🔳第三幕🔳「聞けば聞き腹」|語り:真間 塁|

第16話 世間の操作

【茂呂社長の十一月の記念式典が終わったとたんに】


 驚くような反響があった。


 黒川氏のコーディネート企画と、天十郎と夏梅の熱愛報道、愛する女性を守り切ったヒーローとして、吉江の事件が絡まり、しばらくはその話題で持ちきりになった。


 蒲が、そのまえに撒いた種が確実に実って、天十郎も黒川氏夫婦も蒲も、それぞれ忙しくなった。


 立花編集長と黒川氏の戦略が当たった。立花編集長は新たな黒川氏の会社の出資者に名前を連ねていた。サイドビジネスのようだ。


 夏梅の仕事も順調だ。


 蒲が天十郎のマネージャーを引き受けた当初は、ひとり残された家で、立花編集長から回って来るライターの仕事をしながら、僕と二人で過ごす夏梅は、それなりに幸せそうだった。


 昼も夜も関係なく、自由にパソコンを叩き、疲れると僕と一緒にソファーベッドに寝転がる。夏梅が微睡すると、僕はいつものようにカーテンを引いた。そんな二人だけの穏やかな日々が続いた。


 しかし、問題は夏梅が一人では外出できず、買い物に行かれないし、一人でいる時は宅配便も受け取れない。蒲が帰ってくると、いつも僕は夏梅が、餓死する前に対応策を取るように要求した。


 黒川氏夫婦も、そのことは気になっていたようで、事務所を兼ねた住居の話が出た。夏梅以外は、積極的にその話を進めたがった。僕も特に異論はなかった。





【二月に入って】


 夏梅の妊娠がわかると、みんなに説得された夏梅は、この家をそのまま残す条件で、四月には天十郎と入籍して引越をした。夏梅の家が残っていれば、引越先でトラブルになっても、避難する事が出来るので、反対はしなかった。


 結婚式を挙げず、指輪を買ったが、蒲と天十郎がしている。不思議な事に、黒川氏夫婦も立花編集長も、お腹の父親の事は、誰も夏梅に問わなかった。


 引越が片付いた頃、日美子さんが天十郎に

「いつかこんな日が、来る気がしていたの。君達が、なにもぶれずにいるから、夏梅は大丈夫じゃないかと、思っているわ」


「日美子さんは、夏梅が中心ですね」


「そりゃあ、そうよ。小さい頃から、あの子が抱えている大変さは、見てきているし、ご両親や塁がどれだけ大切に思って来たかを、知っているからね。世間の目を意図的に操作している、あなた達に任せておけば、大丈夫よね」


「世間の目ですか?そうですね。他人がみたいものを見せていれば、実際の事なんて、さほど、重要ではないですから」


 蒲がどんな説得をしたのか、天十郎は、蒲と二人で家を出る事をすっかり諦めたようだ。


「そうよね。黒川と心配していたけど。心配どころか、茂呂社長との契約が切れるのを待って、入籍発表と引越と同時にして、再度、世の中の話題をさらい、昨年からの話題を引っ張ったのよね。半年以上も続いた過熱報道は、天十郎君の愛を貫くヒーロー的イメージを固定させ認知度を上げ、入籍と言う形で、ハッピーエンドを迎え完結させたわ。凄腕は、蒲なの?」


「誰だっていいでしょ」天十郎は興味がないように答えた。


 確かに積極的に動いたのは蒲である。天十郎は決して積極的ではない。この結果が、天十郎の満足いくものだったのか、わからないが、夏梅をみる限り、方向は間違っていないと僕は思う。





【引越先の、6LDKの大型マンションは】


 玄関ホールから、右側の部屋が二人のプライベートスペースと天十郎事務所になる。それらの部屋の反対側の重たいドアを開けると、リビングに続きそこからは夏梅がいるスペースになる。


