第14話 色目と表沙汰
【家に帰ると】
夏梅をソファーベッドに寝かせた。よほど怖かったのか朦朧とし、目の焦点が合わず、天十郎にしがみついたまま離れない。蒲が、吉江の住まいで起こった事を、日美子さんに報告した。
翌日、日美子さんから、残された吉江が男達に回された事を聞いた。
【吉江の住まいの玄関ドアをぶち破る、派手な立ち回りは】
近所の住人、および通行人の多くの目撃者を集めた。僕らが帰った後、警察が介入し、この件が表沙汰になり、テレビでもインターネットでも、報道されるような事態になって来た。
夏梅は事件の翌朝にやっと天十郎から離れたものの、その後は昼夜かかわらずに、夢うつつの状態だ。
天十郎は無口になり、夏梅が離れると二階の部屋に引きこもった。
そして蒲は一人雄弁になった。構ってくれない天十郎の代わりに、蒲は、僕に話しかける。
「おい、酔った男達が飲み仲間の女性を襲った事件として、話題を呼んでいるよ。俺も天十郎も警察に呼ばれているけれど、あれだけ大暴れしたから目撃者も写真も多いし、タダで使える、お人よしが僕らの無実を証明してくれる。ありがたい世の中だ。ネットの住人は使い方によっては、美味しいな」
「そうか」
「おお、どの写真も夏梅の顔は出てないな。相変わらず夏梅はミステリアスだな」
一時期は、天十郎と蒲にも容疑がかかり警察に呼ばれたが、多くの目撃者の証言のおかげで、倒れている夏梅を連れて、蒲とすぐに出たことが証明され、吉江の強姦事件とは一切無関係が証明された。
蒲が打った球を、吉江が、夏梅に向けて打ち込んだが、それが跳ね返って自分が打ち負かされた格好になって、吉江が哀れだが仕方がない。
仕掛けた張本人は、吉江との関係を認めないだろう。
「おい、世の中は、夏梅の話しで盛り上がっているぞ」蒲は愉快そうに僕に話しかけた。
「なぜ、夏梅の話が出る。実名が出たのか?黒川事務所の同じモデル仲間と言う事ではなかったのか?」
「天十郎の元カノ、美来だよ。美術館で会っただろ?どうもネットの上の写真を見て、吉岡 修史(よしおか しゅうし)というフリー記者の暴露記事に乗ったみたいだ。まだ実名は出てない」
「その吉岡って奴は…」
「ご想像通り、事件と同時に茂呂社長から、助けて欲しければ、茂呂社長のところの専属モデルになるように、黒川氏を通じて依頼が来ていたのを断ったからな、茂呂社長が動かして、天十郎を追い詰めているのだろ。どうする?」
「どうするって、夏梅はパーツモデルしかしていないから顔や名前が露出する事はない。誰かがまた仕掛けなければな」
僕は冷たく言い放った。蒲は不敵な笑みを浮かべると
「俺も天十郎が可愛いからな」
「だったらやる事はわかっているだろ。それに、このまま夏梅がうつ状態から抜け出せなくても、結果は同じだ」
「わかっているよ。お前に天十郎を取られたくないからな」
記事を見ると、確かに夏梅をターゲットにして来た。フリー記者の吉岡は、姿が見えない天十郎の彼女を、ミステリアスに仕立て、報道を過熱させていた。
茂呂社長の魂胆は見え見えだ。大切だったら守ってみろ!と、天十郎に安易に伝えていると同時に、今まで憶測でしかなかった天十郎のマジカノの存在を、確かめたいのだ。
和樹と立花編集長、黒川氏、蒲との話し合いには参加していないが、きっと対応策に頭を痛めているに違いない。
【蒲は、引きこもり気味の天十郎に】
「やはり、天十郎の戸籍に夏梅を入れて、同じ敷地内にマネージャーと住んでいる設定にしないか」
入籍の話を持ちかけ始めた。
天十郎はなにを考えているのか、黙ったままだ。僕は、何度も同じことを天十郎に話しかけている蒲に
「おい、このまま天十郎が、夏梅達と一緒に住んでいる事がわかると、収拾がつかなくなる。天十郎に馬鹿な事を言ってないで、天十郎が一人、夏梅の家から出ればいいだろ」
「冗談じゃない。塁!俺の計画を邪魔するのか?」
「蒲は天十郎との生活を守る為に、夏梅を婚約者と言う設定にして、どうあっても、入籍の方に話を持って行きたいのか?まったくお前の身勝手にも程がある」
「ここに天十郎が住めなくなったら、お前のせいだからな」
「そうか?お前が吉江さんをたきつけなければ、こんな事にならなかったのだろう?」
「たきつけたなんて、人聞きの悪い」
「蒲、間違えるな。ここは夏梅の家だ。天十郎がいなくなっても、お前以外に困らない。そして忘れるな。お前は俺の物だ」
「クッ」
蒲が苦痛に満ちた声を上げた。夏梅は、きっと、どんなことがあっても、両親との思い出のあるこの家を手放す決断をすることはないだろうと僕は思う。
【ソファーベットの上で】
