第21話 どんな分野でも初心者が一番多い
客の流れが途絶え、オレは店で一服し始めた。
ふだんは吸わないが、売れ筋の銘柄に火をつけて咥えてみる。
香りは良いが美味いとは思わない。
「美味そうに吸うとるな」獅子がオレの隣に座った。
「いや、そうでもない」オレは肺には入れず、ひと口だけで揉み消す。「煙たいだけだし吸うヤツの気が知れない。これなら売り手にまわった方がいい」
「商売人の口ぶりになってきたな。だいぶ仕事が楽しぃなってきたやろ?」
「仕事してるって感じじゃないけどな。獅子も吸うか?」
素直に同意できず、オレは箱からタバコを1本取り出し、獅子の前に差しだす。
だが、獅子もタバコが苦手らしく手を広げて断った。
もう片方の手にはカップを持っている。
なかはお茶だ。
葉っぱではなく枝を乾燥させて煮だしており、渋みが強い。
覚醒作用が強いので気に入っているようだ。
オレはタバコの空き箱をくしゃりと握り、ポケットに仕舞う。
中身はまだ残っているが、消費者はいない。
「誰も吸わないならバラ売りにしてみるか」
「ノエリアが吸うかもしれんで」
「彼女、成人してるのか?」
「知らん。こっちの世界の成人年齢がいくつからかも知らんわ。ただ、冒険者歴は長そうではあるな」
それはオレもそう思う。
だが、年齢と同じで、野暮な気がして尋ねていない。
出会った当初は一見華奢でか弱そうに見えたが、これまでいろんな場面で救われている。今では頼れる姉御肌という印象だ。
「ヒーラーっていうイメージからちょっと遠いよな。クレーム対応はひやひやしたが大したタマだよ」
「アナも期待以上や。やっぱりワタシの目に狂いはあれへんかったわ」
「そういえば、アナがお客さん第1号だったな。数いる冒険者のなかから、なぜアナを選んだんだ?」
勘や適当で選んだわけではなく、基準があったはずだ。
「なんでやと思う?」
「おとなしそうに見えたから『ええ鴨や』とでも思ったか?」
「やっぱり目の付け所がまだまだやな」
「もったいぶらずに教えろよ」
「靴や」獅子は足許に視線を落とした。「最初に履いとったアナの靴はボロボロやったやろ?」
「そうだったっけ?」
全然憶えていない。
今は店で購入した靴を履いている。
「年齢からしてビギナーやろうと想像はできた。けどそれなら装備は新品に近いはず。きいてみたら予想どおり、幾度となくダンジョンに通っとったわけや」
「それを靴を見て判断したわけか」
「あとは目やな。冒険者になりたい動機は、最初は教えてもらえんかったけど、魔法が使えんことで躓いとるんはあきらかやった。それでも、なにがなんでも魔法を使えるようになりたいっちゅう意志を瞳の奥から感じた。これは何かある。お客になってもらうにはうってつけやと思ったんや」
「実際、サチコを助けたいという動機があったわけだ」
「モチベーションは大事やで。若くて素直やし、のみ込みも早い。かんたんに諦めたりもせん。誰かさんとは大違いや」
「ほっとけ」毒づきながらもオレは思いついたことを口にした。「もしかして、客としてじゃなく、最初から仲間に引き込むつもりで冒険者を探していたんじゃないのか?」
「なかなか鋭いな」
獅子はお茶をひと口すすってから話を続ける。
「サチコちゃんの件は偶然やが、もちろんビジネス拡大の布石にするつもりで声をかけたんや」
「それならギルドで探しても良かっただろうに……」
あるいはギバー商会で人材を紹介してもらうことも出来ただろう。
「アナはたしかによくやってくれている。だが、わざわざビギナーを選ぶ必要はなかったんじゃないか?」
「いや、ビギナーやからこそ選んだんや」
「ビギナーだからこそ?」
「このダンジョンにはまだ魔法を習得しとらんビギナーがたくさん集まっとる。純粋な鉱夫や中堅クラスの冒険者もおらんわけやないが、客層として一番多いんはビギナーで間違いない。どんな分野でも『初心者』が一番多いからな。だったらそこを狙って戦略を立てた方がええと思わへんか?」
「まあ、そうかな?」
「そこで売るべきは情報や。先人の情報を欲しがる段階は、初めたばかりの時やからな」
「その情報の販売方法が魔法のレクチャーというわけか」
「そう。ビギナーがこの鉱山で欲しがっとるのはじつは魔石やない。魔石がもたらすその先にある『ベネフィット』なんや」
「ベネフィット?」
「マーケティング用語で、利益のことやな」
✅FIRE豆知識㉕~ベネフィット~
・お客が商品から得られる利益を差す。
・商品のセールスポイントはたんなる情報に過ぎない。
・お客がその商品を手にして何が変わるのかが重要。
「ビギナーは、魔石ではなく、魔法を手にするために鉱山に来ている訳だ」
「そう『ドリルを売るならまず穴を売れ』ってな。まずは魔法を使えるようになった自分、ビギナーから冒険者になった自分を想像してもらうんや。それを実現するためにはこのレクチャーを受けると実現しやすいですよ、と勧める。この順番が大事なんや」
「さらに、この道具を使うと掘りやすいと勧めたりもできるな」
「その勧める役は同じ立場だった同年代のアナにしてもらうのが適任や。初心者の気持ちは初心者が一番よく分かるからな。信用も得やすいし、口コミで広がってくれればあとは客が客を呼んでくれるのは見てのとおりや」
獅子の戦略をまとめると次のとおりだ。
①メインターゲットをビギナーに定める。
