなかったのか…。腕に抱えている夏梅の温もりが伝える安ど感を実感していた。
【叶一は、塁が去った方を見た】
「母さん、塁は蒲を探しに行ったみたいだよ」
「あーよく寝た」夏梅は目を開け起きた。
「ほんと、当事者がのんびりしてるよな」叶一はあきれている。
「父さんがいるから、安心をしているのよ」
俺と夏梅は何事もなかったように「手と足がしびれた」と、のびをしながら立ち上がった。
「奥様、どっか怪我しなかった?蒲の奴、叩きやがった」
「うん、大丈夫。今までの怪我に比べたら、楽勝でしょ。それより蒲になぐられたんじゃないの?」
「うまく、かわしましたよ。しかし、よく我慢しているよ」
顔が腫れてきている。保冷剤を持ってきて冷やすと俺と夏梅は互いの体を見回した。
「結婚二十年目の古びた夫婦にしては、いちゃつくな」
俺は、まだいたのか?というような顔で叶一を見ると
「まああ、人間、共通の敵がいると団結するものさ。お前もよくやった!」と、褒めた。
「あー、疲れた」叶一は、座りこんだ。
「俺も、疲れた。初めて塁の姿を見たから、焦ったぜ」
「父さん、おれも、帰ってきてからの、シチュエーション は、焦った」俺と叶一は笑った。
【どうして、ああなったの?】
「父さんの焼きもち」夏梅が笑い、俺の顔を見ながら
「塁は、男性オンリーだから気にしないで、言いたい放題いえるのに…。まったく父さんたら、いつも、父さんの嫉妬で話がこじれてしまうでしょ」
「俺たちの話をしているって、わかっていても塁!塁!って、あんな風に言われたら、我慢が出来なくなるだろ。それに、学校の話はなんだよ。違反だろ!お前、わざとやってるよな」
夏梅がウフフと小さく微笑んだ。いつも俺の事を塁に置き換えて話しているはずなのに、どうしようもなくムカつくのだ。
「塁って、男性オンリーなの?」叶一が驚いたように聞いた。
「そうよ、知らなかったの?唇にキスは、絶対にしてこないし、私がすると、ものすごく嫌な顔をする。ただ私がストレートと言っているだけよ。お父さんはストレートだけど、Xジェンダーの両性って私が言っているだけよ」
「蒲は?」
「蒲は…。塁だけじゃないの?俺、蒲と寝たことないから、しらないよ」
「寝たことないのか?」
「俺さ、昔は遊んだけどな、夏梅と出会ってから夏梅だけ。男も女も寝てない」
「へえ~。だけど、よく蒲から回避できたな」
「あいつは、俺に絡んで来るけれど…。俺のことは眼中にないよ。俺もない。叶一、人の言動に惑わされるなよ。本質をみろ」
「そうよ本質は大事よね。はじめは台本とおり、塁に現実を見せるために小芝居をしていたのに、父さんったら、蒲が来たら取っ組み合いを始めちゃうんだもの」
「しょうがないだろ、ついな…。そんな、こんな、していたら、蒲が突然に帰って来て乱入して、こうなった」
【あー、それで蒲は?】
「見ろ、母さんを殺そうとして、出て行った」
俺は、夏梅の半分腫れた顔を叶一に見せた。叶一は怒りがこもった声で
「またなの?まだ、殺したいのか…」
「危険な奴だからな…」
「これから、どうするの?」
「塁は自分たちが、不要だとわかっていたみたいだな。これで、うまく蒲だけを連れて出てくれると、いいのだけどな」
「塁や蒲に、母さんと父さんが初めて出会った時に、母さんから、助けを求められたという話をするの?」
【いや、それは…そうだな…】
「正面切って、話さなきゃいけないかな?とりあえずは、塁に任せてみよう。慎重に対応しないとな」
「確かに、蒲は気をつけたほうがいいよね」
「でも、あのとき、何の話か、全く理解できなかったよ」
「なにを?」
「夏梅は、二人から離れたのが初めてで、こんな機会は、もうないかもしれないって…。幼いころから亡霊より怖い男たちが離れない!と、必死になって、訴えていたけど本当だったな。それも、ひとり、マジな亡霊もいたしな」
俺はあのホテルのフロントで一瞬にして恋に落ちてここまで来たんだった。
【だけど、よく結婚できたよね】