天十郎と夏梅が離れる事なく、ふたりでゴロゴロしている。
記念式典が近づくなか、数日前から、天十郎は引きこもりの場所を二階から、夏梅のソファーベッドに変えて来た。
天十郎は、事件の事を一言も話さない。黙ったまま、時々、うつ状態の夏梅の顔や手や髪を触っている。蒲のいないときに、キスもしている。
夏梅は、なされるがまま、天十郎のディープキスも抵抗する様子は見せない。今回の吉江の件では、刺激が強すぎた。何が癒しになるかわからない。僕はそんなふたりを、見ていないふりをしていた。
【蒲はまったくあきらめが悪い】
今日の蒲は、ソファーベッドに上がり込んで、先ほどから今度は夏梅に力説している。天十郎は何も言わない。
僕はソファーベッドでいつものように、夏梅を抱きしめていた。天十郎も隣にいる。
「夏梅にとって俺たちは、家族を作る道具だ。それと同時に俺たちにとっても夏梅は道具だ。子供の頃に親たちに抱きしめられ、恋人に抱きしめられる。そんな時期も長くは続かない。だから子供を抱きしめ、孫を抱きしめる。親と同じような愛し方をしてくれる人に出会うのは、奇跡に等しいだろ?そうやってスキンシップをとって精神的な安定を得るために家族形態を作るのは間違っていないだろ?な、夏梅」
「意味がわからない」夏梅はあくびをしている。
「夏梅。天十郎や俺を利用しろ。雄の本能を満足させるために女性が存在してしまったら、それこそ、やり逃げばかりだ。そして、女性が一人で苦労して子育てをすることになる。女性と男性のつくりが違うのは、役割も目的も違うからだ。一方に合わせると必ず歪が出来る。機能が違うのに、理解しあうこと自体に無理があるだろう。だから、俺らのような存在が必要だ」
「私には必要ないけど…」
「いや、夏梅は特に必要だ。俺らには、新しい家族の形態が必要だよ。だから、天十郎と籍を入れろ、経済的に守ってやる。きっと、俺らなら、やって行ける。考えろ、夏梅。結婚する意味を家族と言う意味を。今俺らは本気で考えなくてはいけない」
蒲の独演会は終わったようだ。
どうやら、黒川氏の事務所が、うまく稼働できなかった場合を考えて次の手を考えているようだが…。
ふん、蒲は、天十郎と暮らす事が出来るように、必死に考えたな。なんと利己的発想だろう。
夏梅も天十郎もソファーベッドの上でゴロゴロしながら、蒲の独演会を適当に返事をしながら、まともに聞いていなかった。
「どんな人種だよ。だから、なんだよ」夏梅は半分寝始めた。
「おい、まだ続くのか?終わったのか?」天十郎が久々に言葉を発した。
夏梅は天十郎に聞いた。
「ようは、蒲は何が言いたい。天十郎には意味がわかるの?」
「俺と入籍しろ、と蒲が言っている。わけがわからん」
天十郎はあきれている。
「なんと、回りくどい奴だ。デカマッチョはそれでいいのか?」
「バル乳がいいなら」
「そうか…。塁は反対しないかな?」夏梅が小さく言った。
そもそも、天十郎は、蒲と二人でこの家を出たがっていたが、僕が存在する限り、蒲にはそれが出来ない。天十郎が、この家がいやなら、天十郎だけが出て行くしかないのだが、そこをなんとかしようと、蒲が企んで提案している。
僕は蒲に向かって声を荒げた「蒲、もう辞めろ。夏梅がつらそうだ」
しかし夏梅と天十郎にまた再度しつこく迫った。蒲の面倒臭い行動に、二人ともうんざりして、適当に頷いている。
「決まったな」満足げだ。
【記念式典の当日の朝】
事前に天十郎達と夏梅、蒲は一緒にお昼前から準備に来るように、日美子さんから連絡があった。今日は、黒川氏夫婦が司令塔だ。
到着すると、早速、フィッテングルームで着替える事になった。
「おい、おしっこに行ってきな」蒲が夏梅に指示をした。
「うん」夏梅は頷いた。
「素直ね」
日美子さんが、忙しそうに衣装チェックをしながら笑っている。しかし緊張感がある。
夏梅が部屋から出ていこうとすると、日美子さんが
「あれ?どっちか、付いて行かなくていいの?トイレは離れているわよ」
「おい、天十郎、お前行けよ」
「なんで俺だよ。俺にこの女の下の世話をさせるのか?夏梅、ここでしろよ」
天十郎が飲料水用の紙コップを差し出すと夏梅が
「検尿?」
「いや、そこまでは言ってない」
まるで漫才のようだ。
「あんた達、三人で一緒にトイレに行ってきなさい」
日美子さんがお母さんのように指示をした。
「小学生か?」蒲が不愉快そうに言うと
「そんなもんでしょ、早く行ってきなさい」
日美子さんに一括されて、三人は会場から出た。トイレを探し歩いていると、来るときもそうだったが、いつのまにか、男性が目立つ。
