第24話 魔石のサブスク

 バグの姿を認め、ノエリアも口元に手を当てた。


「本当だわ」

「この店アイツがやってるのか……」

「だとしたら大変な脅威ね」

「2人とも知っているの?」

「アナとクリスティーは初見だったのか」

「テイカー商会のボスでサチコちゃんの主人よ」

「アイツが!?」


 とっさにオレはアナの肩をつかんだ。

 今にも襲い掛かりそうな気がしたからだ。

 アナを宥め、息を潜める。


 これからなにが始まるのか刮目した。

 バグは魔石の山の前に立つと、ひとつ咳払いをしてから口上を始める。


「お集りの冒険者諸君、おはようございます。皆様、魔石をご所望のこととは存じますが、採掘の調子はいかがでしょうか?」

「全然採れねえよ!」

「オマエが独占してるんじゃないのか!」


 ギャラリーからヤジが飛んでした。

 だが、バグは何食わぬ顔で客を煽る。


「そんなわけがありません。事実鉱山はアナタがたを常に受け入れてくれているではありませんか。魔石が採れないのはたんに実力不足だからです」

「なんだと? もういっぺん言ってみやがれ!」

「何度でも申し上げます。魔石が採れないのはアナタがたが無能でポンコツで体たらくだからです」

「テメエ、ぶっ飛ばしてやる!」


 40過ぎくらいの中年男が飛びかかった。

 手にはつるはしを持っている。

 それをバグめがけて勢いよく振り下ろした。


 だが、それはバグに届くことはなく、寸前のところで弾き返された。

 防御用の魔法陣が張られているのだ。


 脇を固めていたガーディアンたちが両脇から男を挟み撃ちにする。

 腹に一撃を食らわせ、倒れ込んだところで地面に押さえつける。

 血を這いつくばる男を見下しながらバグが追い打ちをかけた。


「中年にもなってみっともない。いつまでビギナーでいるつもりですか? いや、その歳ではもはやビギナーと呼ぶことさえ烏滸がましいのでは?」

「うるせえ、オレの勝手だろう!」

「夢はあきらめないと?」

「当たり前だ」


 冒険者は、登録するだけなら資格も不要だし、年齢制限もない。

 成功すれば一獲千金も夢ではないため、いつまでもしがみつく者も現れる。

 彼もそのうちの1人なのだろう。

 かっこ悪いとは思わないが、引き際を間違えた年上を見ていると身につまされる。


 しかし、たしかに魔石が採れないのは実力のせいかもしれないが、喧嘩を売ってどうしようというのか。バグは見下すように男の顔をのぞき込み、粘着質な笑みを浮かべた。


「まずは事実を受け入れてください。ワシらはそんなアナタたちビギナーに希望を与えに来たのですよ」

「どういう意味だ?」

「そのままです。ここにある魔石、どれでもアナタたちに売って差し上げますよ」

「ふん、オレは魔石が欲しいわけじゃねえ。魔法を使えるようになりたいんだ」

「よく存じておりますとも。それでも、ここにある魔石を使えば、アナタでも魔法が使えると申しているのです」

「オレはまだ魔力が発動してないんだぞ」

「ええ、ですから、ワシらで魔力を込めておきました。たとえばこの魔石は火が出ます」


 バグは魔石を手にし、軽く握りしめる。

 すると石が光り、火の手があがった。

 普通の炎ではない。

 ちゃんと魔力を感じる。


「こちらの石は水を操れる」


 次に手にした石からは、水が滴りだし、あふれる。

 いずれもユニークな魔法で、1人が複数発動させることはあり得ない。


「これはワシのスキルではありません。事前に各術者に魔力を込めさせているのです。これを使えばだれでも気軽に魔法を使えるようになるというわけです。もういつ発動するかもわからない修行を続ける必要はありません」

「オレでも使えるのか?」

「どうぞ手に取って、この魔法陣に触れてみてください」


 ガーディアンから解放された男が魔石に手を伸ばす。

 魔石には魔法陣が刻まれていた。

 男は恐るおそる魔法陣に触れる。


 次の瞬間、石から光が漏れて雷鳴が迸った。

 激しい電流が男のからだを駆け巡る。


「ぎゃあああ!」


 男から焦げ臭いにおいが立ち上った。

 あきらかに感電している。

 白目をむいて気絶してしまった。

 たしかに使えるようではあるが制御できないのでは無用の長物になりかねない。


 だが、バグに抜かりはないようだ。

 別の魔石を取り出し、男の鼻先に近づける。

 すると男が強烈なくしゃみして飛び起きた。

 気付け薬のような魔法を仕込んでいたのだろう。

 むせながら涙を流す男を見下ろしながらバグは冷静な口調で語りかける。


「このように魔法自体はかんたんに発することができます。ですが、魔法を制御するには少々コツが必要となっております」

「それを先に言え!」

「体験していただいた方が早いと思いまして。お詫びに魔石をコントロールするレクチャーを無料で体験していただけますが、いかがいたしますか?」

「ふん、テメエの世話になんかなるかよ!」

「そうですか」


 バグは立ち上がり、ギャラリーを見渡す。

 すでに男からは興味を失ったようだ。


「ご覧の皆様はいかがです? このままうだつの上がらない冒険者としてここで魔石かどうかも分からない石を掘り続けるのか。それとも魔法を手にして更なる一獲千金を目指すのか。どちらが良いですか?」


