第20話 口コミの効果は絶大

 食事目当ての客がひとしきり回転し終えたところで獅子が戻ってきた。


「なかなか順調な滑り出しやな」

「そっちはどうだ?」

「ちゃんとお客さん連れてきたで」


 うしろに3人の少女がいた。

 みんな若い。

 いかつい野郎ばかりかと思いきや、女の子だけのパーティもあるようだ。

 オレはメニューを差しだしてきいた。


「いらっしゃい。何にする?」

「ここで魔法を教えてくれるってきいたんだけど」


 1人の少女が答えた。

 どうやら食事目当てでは無かったようだ。

 片手を前に広げ、一歩後ろに退く。


 少々距離を感じる。

 訝しんでいると言っていい。

 きっと胡散臭いと思われているのだ。


「アナタたちビギナーね?」ノエリアがきいた。「クエストは初めてかしら?」

「いいえ、そういうわけじゃないけど……アナタが師匠?」

「師匠ってほどじゃないけれど。ええ、ワタシが教えるわ」


「実際に使えるようになった人もいるって聞いたけど」

「奥にいる彼がそうよ」ノエリアが奥にいるアナに手を向ける。

「こんにちは」アナが小さく手をふって応えた。

「あら、アナじゃない」

「アナタたち知り合いなの?」

「うん、まあ。彼女、クリスティーっていうんだけど……」


 オレはあまり冒険者ギルドに顔を出していないので疎いが、所属していれば当然知り合いも増えるだろう。


「お互いビギナーから抜け出せないでいるから、ギルドで何度も顔を合わせているんだ」

「余計なことは言わなくていいの」クリスティーがアナを睨んだ。「で、レクチャーはどうだったの? 本当に魔法使えるようになった?」

「とても親切に教えてくれたよ。魔法も見せてあげるよ」


 アナは魔石を手にし、ホログラフを出現させた。

 そこには獅子が映っている。

 どうやら勧誘された時の映像のようだ。


「すごい、こんな魔法が使えるなんて!」


 クリスティーは手を叩いて喝采した。

 同じように声をかけられたのだと知れたおかげでもあるだろう。

 3人とも警戒心が緩んだように感じる。


 ホログラフのなかでシーンが切り替わった。

 ダンジョン内での映像だ。

 オレがレクチャーしている様子やノエリアがヒーリングを施している状況も映っている。


 次に映ったのはダンジョン入り口付近だ。

 最後に魔法を発動させた時だろう。

 アナの手元が大きく表示されている。

 魔石が光りだし、サチコの姿が浮かびあがった。


 しばらくそのシーンを眺めたところでアナは魔法を消す。

 クリスティーたちが顔を見合わせ、うなづき合った。


「どうやら依頼するだけの価値がありそうね」

「ワタシたちも使えるようになるかしら?」

「保証はできないけど、きっと使えるようになるよ」アナが答えた。

「そこは絶対だいじょうぶって言わないと」


 アナの存在と映像のおかげだろう。

 すっかり心を開いたようだ。

 ノエリアとかんたんに契約の話をし、いっしょにダンジョンへ潜っていく。


「アナ、グッジョブや」獅子が親指を立てて白い歯をみせた。

「役に立てて良かったよ」アナが胸を撫でおろす。

「論より証拠やな。音と映像で見せれば視覚的にわかりやすい」

「こんなにスムーズに話がまとまるとはな」オレも感心した。

「自薦よりも第三者の口コミの方が信用されやすいんや」


 広告などでも利用者のレビューはよく見る。

 どこまで本当なのか眉唾だが、効果はたしかにあるようだ。

 今後、魔法のレクチャーが売上を伸ばしてくれることを祈る。


 ノエリアを見送った後はオレと獅子とアナの3人で店を続けた。

 昼食と夕食時は食料がよく売れた。

 新しいメニューも好評だ。

 酒に合うように濃いめの味付けにしたのが正解だった。


 それにしてもアルコールとタバコの臭いがすさまじい。

 未成年が仲間にいるのでやや後ろめたい。

 屋台なのですぐに喚起されるのがせめてもの救いだ。


 酔っ払いどもを見送り、閉店すると売上を数える。

 道具類は相変わらず低調だが、それでも本日も売上は過去最高を更新した。


「ただいま」ノエリアたちが戻ってきた。

「どうだった?」


 オレはノエリアに尋ねたが、答えを待つまでもなく、その顔色で結果がわかった。


「すごいわよ。クリスティーが早くも魔法を発動させたの!」

「えっへん!」


 胸を張りつつクリスティーが魔石を手にする。

 もう片方の手で水筒をかざし、魔法を発現させた。

 

