第16話 商売はゼロサムゲームではない
アナの手から放たれた光に投影された少女は、テイカー商会で奴隷として働かされているサチコにそっくりだった。なにかの偶然か、それとも他人の空似か……。服装は違うし、以前見たときよりもすこし幼い気もする。だが特徴ははっきりと覚えていた。
獅子と顔を合わせ、次にノエリアのリアクションもみた。
2人とも気がついている。
おそらくオレたちが知っているサチコと同一人物だろう。
だが確信はまだ持てない。
「サチコ、サチコだよね?」
アナが映像のなかの少女に語りかけた。
少女はなにも答えない。
いや、口は動いている。
なにかを発しているようだが、その声はオレには届かなかった。
アナには聞こえているのだろうか。
魔石を手放し、少女に歩み寄る。
だが、手を伸ばしてみてもからだを突き抜け、虚空をつかむ。
指先に触れる冷たい空気が虚像だと実感させたのだろう。
握りしめた拳を自分の胸元に引き寄せ、アナはからだを震わせた。
「サチコ……」
次第に光が弱くなっていき、それに伴って少女も薄くなっていく。
光が完全に消失するとダンジョン内に静寂が戻った。
いったいなにが起きたのだろう。
崩れ落ちたアナの肩を抱き、オレは慎重にきいた。
「アナ、今の子は?」
「ボクの妹だよ」
「サチコっていうのか?」
「うん」
「なにか話せたか?」
「ううん。ボクに気がついていたかどうかも分からない」
「現れた子は本物のサチコだったと思うか?」
「それも分からない。だけど、サチコはたしかに今もどこかで生きているんだ」
「オレたちもそう思う。いいか、落ち着いてきいてくれ」
アナの正面にまわり、その目を見据えて言った。
「オレたちはこの子を、サチコを知っているかもしれない」
「ホントに!?」
「ああ」
オレはサチコとどこでどのようにして出会ったかを話した。
場所はこの鉱山で、テイカー商会のバグという男に連れられていたこと。
奴隷として働かされていること。
そして、バグからサチコを取り返す資金1億ペソン作るためにここで商売をしていることを。
それができなければ100日後に殺されることは話すべきか躊躇った。
「サチコが、テイカー商会に……」
「まだ断定はできないが、名前も一致しているし、特徴も今の子とよく似ている」
「サチコは元気にしてた?」
「劣悪な環境だが、健康面は問題なさそうに見えたよ」
「そっか……よかった」
アナの表情に明るさが戻ってきた。
すぐ近くにいるかもしれないと思えば希望も湧くだろう。
なんとかして会わせてやりたい。
「みんなもボクと同じ理由でここにいるんだね?」
「そういうことになる」
「なんでサチコのために、みんなが?」
「サチコちゃんのためだけやない」獅子が言った。「ワタシは奴隷制度そのものに反対や。お金や権力で人の自由を奪うなんて許せん」
「でも商売ってそういうモノなんでしょう? 得をするためには誰かを蹴落とさなくちゃいけない」
「それはバグと同じ発想や。商売は『ゼロサムゲーム』やないで」
✅FIRE豆知識⓳~ゼロサムゲーム~
・参加者全員の損得の合計がゼロになる方式。
・誰かが得をすれば誰かが損をする。
・市場全体の大きさが固定されている場合に当てはまる。
「全体のパイを大きくするか、新しい市場を開拓したらええねん。そしたら誰も割りを喰わずにみんなが幸せを享受できる。ワタシたちはそういうビジネスを目指しとる。アナはワタシたちと取引して損したと思うか?」
「ううん。その価値がいくらなのかは分からないけど、シシが提示した価格以上の価値はじゅうぶんにあったと思う。たくさんのことを学んだし、感謝してもしきれない。払い足りないくらいだ」
ありがとう、とアナは照れくさそうにはにかんだ。
感謝される商売も世の中にはあるのだな。
これまでお客と対面することなんてなかったから気づきもしなかった。
「本当によかったわね。魔法も発現させられたし、これで冒険者として、堂々と胸を張ってサチコちゃんを探しにいけるわよ」