 聴衆が一様に静まり返る。

 ヤジを飛ばしていた連中も互いに顔を見合わせていた。

 数十秒の沈黙を破ったのはバグ本人である。

 これ見よがしにデカい溜息をつき、顔をしかめた。


「はあ~、どうやら、ここにいる連中は決断のできない無能ばかりのようだ。さあ、買う気が無いならさっさと失せろ。商売の邪魔だ!」


 先ほどまでとはあきらかに口調が変わっている。

 客でないと悟るとすぐにこれだ。

 バグがあごをしゃくるとガーディアンが前に出る。

 聴衆を追い払うつもりだ。


「ま、待ってくれ!」


 別の男が聴衆をかき分けて前に出た。

 今度は初老といっていい歳だ。

 頭髪が薄く、からだつきも貧弱だ。

 腰も曲がっているようだし、とても冒険者には見えない。


「その石なら本当に使えるようになるのか?」

「嘘は申しません。100%使いこなせるようになることを保証いたします。もし使えなかったら全額返金することもお約束いたしましょう」

「ならワシは買うぞ! 鉱夫の真似事だけで一生を終えるなんてイヤだ。レクチャーも受けさせてくれ」


 男はお金をかざしてそう叫んだ。

 それを見たバグはまたしても態度を一変させる。


「おお、そうですか、そうですか。ではお客様、どうぞこちらへ」


 男はガーディアンに連れられ、テントの奥から退出していく。

 それから間もなく男の唸り声がきこえてきた。

 奥でなにが行われているのかは、窺い知ることができない。


 みんな息をのみ、静まり返る。

 男が入ってきた。

 さきほど出て行った初老の男だ。


 別人かと見間違えたが顔の造形からしておそらくそうだろう。

 ただ、体つきなどはあきらかに変化している。

 背筋が伸び、服の上からでもわかるくらい筋肉が隆起していた。

 頭髪も黒々としていて20歳くらいは若返った印象だ。


「おい、みんな、これはすごいぞ! 本当にあっという間に魔法が使えたぜ!」


 男は張りのある声を上げた。

 声も若返っている。


「いかがです。これなら存分に戦えるでしょう?」バグがきいた。

「ああ、力がみなぎってくるぜ。これが魔法の力か」

「お使いいただいた魔石には筋肉を増強するバフを込めております」

「こんなに簡単なら迷う必要なんかなかったぜ」

「そうでしょう」


「早く冒険に出かけたくて仕方がない。オレはもう行かせてもらうぜ」

「どうぞどうぞ。また魔法が必要になったときはお越しください」

「おう、その時はよろしく頼むぜ!」


 男は意気揚々と出かけていった。

 その姿を見送り、バグは満足げに語る。


「御覧いただけましたか? あの変わりようを。ワシらの魔石を使えば、冒険者としての自信と誇りを取り戻すことができるのです!」

「マジかよ」

「たしかに、すげえな……」


 一堂がざわめき立つ。

 それを鎮めるようにバグが両手を広げた。


「ほかにも冒険に役立つ魔法を込めた魔石を多数取り揃えております。各人に合った魔法を見繕って差し上げましょう」

「どうする? 一度くらい試してみるか?」

「また今度でいいんじゃないか。ほかのヤツらがどうなるか様子を見てからにしよう」


 そこかしこでひそひそ声が聞こえる。

 誰もがどうするか迷っているようだ。

 しかし、バグの巧みな話術が催眠の呪文のように一堂を操る。


「在庫はまだまだございますが、まだ生産体制がじゅうぶんに整っておらず、品切れの場合はご容赦ください。また、このサービスはサブスクリプションとなっているため、つねに在庫を確保し続けなくてはならないため、会員数を限定させていただきます。おそらく近日中には上限に達するものと思われますので、早めのご決断をよろしくお願いいたします」


 限定というフレーズが決定的に効いたのだろう。

 一斉に我も我もと殺到し始める。


「オレにも売ってくれ!」

「ワタシもちょうだい!」

「オ、オレも」


 電撃に打たれた男もついには手のひらを返した。

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