②魔法のレクチャーで人を集める。
③情報や採掘道具などを売る。
④口コミで広げてもらう。
これなら少ない人出で販売だけでなく、宣伝から集客までこなせるだろう。
競合もいないし、見込み客もたくさんいる。
上手くいかないはずがない。
始めた当初は何をやっているのか全然理解できなかったが、結果を見てから聞くとなるほどと納得できた。
「マーケティングっていうのか、事前にきちんと市場調査できてたから上手くいったわけだ」
「いや、市場調査はマーケティングの分野の1つでしかない。ホンマのマーケティングっちゅうのはな『新しい市場を開拓すること』なんや」
「いつから構想を描いていたんだ?」
「ディティールは実践しながら加えていったけど、本格的にイケると踏んだんは、やっぱりアナと会うてからやな」
「いわばキーパーソンだったというわけか」
「適任者が見つからんかったら別のプランを用意しとったけどな、結果的にベストな選択ができたわ」
「オレじゃダメだったわけだ」
「穂村じゃ年齢的にビギナーとは見てもらえんやろ」獅子は苦笑した。「あとは、やっぱりモチベーションの問題やな」
「たしかに、オレじゃアナのやる気には敵わない」
「いっしょに商売するなら、ワタシは自分と同じように情熱を傾けられる者としたいと思っとる」
「ロバートにも言っていたな。アナはオマエたちに似ていると?」
「せや」
「負けず嫌いなところは似ていそうだな」
他にはどんな共通点があるだろう。
「アナにも商才はありそうか?」
「そんなもん今はまだ分からんわ」獅子が手をふって答えた。「ただ、見込みはあるんちゃうかなぁ……」
「それは何を見ての判断だ?」
「いろいろあるけど、一番大きいんは接客態度やな」
「若干たどたどしくて後ろから見てると不安だが」
「それでも笑顔を絶やさんところがすごい。たんなる営業スマイルやない。心から楽しんどると思うわ」
「それって大事なことなのか?」
「もちろんや。立派な才能やと思う。お客の立場からしても店員が仏頂面の店はなんかイヤやろ?」
「まあ、そうかな」
「いっしょにビジネスする仲間となればお客さん以上に、時間を共有することになる。ワタシは楽しんどるヤツといっしょに働きたい。そう思うで」
「アナとならビジネスパートナーになれると踏んだわけだ」
「成り行きではあるけど、ノエリアも仲間になってくれて良かったわ」
「直接2人に聞かせてやったらどうだ?」
オレは親指を立ててダンジョンの入口を指し示す。
噂をすればビギナーたちとともに戻ってきた。
「昼食はお店で食べようってことになったの」ノエリアが言った。
「お腹すいたぁ」クリスティーたちがわらわらと集まり席に着く。
「とりあえず飲み物がほしいな」
「お肉大盛で」
「おっと、もう昼時か。うっかり話し込んじまってたな」
オレは腰を上げて厨房に入る。
急いで竈に火をつけた。
「2人でなにを話していたの?」アナがきいた。
「これからどうやって商売を拡大していこうか話しとったんや」
褒めていたことは秘密のようだ。
「そっちの調子はどうや?」
「午前中はみんなでひたすら石を掘りまくったんだ。ほら、見て。こんなにたくさん採れたよ」
両手に抱えたバケツには石が山盛りになっている。
各自のバケツにもかなりの量が入っていて大収穫だ。
「これらを使って、本格的なレクチャーは午後から行う予定。あ、ボクが採った分は店で使ってね」
「そら助かるわ」
一部は燃料にし、残りは店頭販売用とギルドに卸すように分けて保管した。
「それから、ボクも商売の案を考えてたんだけど、シシの意見をきかせてくれないかな?」
「ええで。ほな、お昼ご飯食べながら話そか」
厨房で鍋を振るいつつ、オレはアナのアイデアに耳を傾ける。
「今日売ってみて思ったんだけど、初心者向けに道具一式そろえた状態で売れば喜ばれるんじゃないかなって。
「スターターキットというわけか。それはええアイデアやな。店側としては、セットで販売する分割安にはするけど、まとまった数が売れるから売上がアップしそうやし。アナが商品そろえてくれるか?」
「うん。みんなのレビューを取り入れながら考えてみるよ」
「最終的な判断は自分で下すんやで」
「分かった」
話の切れ目で料理と飲み物を差し入れる。
アナはおいしいと頬張りつつ、話も続けたそうだ。
一気に掻きこみ、お茶で流し込む。
「あとはギルドでビギナーだけのコミュニティをつくろうと思うんだ」
「ほう、それはまたどうしてや?」
「ビギナー同士パーティを組みやすいし、情報交換もしやすくなるでしょう? そこで店の宣伝をすればお客さんも集めやすいんじゃないかなって」
「ええと思うで。ただし宣伝はほどほどにな。それよりも大事なことがある」
「信頼を積み上げろって言いたいんでしょう? だいじょうぶ。ちゃんとお客の利益を優先して考えてるから」
アナは獅子のセリフを先取りし、片目を閉じた。
料理を平らげるとビギナーたちの輪に入っていく。
みんなと午後の計画を話し合っているようだ。
「レベルアップが早いな」
あっという間に追い抜かれてしまった。
自分が何をするべきか、目標があるからだろう。
「ああ、やっぱりワタシの目に狂いは無かったわ」
獅子はしみじみと噛みしめるようにそうつぶやいた。
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