 事務所には、常にスタッフが在中し、荷物の受取等にも問題がなくなった。その扉を通れるのは、蒲、天十郎、黒川氏夫婦のみである。当然、受け取った荷物は蒲、天十郎、日美子さんが夏梅に届けた。


 茂呂社長は調子よく気分を切り替え、二人の縁を結んだ化粧品メーカーの社長という位置づけをゲットした。あれ以来、天十郎に、ちょっかいを出すことが、少なくなった。


 黒川氏も記念式典のモデル料を請求せずに傍観をしていた。茂呂社長におとなしくしてもらわないと、ならないからだ。茂呂社長は、二十年後も天十郎を「うちの子」と呼び。実際には交流していないが「公私ともに親しい間柄」と言っている。


 馬鹿馬鹿しいが、それも抑止力の一つである。利益が絡むと、かえってやりやすい場合もある。一般消費者は、内情はわからないから、勝手に口コミで盛りあがり、勝手に動いて茂呂社長の化粧品の売上に貢献した。


 マイナスをプラスに出来れば、これほど美味しい話はない。


 新居のマンションは誰にとっても理想的な形となり、家族として完璧なバランスが出来上がったと、僕も思っていた。





【長女の亜麻 日咲(あま にこ)が生まれると】


 世間では、愛する女性を守り抜いた、ヒーロー的なイメージとはかけ離れた天十郎が、蒲の思惑を打ち砕き、このバランスを崩壊させたのである。


 出産も、自宅マンションで行った夏梅だ。


「小さな手が、俺の親指をしっかり握っている」


 天十郎が生まれたての日咲を抱いて泣いた。そして驚くような母性本能?というか父性本能を爆発させ、母性本能が強い夏梅と、ぶつかるようになった。


 なにかと子供を奪い去ろうとする天十郎に、夏梅が神経質になりトラブルが発生し、蒲が嫌いな、幼稚な夫婦漫才並みの騒ぎが始まる。そして、最後は天十郎が、夏梅を小脇に抱えて、部屋に閉じこもってしまうのだ。


 蒲はそのトラブルを見ていられないのか、騒ぎが始まると部屋に引きこもるか、外出するようになった。そのたびに、放置される子供達をあやし、子守をするのが僕の役割になってしまった。





【翌年の十月には長男の亜麻 禾一(あま かいち)が生まれた】


「紅葉の手って、よく言うけど、大きくてしっかりした楓の手だ。足もしっかりしている。この子大きくなるね」


 生まれたての子供と、ベッドに横たわった夏梅は、嬉しそうに眺めていた。


 禾一は僕の子供の頃のように、風邪をひいてばかり、お腹の調子もいつもよくない。夏梅が、学校を休む禾一の面倒を見るたびに笑う。


「塁は、禾一と同じで、学校も休みがちで体育も見学することが多かったのよ。それとは正反対に、私は、風邪もほとんどひかない。基本、丈夫でお腹を壊すことがなかった。だけど、塁と一緒にいたくて、学校をずる休みする方法や体育を見学するのはどうしたらいいか、とそんな事に全能力を使っていたわ」


 夏梅は健康優良児で、小さな頭に究極の童顔とスタイル。あふれるような母性本能、欲張りではなく、精神的に常に落ち着いていて、人を差別したり卑下したりしない。非の打ちどころがない。


 僕は蒲に


「夏梅は本当にパーフェクトだ。いい女だろ」同意を求めると


「それは、認める。世の中、子供が出来なかったり、母乳が出なったり、母性本能が少なかったり、問題を抱え苦しむ人は多いのに、神様はこんな完全な人間を作る。本人はまったく理解していないが、生きているだけで周囲の反発やねたみは買うだろうな」


「うん」

「おい、俺が憎いか?」


「憎い?そうかもしれない」

「あの時」


「言うな、確かにあんな夏梅を見ると、今の俺が悔しいさ」


 僕は蒲を見ないで答えた。


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