第25話 社交辞令と本音
魔石に群がる連中を尻目に、オレたちはバクに見つからないよう身を隠しながら外に出る。テントを後にするとノエリアが声を張り上げた。
「なんなのよ、あれ。あんなのアリなの? 修行も無しで使えるなんてまるっきりチートじゃない」
「ていうか、ボクたちの商売のマネしてるよね?」アナも憤慨しているようだ。
「マネどころじゃないわ。あきらかにワタシたちを意識して同じようなサービスを提供してるじゃない」
「値段も安かったし、これって営業妨害にならないの?」
オレもいろいろ思うところはあるが、商売自体を止める権利はない。
「うーん……あからさまに邪魔してきてるならともかく、たんに商売しているだけだからなぁ……」
「とにかく店に戻って準備をしよう」
いつもより遅めとなったが、店を開ける。
だが今日は客足が鈍い。
みんなバグの店に流れているのだ。
混雑を嫌う少数派だけがこちらに来ているといったところか。
昼前になるとコミュニティのメンバーが訪れたが、昼食を取るだけだった。
みんなあらかた装備を整えて終えているので仕方がない。
それよりも、噂を聞きつけた何人かのメンバーがバグの魔石のサブスクに興味を示している点が心配だった。
「今ここで楽をすると後がつらくなるだけよ」
ノエリアが正論を宣ったところでほとんどのメンバーが上の空だ。
それだけ彼らにとって、サブスクが魅力的なのだろう。
修行に身が入らず、今日のレクチャーは早々に切り上げとなった。
早めの夕食を店で取り、みんな帰っていく。
途端に店内が静まり返った。
バグの店の方から酔っ払いどもの威勢のいい声が聞こえてくる。
あちらは今もなお活況のようだ。
魔石をライト代わりにしているのか、店の周りも煌々と明るい。
一日中客足が絶えなかったのではないか。
一方、こちらはメンバーが帰るとほかに客は残っていなかった。
クリスティーがテーブルに突っ伏しながらため息をつく。
「はあ……暇ねぇ。ワタシももう帰ろうかしら」
「ダメよ。アナタはパーティの一員なんですからね」ノエリアが叱った。「後片付けまできちんとやること」
「なら今日はもう閉店にしようよ。どうせ開けてても客なんて来ないでしょう?」
「投げやりにならないで」
「じゃあこの状況なんとかしてよ」
「なんとかって、なによ?」
「なんとかは、なんとかよ」
「答えになってないわ」
「ノエリアこそ」
「2人とも落ち着けって」オレは間に割って入った。「イライラする気持ちはわかるが、今日はクリスティーの言うとおり、店じまいにしよう。しばらく様子を見て、作戦も考えないとな」
掃除と片づけを終え、今日の売上を勘定する。
「……全部で8,000ペソンか」
ここ最近では完全にワーストだ。
その内訳もほとんどが身内からの売上だった。
思わず零れそうになるため息をぐっと堪える。
相手がバグである以上、競争は避けられない。
重苦しい空気が漂うなか、オレは厨房の火を消そうとした。
そこで店の外から声がかかった。
「やあ、ホムラ様ではありませんか」
「アンタは……」
「覚えておいでですかな? 以前石材を売っていただいたバグという者です」
現れたのはバグだった。
機嫌が良さそうにニコニコと微笑んでいる。
オレは厨房から飛び出し、テーブル席に着いたバグの前に立つ。
「ああ、もちろん覚えている」
「こちらのお店はホムラ様のお店だったのですね」
「オレたちの、だ。アンタは、今日はなにをしにここへ?」
もちろん知っているが、知らんふりをして尋ねた。
だが当然、バグも察知してはいるだろう。
それでも美辞麗句は崩さない。
お互い白々しい。
しかし、これが社交辞令というものだ。
ビジネスライクともいえる。
切った張ったのバトルではない。
「もうご存じかとは思いますが、ワシらもこの鉱山で店舗をかまえることになりましたので、ご挨拶にと伺いました。あ、食事を注文しても?」