いつものように、夏梅がひらりひらりと、交わしながら歩いている。
その後ろから、蒲が指示して歩く。そのうちに、蒲が夏梅の傍に近づくと、天十郎が引き離しにかかり、結局、二人に挟まれて、足の届かないまま抱えられる。最近では、夏梅も慣れたものだ。嫌がる事も無くなった。
【夏梅のトイレは長い】
「いつも思うけど、あいつトイレで何をしているのだ?」天十郎が蒲に聞いた。
「えーおしっこだろ、うんちの方か」
「蒲、その、親近感やめないか?俺、小さい頃から知っていますバージョン」
「気にし過ぎだ」
「だけど、蒲、普通、女性のおしっことか、うんちとか言わないよ」
「そうか?女だって人間だろ」
「まあ、そうだけど」
女性トイレ入口に陣取って、蒲と天十郎の意味のない会話に、どこともなく集まって来た女性達が、キャーキャー言い始めた。キャーキャーの声に、うるさそうに蒲の額にしわがよる。
「おい、こいつら、どんな話題でもキャーキャー言うのか?」
「まあな」
蒲は時計を気にしていたが、天十郎は、周囲の女性達に軽く挨拶する事に気を取られていた。天十郎が会釈したり、手を振るとまたキャーと声がする。
夏梅が出て来ると蒲は「天十郎、時間がない」と言って、天十郎と蒲は夏梅を抱え、囲んでいた女性群を置き去りに、ささっと大股で歩き出した。
こいつら、こういうところはぴったりと阿吽の呼吸だ。
【フィッテングルームに】
戻ると、僕が用意していたウェディングドレスの丈を短く切って、足首が綺麗な夏梅に合わせたパーティードレスが飾られていた。
僕は思わず、時間が止まり、全身がはじけそうになった。
「おい、これ着るのか?」天十郎は驚いたようにドレスを見ている。
夏梅と蒲は何も言わず、そのパーティードレスを見つめていた。
日美子さんが
「前回の採寸で、サイズが変わっていなかったので、もちろん、ベースは変えていないよ。ウエスト胸下から腰まで、治療用のコルセットを着用しなくても良いようになっているから、早く着てみなさい」
夏梅の目は少し赤い。
日美子さんに即されて、着替えた夏梅は、腰の細いラインと背筋が伸び、人間離れした立ち姿が美しい。
「胸をVカットした白のロングの丈を、ロマンティックチュチュ丈にして、刺繍入りのオーガンジーを、引き締まったウエストを中心にデコレーションしたのよ。どうかしら?」
丈がふくらはぎ下になる事で、美しく細い足首を見せている。僕が望んだ形とはまた違うが、全体のバランスが取れた形に直してあった。
オーガンジーは夏梅の好きなピンクとグレーのグラデーションで可愛く品があった。夏梅はしばらく鏡を見つめていたが「これも可愛いよね」つぶやいた。
僕は「ああ、嬉しいぞ」頭を撫でた。
「顔を薄っすら紅潮させた頬は、ノーメイクとは思えない透明感だね」
日美子さんも満足げだ。
【天十郎が、燕尾服に着替えてやって来た】
可愛いドレス姿の夏梅は一段と華やかで美しい。天十郎が声も出せずに、立ち止まってしまった。
「天十郎、いい女だろ?」僕は耳元でささやいた。夏梅がベビースマイルでこっちを見ている。天十郎は明らかに動揺している。感情を隠すように天十郎は夏梅に話しかけ「こんなに細いのか?」とウエストを触っている。
「触るな、天十郎をどうにかしろ」僕は叫んだ。
その声に蒲がやって来たが、蒲は何も言わずに黙ったままだ。
「あれ?コルセットをしているの?」天十郎はまだ言っている。
日美子さんが
「これからゲストの着付けをして来るから、ドレスを汚さないようにね。蒲、天十郎君、夏梅に何も食べさせないで、飲み物は、飲ませてもいいけど、ストローでね。時々むせて吐き出すから、ゆっくり飲ませるのよ」
「面倒だな、お前」天十郎は夏梅を軽く小突いた。
「これ、幼児帰り禁止よ。夏梅は食べさせなければ、ドレスが汚れないから、わかった?今日の君達の一番の重要課題だから」
日美子さんは天十郎と蒲を指さした。
「今日、一日は夏梅のお守ですか?」
「俺も?落ち込みますよ」
「そうだよ。エスコートが終わったら、ずーと夏梅担当」
「うそー」
「嫌だなんていわせないわよ。君達が一緒に住みたいというから、みんなで協力してあげているのに、その不満そうな顔はなに?」
「いえ、なんでもありません」
「しっかり、見守っているのよ。わかっていると思うけど、男の近くはだめよ。会場が騒ぎになるから、しっかり捕まえておくのよ。放置すると、あちこち放浪するから」
「放浪なんか、しませんよ」夏梅が抗議した。
「そうかしら?」
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