「魔法? ボクが?」
「この石を光らせたのはアナタよ。ほら」
ノエリアはアナが落とした石を拾いあげた。
ホログラフは完全に消えてしまっているが、石はまだかすかに光っている。
アナに石を渡すと輝きが増した。
これはつまり……。
「おめでとう! これでアナタも立派な魔法使いよ」
「これが魔法?」
アナはキョトンと目を丸めた。
まだ実感が湧かないようだ。
アナは呆然と立ち尽くしたまま、石を見つめた。
「こんな魔法があるなんて初めて知ったよ」
「ワタシもだわ。でも間違いない。光から魔力を感じるもの」
「オレにも伝わってくるよ。やったな、アナ。今度こそクエスト達成だ。大手を振って冒険者を名乗れるぞ!」
オレやノエリアの魔力とは異質な雰囲気だが、たしかに魔力が伝わってくる。
だが、アナは破顔したものの、すぐに眉間に皺を寄せて首を傾げた。
「だけど、これ、いったいどんな魔法なんだろう?」
発動したは良いものの、こちらの世界の者でも見たことが無い魔法のようだ。
なにがきっかけで発動したのかもイマイチ掴めていない。
オレの場合は怒りや憤りだったが、アナの場合は違う。
祈りが通じたとか、女神様のお目こぼしでもないだろう。
「いろいろ試してみましょう」ノエリアが提案した。
「待って、気を抜くと消えてしまいそう」
アナがひと息はくと、映像が乱れる。
ノイズが入ったように少女が歪む。
アナの手が震えた。
落とさないよう、その手をノエリアが包みこむ。
「発言したときの感覚を大事にして。せっかく覚醒した魔法の感覚を失わないためにも、ここでしっかりとコツを掴みましょう。そこに映っているのは妹さんなのね?」
「うん、間違いない。サチコだ。いや、今はもっと大きくなっているだろうけど。生き別れた当時の姿そのままだ」
「サチコちゃんの髪や目の色は? 細部まで強くイメージして」
「髪は薄いグレーで少しウェーブがかっている。目の色はボクと同じ碧眼だ」
「他のパーツは? 手足や肌の色、身長も」
「肌は透きとおるように色白だった。身長は……」
アナはサチコの特徴を次々に挙げていく。
その度に映像が解像度を増していく。
立体的で質量も感じられる。
表情も見て取れる。
屈託のない笑顔だった。
ちゃんと笑えるのだ。
「オーケー、それじゃあ一度映像を消してみましょう」
「もう一度ちゃんと出せるかな?」
「きっとだいじょうぶ。さあ、魔石をこちらへ」
アナはノエリアに従い、石を渡す。
ホログラフが消失し、辺りが暗くなった。
とは言え、朝日はもうだいぶ高いところまで昇っている。
もうすぐ冒険者たちもやってくるだろう。
人目に触れてはまずいのではないかと考えたが、べつに疚しいことをしているわけではないのですぐに気持ちを切り替えた。
「さあ、もう一度、サチコちゃんの姿を思い浮かべてみて」
ノエリアが石を渡すとアナは目を閉じる。
魔石を握りしめるとすぐに光りだした。
先ほどと同じ姿のサチコが映る。
何度か繰り返したが、100%再現できた。
いや、再現というより、先ほど映った映像がそのまま再生されているようだ。
「次は、そうね……国王様の姿は映せる?」ノエリアがリクエストした。
「国王様? どんな姿だったかな?」
「お姿は見たことがない? 肖像画も?」
「肖像画は、うーん……あったような、無かったような……」
アナが必死に魔力をこめているようだが、宙を漂う粒子はあても無く彷徨っている感じで、なかなか像を結ばない。それらしい姿は浮かんでも、ノエリアが似ても似つかないと評した。知らないモノは再現できないようだ。
「じゃあ次は……実家の風景なんてどうかしら?」
「実家か……壁も屋根もボロボロだったなァ」
アナが目を閉じ、魔石を握ると光が展開された。
そこに山に囲まれた人里が映る。
山の頂上辺りから俯瞰しているような感じだ。
遠景から徐々にクローズアップされていく。
山を下り、小道を駆けている。
ザザッと音がした。
ノイズか?
