第22話 会議は次の行動を決定するために行う

「今日も忙しかったな」獅子が背伸びをしながら息をはいた。

「おかげで売上も過去最高を更新だ」


 数えると売上は8万ペソンを超えている。

 1日の売上目標23万まで進捗率は34%だ。


 店を始めてから1ヶ月余りが経過した現在、まだまだ道半ばだが、客数も売上も順調に伸びている。


 店舗の延べ床面積を広げ、品数や客席数も増やした。

 ビジネスの仕組みはすでに出来上がっているのだ。

 あとはこれを続けていけば良いはずなのだが……。


「ほな、ノエリアたちが戻ってきたら始めよか」

「本当にやるのか?」

「不満そうやな」

「そりゃあな」オレは鼻息をもらした。「これまでちゃんとやってこられたのに、なんで今さら会議なんてやる必要があるんだ?」


 ○○会や○○式は、オレにとって嫌いなモノの筆頭だ。

 無意味に時間を拘束され、なんの生産性も無く、ただ話を聞くだけの退屈な時間ではないか。


「売上は伸びとるけど、伸び率が鈍化し始めとる。このままやとクリアできんかもしれへん。期限まであと2ヶ月を切っとるし、ここらで一度テコ入れせんとあかんと思うわ」

「集まってなにかが変わるのか?」

「サラリーマン時代の印象引き摺っとったらアカンで。ワタシたちは従業員と違う。経営者なんや。経営者は会社の頭脳や。その頭脳が思考停止したら会社は潰れる。穂村もしっかり意見出してや」

「経営者か……」


 そう言われると自分事のように思えてくる。

 相談したいことが無いわけでも無い。

 改善の糸口になるだろうか。


「ただいま」ノエリアたちが帰ってきた。

「ほな始めよか」


 店を閉めるとみんなで席に着く。

 参加者はオレと獅子、ノエリアにアナ、それからクリスティーの5人だ。


 クリスティーは魔法の習得以来、店に入り浸っていた。

 いつの間にパーティにも名を連ねている。

 冒険に出かけるよりも店を手伝う方が楽しいのだそうだ。


 最初に獅子から本日の会議の主旨を説明する。

 今日の売上の発表と、売上推移の鈍化をみんなに伝えた。

 現状のままでは目標に届かないかもしれないので、事業のさらなる成長のためのアイデアを出し合うことが本会議の議題となる。


「具体的には、これまでの成果とこれからの展望・課題を発表して、改善案を考えてほしい」

「わかった」一同がうなずく。

「現在の事業は大きく3つ。飲食業と小売業、それから情報サービス業やな」


 オレは飲食業をメインで担当している。

 小売業と情報サービス業は重複する部分が多く、ノエリアとアナの2人で担っている。

 獅子は全体の取りまとめと店舗内での販売や営業活動。

 クリスティーはアナのサポート役、というか仲良しグループというだけだ。


「ほなアナとノエリアから行こか」

「うん。それじゃあまずは魔法講座から話すね」


 アナは立ち上がり、魔石を手にした。

 数字を頭に叩き込んでいるのだろう、ホログラフのなかに資料が浮かびあがる。

 ビギナー向けの魔法講座は、アナの卒業と同時に本格始動となったので、20日余りしか経っていない。


 にもかかわらず、累計受講者のグラフはすでに100人に達している。

 アナが作ったコミュニティはビギナーにとって渡りに舟だったらしく、クリスティーの口コミ効果もあって受講者も爆発的に増えたことが理由だ。


「あとノエリアの指導が上手いんだよね」

「ワタシはきびしく教えてるだけよ」

「はっきり言ってくれた方がみんな嬉しいんだと思う。とくに男子はね。受講者の男女比が9:1と冒険者のそれよりも偏りがあるのは講師の影響だよ」

「是正したいならイケメン講師でも雇えばいいわ」

「それはええアイデアやな」


 獅子が横眼でオレを見ながら苦笑した。

 残念ながらオレでは務まらない。

 ほかに仕事があってよかった。


「まあさすがにそんな基準では雇わんけど」


 獅子が真面目な顔つきで言った。

 採用の判断基準は価値観が合うかどうかだろう。


「コミュニティで有望な子がおったら採用したいけど、そっちはどうなんや?」

「これまでで魔法を使えるようになった者は10人を超えているよ」


 これはかなり驚異的な数だ。

 過去の統計では、1万人ビギナーがいたら、そのうち魔法が使えるようになるのはせいぜい100人くらいだそうなので、じつに10倍もの魔法使いを輩出したことになる。


「でもお店の運営に興味を持ってくれる人は少ないかな」

「元々冒険者志望やし、そこは仕方ないわな。リクルートは急がんでもええわ」


 ビギナー向けのセミナーは集客と同時に人材確保の狙いがある。

 いわゆる青田買いというやつだ。

 しかし育つには時間がかかるし、即戦力になれる人材はまだ、アナ以外に現れていない。


「ワタシが残ってあげてるじゃない」クリスティーが横から口を挟んだ。

「それはありがたいんだけど……」

「なにか言いたいことでもあるの?」


 集客や宣伝を手伝ってくれているが、それはここが居心地が良いからだろう。

 同期や後輩もいるし、店をたまり場にしている感がある。

 活気があるのは良いのだが、みんな冒険に出かけてなくていいのだろうか。

 アナは目を泳がせつつ無理やり話題を変える。


「えっと、小売りの方だけど……こちらもスターターキットのおかげで売上が増えたよ。だけど、これは受講者が増えないかぎり上限がみえている。そこで魔法レクチャーのノウハウが蓄積してきてるから、体系化して書籍や映像化しようと思うんだ」