「最初は、半信半疑で夏梅の家に入り込むことだけを考えていたさ。入り込んだら、訳のわからん事が多くて、随分と迷いながらだった。次はとにかく、蒲だけを連れて夏梅の家から出ようとしたけど、なかなかうまくいかなくてよ。そのうちに、蒲が結婚するって話を持ち出して来てさ、俺たちにとっては、渡りに船の話だったよな」
夏梅は、頷いている。
「それからは、お前たちにも協力してもらって、ここまでなんとか来たのだから、このまま波風立てずに、二人に離れてほしいけれどな」
「うん、子供達全員そう思っているよ。あと、僕的には、塁が夏梅二世の玉美を可愛がっているから、心配だけどな…」
「おお、日咲が上手に塁の気をそらしてくれているからな。大丈夫だとは思うが、注意が必要だな。事を起こす方は、自分の思い通りにすることばかりに気を取られる。起こされる方は、黙って、やられているわけはない。おおよそ、知らないふりをしているだけだ。周到に冷静に致命傷にならないように、しているものさ。叶一、とにかく、今日の事をみんなに伝えといてくれ」
「オッケー」
【時間がたつにつれて】
夏梅が俺を騙したことが一度もなかったということが実感として湧き上がってくる。
「しかし、奥様、俺たちが慎重なのに、あなたはすぐに、ボロを出す。気絶したふりなんて、騙されるのは塁くらいだぞ」
夏梅は舌を出した。
「塁が気がつかなかったから、よかったけど…いつも、つくろうのは大変なんだからな!」
「だって~。あなたは慎重すぎるのよ」と、夏梅はのんびり答えた。
叶一が笑いながら
「あきれるぜ、あの亡霊より怖い男たちがいないと、母さんはべったり甘えちゃって。僕さ、日美子おばちゃんたちが美術館とパーティの話をするたびに、いつも父さんが母さんを持ち去って、母さんの部屋に籠っているときに見ているよ!って思うよ」
「ああー、小芝居をしなかった時の事だろ? 懐かしいな。記念式典はうまく切り替えが出来なくて、完全に失敗したけどな…」
【その時、俺は気が付いた】
俺には塁が見えないから、俺の目を見ない時は塁がいるという合図だったが、吉江の事件では、夏梅がダメージを受けて、合図どころではなかった。
心配でそばにいたいが、夏梅の言っている事が事実なら下手な事は出来ない。あの時は、俺も随分と悩み二階に引きこもったが、結局、自分の気持ちに負けて、蒲がいなければ、いつも通りに、こうやって夏梅に接していたのを塁は見ていたはずだ。
やはり夏梅はどうでもいいのか…。と、言うことは、蒲と塁のこじれた両想いのもつれで騙し合いをしているということか?
叶一が
「普段が小芝居なんて、誰も信じないだろうな」
「当たり前だろ、奥様と子供たちの命がかかっているからな。それに、俺は、役者だよ。お前たちも役者の子だ、これからも、ずっとマジ力入れて、本気で対応するさ。世の中、色々な勝ち方がある。奴らが完全に俺らの前からいなくなったら、俺の勝ちだ。これは男同士の勝負だから」
すると、夏梅が当然のように
「父さんが、母さんに惚れた弱みです!」
「奥様は、調子がいいな」
「人間、だれだって自分を守ってくれる人を大切にしたいでしょ」 叶一に目くばせし、嬉しそうに夏梅は俺にキスをした。
【そんな夏梅を見た叶一が】
「しかし、真剣に母さんのためを思っている塁が可哀そうな気がするよ」
俺は、驚いた。
「おい、騙されるな!『あなたの為』は、どんな崇高な精神であろうと、受け手側には迷惑千万だ。すべては、言っている本人の為なわけよ。塁が思う奥様のためは決して奥様の為ではなく、塁の自己満足。あいつの勝手な解釈が、蒲をヒートさせて奥様を苦しめているだろう?
父さんが、奥様やお前たちの為なんて、言った事があるか?自分と奥様の意志でお前たちと相談しながら守っているだろ。お前たちもそうだろ?あいつらの勝手なバカ騒ぎなど相手にしなくていい!同情なんか必要ない」
騙されている自分から逃げ出したい気分の日も多かった。逃げ出さなくてよかった。この日がなければ、誤解をしたまま後悔の日々を送っていたかもしれない。
一度も俺を騙さなかった夏梅と優しい子供達に囲まれている事が、俺は誇らしかった。
完
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