よくよく耳を澄ませると、草むらをかき分けている音だとわかった。
どうやら音も再現できるようだ。
里に着いても表に人の気配は無い。
樹々は枯れ、田畑は肥えておらず、作物は乏しい。
いかにも貧しそうな山間部の限界集落といった趣だ。
1軒の古びた小屋が見えた。
正面扉を引き開ける。
なかは狭く、部屋数もひと間しかない。
「ああ、懐かしいな」アナがつぶやいた。
全景はぼんやりとしていたが、軒先に吊るされた果物や柱にできた傷痕なんかは緻密に映っている。だが、それがたしかな情報なのかはアナ本人にしか分からない。
「ホワイトの街やギルドは映せるかしら?」
「やってみるよ」
いったんホログラフが消え、シーンが切り替わるようにして大きな街が現れた。
ロバートたちギバー商会がいるホワイトの街並みだ。
街を取り囲む外壁や大きな屋敷の屋根などがみえる。
はっきりとは記憶していないが、全体像はこんな雰囲気だった。
なかに連なる商店街も再現されていた。
しかし店名や人の姿はみんな朧気だ。
喧騒も聞こえはするが、話の内容までは聞き取れなかった。
やがてギルドが映し出される。
外観はかなり精密に描写されていた。
「ブラックの街はどう?」
「そっちはまだ行ったことが無いよ」
映像が切り替わろうとしたが、光の粒子が乱れて拡散した。
その後も何が映せて何が映せないのか、4人でいろいろ試行錯誤する。
結果、アナの魔法は次のような特徴にまとめられることが判明した。
①アナの記憶にあるイメージと音を再現できる。
②知らない情報は再現できない。よく記憶している内容ほど鮮明になる。
③再現できる情報は映像と音声のみ。匂いや感触、味はしない。
④石自体に記憶を定着させられる。続けて記録もできるし、上書きもできる。
⑤記憶を定着させた石は、魔法が使える者なら、おそらく誰でも再生できる。
どうやら記憶を保存し、映像や音声として再生できる魔法らしい。
まだ解明できていない機能もあるかもしれないが、アナ自身が入力装置で魔石が出力装置、そして両者ともに記録装置の役割を持っている、というのが現状の推測だ。
「魔石って本当になんでもできるんだな」
「ワタシも初めてみたけど、これはすごい魔法だわ」
「うーん……」
ノエリアが目を輝かせる一方でアナは肩を落としていた。
「どうした、うれしくないのか?」
「もちろんうれしいけど……戦闘向きの能力じゃないなって。こんな見たこともきいたこともないスキル、どこでどうやって活かせばいいんだろう?」
「使いどころか……旅の記録は残しやすそうだが」
冒険者なら戦闘で役立つ魔法の方がありがたいだろう。
補助系の魔法としても使い勝手が悪そうだ。
「ま、とにかくや。アナも魔法を使えるようになったし、これにて本当にレクチャーは終了や」
獅子がポンと手を打ちお開きの合図を送った。
一瞬さみしそうな表情を浮かべたアナだが、すぐに笑顔に切り替える。
「それじゃあ、さっそく街に戻って魔石を換金してくるよ。冒険者証も書き換えてこなくちゃ」
「それが終わったら、また戻ってきいや」
「心配しなくてもちゃんと代金は支払うよ」
「そうやなくて……」
獅子はひと呼吸おいてから話を切り出した。
「アナがよかったら、ワタシたちのパーティに加われへんか?」
「え、ボクなんかでいいの?」
「もちろんや。アナはもう立派な冒険者やしな」
「戦闘の役には立たないかもしれないよ?」
「問題あらへん。ワタシたちもモンスター相手に斬った張ったするつもりはないからな。ファイア・ライオンを結成したんは、サチコちゃんを助けるための資金を稼ぐことが目的や。お互いの目的が一致しとるなら手ぇ組んだ方が達成しやすいやろ? どや?」
アナはサチコを探している。
オレたちは彼女を助け出そうとしている。
最終目的は同じだ。
ならばいっしょにビジネスをしようという提案だ。
誰にとっても齟齬は無いだろう。
獅子が右手を差しだす。
すこし躊躇いつつもアナは獅子の手を握り返した。
「ちからになれるかわからないけど、よろしくお願いします」
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