「もちろんだ」
メニューを見せるとバグはスープを頼んだ。
オレは再度竈に火を入れ、あたため直して振舞った。
「ふむ。じつに美味い。良い材料を使われていますな」
スープをひと口すするとバグはそう言った。
正当な評価はするようだ。
「うちの店でもぜひ出したいものです」
「じゃあ、やっぱりあのテントはアンタの店なのか?」
「さようでございます。もうご来店いただけましたか?」
「いや、まだだが、噂じゃずいぶんと安売りしてるみたいじゃないか。そんな値段で商売が成り立つのか?」
「ご心配には及びません。これは先行投資です。いずれは回収するつもりでいますとも」
ということは、当面あの値段設定を続けるわけか。
そうなるとますます価格面での競争が厳しくなる。
「商品のラインナップもオレたちと被っているようだが」
「需要がある。売れるモノを売る。ビジネスとして当たり前のことをしていたら自然と重なったにすぎませんよ」
「つるはしや食事はともかく、魔石の販売はあきらかにワタシたちのマネじゃないの」ノエリアが言った。「それもひどい劣化版だわ」
「あいかわらず口の悪い女だ」バグが口調を変える。「オマエたちは魔法習得のレクチャー。一方ワシらは魔石のサブスク。全然違うだろう」
「あんなやり方してたらみんなレベルアップしないわ」
「だが、それこそ今一番ここで求められているモノだ。みんな修行なんて面倒なことはしたくない。レベル1でも無双がしたい。そう思ってるんじゃないのか?」
「そんなことないわ。ワタシたちのメンバーは一生懸命修行に励んでいるもの」
「アンタのところは若造ばかりのようだからな。まだまだ将来がある」
バグはアナとクリスティーを睨みつける。
「オマエたちも才能に恵まれていたようだが、芽が出ないまま30歳を超えていたらと想像してみろ。悲惨だぞ。夢ばかり追いかけてデカい口は叩くが、歳だけくった能無しのクズ同然に成り下がる。市場価値も無く、できることといったらただ石を掘るだけ。ここにはそんなクズ石と同じ連中がゴロゴロ溢れ返っている。今日それを確信したよ。現実を見ずに夢を見たいなら、ワシはそれに手を貸してやるだけ。それもアンタたちみたいに出し惜しみしたりはしない。課金さえしてくれれば誰でも確実にチートスキルが手に入るんだ。夢みたいな話じゃないか」
「三方良しにならないわ」
「だがWin-Winではある。冒険者もどきは夢を見て、ワシの懐は潤う。本当のチートが何なのか知らないヤツらは一生ワシらの養分になっていれば良いんだよ」
バグのいう本当のチートとはお金のことを差しているのだろう。
冒険者も一獲千金を求めて目指す者が多い。
行きつく先はお金なのだ。
「アンタらも早めに店をたたんで冒険者に戻れ。鉱山をモノにできなかった損害分、しっかり儲けさせてもらわんとな」
「この山は誰のモノでもないでしょう!」
バグは鉱山の所有権をでっち上げ、占領しようとしていた。
ギバー商事に知れて頓挫したのだが、それをいまだに根に持っているのだろう。
「店は続ける」オレは言った。「もう閉店の時間だ。お引き取り願おうか」
「そうかい。ならせいぜい足掻くがいい。だが、資本でワシに勝てると思うなよ。すぐに潰してやる」
「オマエの思い通りにはさせない!」アナが怒鳴った。「サチコは必ず返してもらうぞ!」
「威勢の良いガキだ。シシの使いか?」
「サチコの兄だ!」
「ほう……」
バグが目を剥き、薄気味悪い笑みを浮かべた。
「そいつはいい。少々気が変わった。潰すのはやめて買収してやる。また若い奴隷が手に入ると思うと楽しみだ」
バグはスープ代を置くと席を立つ。
不夜城のように明るく浮かぶテントに戻り、奥に消えていった。
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