第26話 起死回生の一手
翌日もオレたちの店には客足が戻らなかった。
バグの店に客を取られていることが主な原因だ。
1日経って噂が広まったのだろう。
向こうは昨日以上に客が詰めかけている。
心なしかダンジョンに潜る冒険者の数も減っている気がする。
多くのビギナーが課金して魔石を手に入れ、冒険に出かけたのだろう。
レベリングなんて面倒くさい。
気軽に無双したい。
そんなニーズを満たしたのだ。
それで良いのかと質したくなるが、客足が答えを示している。
呼び込みをしても虚しく空に消えていくだけだった。
「みんなやっぱり安くて楽な方を選ぶのよね」
閑古鳥が鳴く店内でクリスティーがつぶやいた。
いつもは集まっているはずのコミュニティのメンバーもいない。
今朝になってコミュニティを抜けたいと申し出る者が多数現れたのだ。
1人が離脱すると連鎖が始まり、最終的には10名が一度に脱退した。
一直線に向かわなかったものの、魔石のサブスクに靡いているのはあきらかだった。
残ったメンバーも動揺していた。
こんな精神状態では修行どころではない。
なんとか落ち着かせ、今日のところは解散となった。
クリスティーも不貞腐れてテーブルに突っ伏す。
アナが励ましているが、反応が鈍い。
仕事がなくなったこと以上に、メンバーにそっぽを向かれたことを気に病んでいるのだ。
昨日からずっと空気が重い。
このまま士気が低下すると、パーティが崩壊しかねない。
なにか良いアイデアがないかと思案しても、出てくるのはため息ばかりだった。
「こんな時にリーダーはいったいどこをほっつき歩てるのかしら?」
ノエリアが言った。
苛立ちを抑えてはいるが、眉間の皺は隠しきれていない。
獅子は、昨日の朝ギバー商事に向かってから一度も店に姿を現していない。
そんなことこれまでなかったため、これもメンバーを不安にさせる一因となっている。
今後の方針を決めようにも獅子が不在では話が進められない。
リーダー不在でも動けるパーティが理想なのだろうが、まだオレ自身も含め、そこまで成長できていないのだなと痛感した。
結局なにもできないまま1日が終わり、閉店となった。
売上は昨日以上に減っている。
客は来ないしコミュニティのメンバーもいない。
残っているのはオレとノエリア、アナとクリスティーの4人だけだった。
「みんなお疲れさん」
竈の火を落としたところで獅子が現れた。
全員が一斉に振り返る。
オレも思わず憤りと安堵が混ざったため息を吐いた。
「ずいぶん遅かったじゃないか」
「すまんすまん。いろいろ交渉しとったから、時間がかかってしもたわ」
「まったく……心配させやがって。逃げたのかと思ったぞ」
「なんでワタシが逃げなあかんねん?」
「ロバートとの商談は終わったのか?」
「ああ、その件について打ち合わせできればと思って来たんやけど……どうしたんや、みんな深刻そうな顔をして?」
「向こうを見れば分かるだろう」
オレはテントを指差す。
「競合が現れたんだよ。しかも相手はあのテイカー商会のバグだ」
「向こうの店ならここに来る前に寄ってきたわ。そうか、やっぱりバグやったんやな」
「昨日こっちにも現れた。買収して奴隷にしてやるって脅されたんだが」
「アイツの言いそうなことやな」
「驚かないのか?」
「いずれこういう展開になるやろうと想像はしとったからな。直接何か妨害されたりはしたんか?」
「いや、今のところそういったことなない」
「なら放っておいてええんちゃうかな」
「そんな悠長な。オレたちの店を潰そうと類似商品をめちゃくちゃ安く売ってるんだぞ」
今日の売上を報告して、いかに危機的な状況にあるかを説明する。
価格競争になるとオレたちでは到底太刀打ちできない。
それが分かっているからこそ、バグは安売りを仕掛けているのだ。
コミュニティが崩壊しかかっていることも話した。
みんな魔石のサブスクに流れている。
「すべての部門で売上がガタ落ちだ。このままだと早晩つぶれてしまうぞ」
そこまで一気に捲し立て、獅子の顔色をうかがう。
さすがに焦るだろうと予測したが、その表情は余裕を保っていた。
「しばらくは苦しい展開になると思う」
獅子はゆったりとした口調で述べた。
意図的にペースを落としているようだ。
「けど、バグの店を見るかぎり、最終的にはワタシたちが勝つやろう」
「なにを根拠に言ってるんだ?」
「いくつかあるけど、大きいんはサービスの質と情熱の量やな。どこからでも仕入れられる道具は負けるかもしれんけど、料理は穂村の方が絶対美味いで。オリジナルレシピはマネできんやろ。向こうは衛生面も心配やったしなァ……。穂村は手ぇ抜かんと、これまで通り安心安全を心がけて料理してや」
「そこはオレも自信を持って提供しているが……」
ビギナーは貧しい連中が多い。
