第15話 邂逅

 ダンジョンに潜り、採掘を再開した。


「このつるはし軽くてすごく使いやすいね。軍手のおかげで手も痛くないし、靴も滑りにくいから力を込めやすいよ」


 その言葉通り、装備を一新したアナはこれまで以上に快調なペースで掘り進めていく。体調も完全に回復したようだし、モチベーションも高い。


 ノエリアがアナにヒーリングをかけつつ、同時進行でオレが魔石の鑑定を行う。

 獅子はただその様子を見つめている。

 この期に及んで黙認すると決めたようだ。


 いくつか試していくと石が1つ光った。


「よかったまだ残ってそうだ」

「枯渇したんじゃないかと心配してたけど、また採れそうね」

「ああ」


 採掘量は減っているものの、この調子なら残りのノルマは達成できるだろう。

 そして、その予測どおり魔石を採り終えた。


「お疲れさん。これでクエスト達成。冒険者の仲間入りだな」

「うん、でも本番はまだこれからだよ」


 アナはつるはしを投げだし、魔石を手に取った。

 契約上はこれで魔法を発現させられなくてもレクチャー修了となる。


 オレは横目で獅子をみた。

 もしダメだった場合、どうするつもりなのだろう。

 たんに代金をもらって終わりなのか、それとも……。

 獅子は「延長は無いで」とオレの内心を見透かしたようにつぶやいた。


「ダメならすっぱり魔法はあきらめてもらう。夜明けまでに発動せんかったら、その時点で契約終了や」

「そこをなんとか……ならないか?」

「アナ次第や。けど、これだけ時間を費やしても発現せんのなら魔法の資質は無いんやろう。こだわりすぎるとアナのためにならん。タイムイズマネーや。若いときの時間を浪費せんようにせなあかん。苦手なモンを克服しようとするより、特技を伸ばす方向で考えた方がええ。アナもそれでかまわんやろ?」