 水筒から水が溢れだす。

 こぼれて地面に落ちるかと思いきや空中で球になって浮かんだ。

 その水の塊を空中で操ってみせた。


「物質を操作できる魔法か」

「そうなんだけど、操れるのは水だけみたい」


 それでもじゅうぶんだわ、とクリスティーは満足そうに顔をほころばせた。

 まだまだレベル1だし、応用や発展が期待できるそうだ。


「ありがとう。ノエリアのおかけだわ」

「いいえ、これがアナタ本来の力。ワタシはすこしサポートをしただけよ」

「明日もまたよろしく」

「こちらこそ」

「ほかのビギナー仲間にもアナタたちのこと推しておくわね」


 振り向き様にクリスティーが言った。

 パーティメンバー以外にも仲間がいるようだ。


「彼女たちが口コミを広げてくれたらもうこっちのモンや。あとは宣伝費をかけんでも自然と広まっていくやろう」


 翌日、店を開くとすぐに客がきた。

 朝食目当ての客に混ざり、クリスティーもいる。

 昨日のメンバーに加え、10名以上引き連れていた。


「おはよう。アナはいる?」

「おはよう、今日はどうしたの?」

「あら、用が無いと来ちゃいけないわけ?」

「そういうわけじゃないけど……ずいぶんと大所帯だね」

「お客さんを連れてきてあげたんですからね。感謝しなさいよ」


 どうやら全員レクチャー希望者のようだ。

 昨日の言葉どおり、噂を広げてくれた、というか連れてきてくれている。

 全員10代で、ギルド内の顔見知りだという。


 なかにはつるはしすら持っていない、丸腰の者も数人混ざっていた。

 覇気がないというか浮ついているというか……これでは多くのビギナーが最初の段階であきらめてしまうのも無理はない。強くなれるのは才能のある一部の者だけだし、偉業を成せる者はもっと少ない。それでも志願者が後を絶たないのは、夢のある職業だし、なるだけなら誰でも簡単になれるからだろう。


「なんだ、魔石は自分で掘らないといけないのかよ」

「全部用意してくれるのかと思ってたぜ」

「ちょ、ちょっと待って」


 いったいどんな説明をしたのだろう。

 帰ろうとする仲間を引き止めようと、クリスティーは必死に説得し始めた。

 口コミは悪い方向に広がると炎上しかねない。


「クリスティー、止める必要はないわ」

「どうして? せっかく連れてきてあげたのに」

「レベル1で無双できるとかゲーム感覚で来られても迷惑なだけよ」


 ノエリアはクリスティーの肩を掴み、後ろに下がらせる。

 さらに志願者たちを窘めた。


「ダンジョンに潜ってすらいない段階で諦めるなら、最初から来ないでちょうだい」

「なんだよ、客に向かって態度デカくね?」


 ビギナーがノエリアに喰ってかかった。

 なんの装備もしていない連中の1人だ。


「ワタシはアナタのようなクレーマーをお客様扱いしたりしない。冒険者っていう職業はね、時には命懸けで戦うことになるの。武闘家でもないでしょうに……丸腰で冒険しようなんてドリーマーは早々に死ぬのがオチよ。お家に引きこもってソロでイキってなさい」

「テメエ、調子に乗ってるとぶっ殺すぞ!」

「あら、やるっていうの? いいわよ。そう啖呵を切ったからには、殺される覚悟も当然あるのよね?」


 ノエリアは魔石を取り出し、臨戦態勢に入った。

 魔力を放出し、殺気を放つ。


 オレなんかよりもよほど喧嘩慣れしている。

 後衛のヒーラーといえども場数は踏んでいるのだ。


 ノエリアに気圧され、クレーマーがたじろぐ。

 数はいても所詮は烏合の衆だ。

 女のくせにだとかなんとか、捨て台詞を吐き捨てて逃げていった。

 結局、ソイツに続いて半数が帰った。


「ふん、女々しいヤツらね。あんなので冒険者になろうっていうだから片腹痛いわ」

「ああ、もう、せっかく連れてきたのに!」


 クリスティーは憤慨し、アナも不安そうに獅子に顔色をうかがう。


「帰らせちゃってよかったの?」

「ええんとちゃう? ノエリアの言うとおり、ここで去るならそれはそれで仕方ないやろ。指導係はノエリアやし。客が減るんは痛いけど、全員が魔法を使えるようになる保証は無いしな。下手にケガをされても責任は取れん。見込みのある客だけ相手にした方がお互いのためや。残ってくれたみんなも、ノエリアに従うんがイヤやったら今のうちに帰った方がええで」


 獅子が最終警告を行ったが、それでも5人が残った。

 みんな気を引き締めたのか顔つきが変わっている。

 改めてよろしくお願いします、と言って店のつるはしを手にした。


「ギルドに戻って取ってくるのも手間だし、ここで買わせてもらってもいいかな?」

「うん。あ、どうせだったら、こっちのつるはしが扱いやすいよ」


 アナは自分が買ったものと同じつるはしを勧めた。

 少年はその場で手に取り、軽く持ち上げる。


「たしかに軽くて丈夫そう。これにするよ」

「ほかの装備も試してみる?」


 アナは靴やヘルメットも取りだして商品のプレゼンを始めた。

 説明はたどたどしいが、自分で使用した商品ばかりだ。

 使用感や着け心地などはリアルで説得力がある。


「ワタシも試してみようかな」

「オレも」


 アナの説明が功を奏したようで、他のメンバーも道具や装備に手を伸ばす。

 1人が「どうせだったらみんなでお揃いにしようか」と提案し、全員が賛成した。

 つるはしとバケツ、それからヘルメットや靴などが5人分売れた。

 ひと通り装備を整え終わるとノエリアが号令をかける。


「それじゃあ出発しましょうか」

「はい!」

「アナとクリスティーもいっしょに来る?」

「ボクたちも良いの?」

「もちろん。2人とも先輩なんだし、教えてあげたら?」

「うん」アナが獅子をチラリとみた。

「店番はワタシがやるから行って来ぃや」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「ワタシの教え方は厳しいわよ。みんな覚悟しなさい」


 クリスティーはずいぶん乗り気だ。

 ノエリアの扱い方が上手いというのもある。

 まるで引率の先生みたいだなと思ったが、あながち間違いでもないだろう。

 ビギナーだらけのパーティは一丸となってダンジョンに潜っていった。

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