安ければ安いほど良いと考えるのも無理はないだろう。
売り上げ減少に伴い、オレのなかで迷いが生じている。
「魔石のサブスクについてはどう思ってるの?」ノエリアがきいた。
「あれもインパクトはあるが長続きはせんな。おそらく1ヶ月ともたんやろう」
「それはやっぱり三方良しじゃないから?」
「せやな。結果は近いうちに分かる。どんな道をたどるかよう観察しとったらええわ」
「このまま続けて、サチコを助けられるの?」
アナが真剣なまなざしを獅子に向けた。
獅子は自信満々といった表情でうなずく。
「もちろんや。サチコちゃんは必ず救い出す。そのためにワタシたちはここにおる。ワタシたちはワタシたちの商売をすればええんや」
「本当に信じていいんだね?」
じっと見据えるアナの視線が獅子に刺さり続ける。
対する獅子も動じることなくその瞳を真っ直ぐ受け止め続ける。
「……分かった」アナの表情が緩み、緊張が解ける。「最後まで獅子を信じるよ」
「ワタシも」クリスティーも横で手を上げた。「サチコちゃんの件があったわね。落ち込んでいる場合じゃなかった。できるかできないか考えている暇はない、やるしかないのよね」
「そのとおりや」獅子が深くうなずく。
「ボクたちにできることなら、なんでもするから、どんどん言って」
「ワタシもこれまで以上に手伝うわ」
「そう言ってくれると心強いわ」
獅子の鼓舞の仕方も上手い。
右手を差し出し、アナが握り返すと臆面もなくハグをした。
どうやらアナとクリスティーのモチベーションが復活したようだ。
若いエネルギーに触発され、オレも萎えていた気持ちを奮い立たせる。
バグという明確な敵が眼前に迫り、返ってみんなの団結が強まった。
しかし、雨降って地が固まったとはいえ、具体的なアイデアが無ければ、と現実的なことを考えてしまうのはオレが歳を取ったからだろう。
「で、これからどうするんだ?」オレはリーダーの指示を仰いだ。
「まず、お店は一旦完全に閉めて、コミュニティも活動休止とする」
「そんなことしたら完全に売上が無くなるじゃないか」
「目先の利益を追いかけとってもジリ貧になる。それよりも今は新たな事業を開拓することに集中投資するべきや」
「またなにか始めようっていうのか?」
「せや」獅子がうなずいた。「そのためには資金と人手がいる。やる気のあるコミュニティのメンバーは一緒に新しいクエストに挑戦してもらうで。クエストである以上、もちろん報酬も出す。受注する側ではなく、発注する側になるんや」
「いったいなにを依頼するつもりだ?」
「ずばり水脈探しや」
獅子は人差し指を立て、それを下に向けた。
「ここのダンジョンに潜って水を掘り当てる。それをワタシたちと一緒に挑戦してもらうんや」
「水脈はやっぱりあるのか?」
「ある」
獅子が確信をもってうなずく。
「それもただの水やない可能性が高い」
「ただの水じゃないっていうのは? ポーションでも湧いているのか?」
「水は水なんやけど、もしかしたらバフも期待できるかもしれん」
「オレとしては飲料に適していればそれで充分ありがたいが……獅子は、その水が現状を打破する起爆剤になると思ってるんだな?」
「ロバートから話を聞いたときには、これしかないって思ったわ。それこそ残りの資金をフルベットをしてもええと思うくらいにな」
「ギャンブルだな」
「それでも掘り当てられたら間違いなく莫大な利益になる。どこかで勝負に出んとあかんのなら、ワタシは今がその時やと思うわ」
「なんだか鉱脈よりもすごいお宝にきこえるが……その水っていったいなんなんだ?」
「その水はな……」
獅子はそこで言葉を区切る。
オレは息をのんだ。
みんな獅子の次の言葉を待っている。
もったいぶらずにさっさと教えてほしいが、こういうプレゼンが獅子の得意とするところなのだと思う。
じっと引きつけたところで獅子が答えた。
「その水は温泉や」
「温泉か!」オレは目を見開いた。
誰かがここは火山だと言っていた。
その地下に水脈が走っているなら温められてもいるだろう。
瞬時にその価値が頭のなかで展開された。
まず、水源として利用できるし、人が入れるようにすれば1日の疲れや汚れも落とせる。さらに、単純泉ではなく、魔石の成分が溶け込んでいれば、なにかバフの効果も期待できるだろう。たしかに温泉は呼び水となるし、起死回生の一手となり得る。
「温泉を中心に飲食を提供できれば恰好の癒しスポットになるやろう。そうすれば冒険者だけやなく、一般人も呼び込めるかもしれん」
「たんなる小売りじゃなく、総合的なレジャー施設を目指せるな」
「そういうことや」獅子は席を立ち、会議を締めくくる。「ほな、さっそく明日から新クエスト始動するで」
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