「教材を販売するわけやな」

「うん。ここに来られない他の街のビギナーにも販売できるだろうし宣伝にもなる。すでに受講してくれているみんなにとっても予習や復習に活用できると思うんだ」


「遠方のビギナーにもということは、通販をすることになるな」

「できるかな?」

「販路開拓はロバートと要相談やな。そこはワタシがやるから、教材が出来たら見せてや」

「うん。内容はまとめてあるから、あとは文章にして印刷するよ。ただ、映像化は魔石の効果がまだ3日しか持たないのが欠点かな」


 謙遜しているが、それでもアナの魔力はずいぶん向上している。

 ビギナーたちの相手をしているうちにアナ自身も成長したのだ。

 最近は複数の魔石に同じ記憶をコピーできるようになり、再生も魔力なしで行えるので、ますますチートじみている。


「紙の本の方が安く提供できるやろうから、そっちに絞った方がええと思うわ」

「分かった」


 獅子の助言にアナがうなずく。

 ほかには無いオリジナル商品が加わると思うと今後の展開が楽しみだ。


「次は穂村やな」


 アナたちの報告が終わり、オレの番がまわってきた。

 ひとつ咳ばらいをして立ち上がり、現状を披歴する。

 伝票や帳簿を整理し、グラフ化しておいた。


 オレはアナのような便利な魔法は無いのでアナログで対応している。

 簿記は獅子に教えてもらいながら実践中だ。

 まだ間違いも多くて指摘されることが多い。


 とにかく、オレは資料を配りながら、飲食事業の概要をおさらいする。

 メインは、パンに肉や魚・スープなどを店で調理・販売だ。


 最初はたんに食材の販売だけだったが、オレが炎の魔法を使えるようになったことから生まれたビジネスである。あたたかい食事というだけで需要があり、さらに酒やたばこも需要に応えて売り始めた。


 採掘作業の合間に食べられるようテイクアウトにも対応している。

 日々料理の研究を重ね、新しいメニューも次々開発しており、順調に売上を伸ばしてきてきた。


「直近では大盛メニューを加えた。みんなよく食べるからな。単価は安いがとにかく数が売れている。数が売れれば量も仕入れられるし、そうなれば仕入れコストも下げられる。その分はお客に還元できるだろう」

「おお、ええ感じやん」獅子は帳簿に目を通しながら言った。「けど、売上が頭打ちしとるのは否めんな」

「理由は2つある。1つはオレ1人で料理できる数に限界があるからだ」

「人手不足か。悩ましいなぁ……」

「やりたがっている人ならいるよ」アナが手をあげた。


 ビギナーたちのことを言っているのだろう。

 正式にパーティに加わっているわけではないが、ときどき店の運営を手伝ってくれている。


 だが料理は任せていない。

 せいぜいウェイターや調理補助だけだ。

 繰り返しになるが一朝一夕で育つものではない。


「いずれは誰かに任せることになるだろうから、今のうちにオペレーションのマニュアルやレシピ本の作成をしておく必要があるだろう。しかし、現状の問題は人員や食材の不足じゃない。問題は水だ」


 料理に水は必要だが、運べる量に限界がある。

 食器や鍋も洗えないので毎回街まで持ち帰って洗うしかない。


 店に置いたままにできればその分水や食料を積むこともできるのだが……。

 リヤカーもすでに一番大きいサイズを使っており、これ以上キャパシティを広げることができずにいた。


「水場があればもっと効率よく料理を提供できるんだが」

「水なぁ」獅子は腕を組んで唸った。「たしかにそれは問題やな」

「この辺に水源は無いのか?」


 オレはノエリアにきいた。

 地元民は彼女だけだ。


「うーん……地下水脈があるような話はきいたことがあるけど……。あくまで噂話というか伝承というか、人づてに聞いただけだから。あるとしても麓の辺りじゃないかしら? すくなくともこんな中腹ではないでしょうね」

「いいえ。麓じゃない、もっと近くにある気がするわ」


 クリスティーが鼻をひくひく動かした。


「なんとなく水の匂いがするのよね」

「それは魔法使いとしての勘?」

「そう、ただの勘。なんの根拠も無いわ」

「なんとか見つけられないかしら」

「泉でも湧いていればいいんだけど……地下となるとどうやって探り当てればいいのやら」

「そうよねぇ……」


 そこで言葉が途切れた。

 これは自分たちでは解決しようがない。

 その代わりにと言ってはなんだけど、とクリスティーが続ける。


「当面の間はワタシが水の運搬役を担うわ。大量には運べないけど、リヤカー1台分くらいならコントロールできるから」

「そら助かるわ」獅子が立ち上がり手をポンとうつ。「解決案が出たところで今日はここまでにしよか。水脈についてはワタシが情報収集しとく。ロバートとか地元の名士なら知っとるかもしれんしな」


 ひと通り議題を話し終え、会議はお開きとなった。

 暫定的な対策ではあるが、クリスティーのおかげでまだ売上を伸ばせそうだ。


 心配する必要はない。

 みんなで知恵と力を合わせれば困難も乗り越えられるだろう。


 そう思いつつも一抹の不安がよぎる。

 嫌な予感とでもいうべきか。

 それこそなんの根拠もない。


 ただなんとなくだが、なぜかこういう悪い勘はよく当たる。

 そして、悪いコトはよく重なるということも思い知らされることとなった。

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