「うん」


 オレの戸惑いを余所にアナは真剣な面持ちでうなづいた。


「クレームや返金も受け付けへんで」

「問題ないよ。ボクのためにこんなにも長い間寄り添って教えてくれたんだ。それだけで充分さ。ありがとう」


 感謝の言葉に嘘や偽りは感じられない。

 アナのなかではすでに吹っ切れているのだろう。

 だが、そんなことで満足していてはいけない。

 オレたちを雇った目的は魔法を使えるようになるためだ。

 重視すべきは過程ではなく結果ではない。


「さあ、魔石は採り終えたんや。ダンジョンから脱出しよか」


 時刻を確認するためにオレたちはダンジョンの入口まで戻る。

 太陽は昇っていない。

 辺りはまだ宵闇に包まれていた。

 タイムリミットはあと3時間くらいだろうか。

 月明りがオレたちをぼんやりと照らしていた。


 アナは魔石を手にし、その場で膝をつく。

 祈りを捧げるようなポーズだ。

 何を想っているのだろう。

 自然と取ったその体勢にどんな意味を込めているのだろうか。


 オレとしてもこれ以上してやれることがない。

 同じように祈るしかなかった。

 なんとか発動してほしいが、まったく糸口はつかめていない。


 そのまま1時間が経ち、2時間が過ぎた。

 気づけば山の稜線がうっすら白みはじめている。

 夜明けが近い。


 だがアナに変化は訪れなかった。

 やがて一筋の光がダンジョンの入り口に差し込む。

 時を告げる残酷な言葉が響いた。


「タイムアップや」獅子が告げた。


 その場を支配する空気が一気に弛緩する。

 結局魔法は使えないままレクチャーは終了となった。


 この1週間なんだったのだろう。

 ノエリアがちいさく息をはき、オレは肩を落とした。

 いや、一番落胆しているのはアナ本人だろうが……。

 アナは閉じていた目を開け、静かに口を開いた。


「仕方ないね。今まで親切にしてくれてすごくうれしかったよ」


 気丈に振舞っているが、その声はかすれて震えている。

 悔しさを必死に堪えている様子がかえって同情を誘う。

 アナは汚れを払い、魔石の入ったバケツを持って立ち上がる。

 そこで堰を切ったように泣き出した。


 わんわんと大きな声がダンジョンに響く。

 だがオレたち以外に人はいない。

 3人ともただ静かに見守った。


 うらやましい。

 こんなふうに人前で泣けるのも今のうちだ。

 大人になると自分の外側に違うキャラクターを作り上げる。

 内なる自分を守るための被り物で、それが処世術というものだ。


 しかし、やがてそれは重荷になる。

 油断すると皮膚に癒着し、剥がれなくなってしまう。

 どこからが本当の自分なのか分からなくなる前に、オレも声を上げたかった。


 こんなことがしたい。

 あんなものが欲しい。

 どこそこへ行きたい。

 だれそれと会いたい。

 素直にそう言えるうちに宣言して行動するべきだった。


 だが、まだ手遅れではない。

 人生折り返してすらいない。

 失敗しても、くじけても、回り道をしても、やり直せるはずだ。

 泣きじゃくる幼い少年を見守りながら、自分に言い聞かせた。


 ひとしきり泣いてすっきりしたのか、アナは鼻をすすりながら照れくさそうに笑った。


「装備や道具もありがとう。魔石を売ったらきちんと支払うからね」

「おおきに。けど無理していっぺんに払わんでもええからな」


 遅れても利子は取らないと獅子は約束した。


「ワタシたちはしばらくこの鉱山で商売しとるから、いつでも来てや」

「出世はできないかもしれないけど」

「べつに冒険者だけが生きる道やない。興味のあること何でもやってみたらええねん」

「いや、ボクはあくまでも冒険者を目指すよ」

「やっぱりシーフになるつもりなのか?」オレはアナにきいた。


 ダンジョン内の宝箱を求めるトレジャーハンターの類ならまだしも、他人のモノを盗むつもりならやはり止めねばならない。

 どう諭すべきか考えあぐねたが、アナは首をふって答えた。


「ううん。やっぱりシーフはやめておくよ。必須スキルである『鑑定』や『解錠』も魔法が使えない以上、ハイレベルなダンジョンには潜れないし……それに、獅子からも『三方良しにならない』って叱られそうだからね。タンクは無理でもアーチャーなら務められると思うし、弓矢の練習をしつつ魔法の修行も続けようと思う」

「魔法は諦めていないんだな」

「うん。どの職業に就くにしても、やっぱり魔法は習得しておいた方が有利だから」


 たんなる剣士よりも魔法剣士、たんなるアーチャーよりも魔法弓師の方が上級職として重宝されるらしい。ドラゴンなど伝説級のモンスター討伐となれば必須スキルと言っていい。


「立派な冒険者になるためにもやっぱり魔法は必要なんだ」

「アナはどうしてそこまで冒険者になりたいんだ?」

「ボクにとって、冒険者になること、冒険者として旅することは、シシの言うライフワークそのものだからね」


 アナは魔石を握りしめた。

 その拳に並々ならぬ決意を感じる。

 お金を稼ぐだけなら、ほかにいくらでも方法はあるだろう。

 街のなかにいれば危険に遭遇することもない。

 それでも冒険者の道を選ぶ理由はなんだろう。


「ボクには小さいころに生き別れた妹がいてね、その妹を探すためには冒険者になった方が都合が良いんだ」

「そうだったのか」

「ボクの生まれた家は山の外れにある集落でね、これといった産業もなく、村全体がとても貧しかったんだ。お父さんもお母さんはいつも街まで出稼ぎに行ってたし、ボクもできるだけお手伝いしていたんだ。だけど、それでも生活はいつも苦しくて……最後は借金のせいで家族がバラバラになっちゃったんだ」


 アナは、訥々と語った。

 両親ともに真面目に働いていたが、アナや妹を食べさせるには収入が足りなかったらしい。家財を売ったりして食いつないでいたが、それも尽き、生活レベルを落とせなくなると最後はどこかからお金を借りたようだ。


 はじめはそれで救われたが、次第に借金を返すための負担が大きくなっていった。

 元本どころか利子すらも払えなくなると取り立てが激しくなり、ついには借金のかたに妹を連れ去られてしまったのだそうだ。


 幼いながらに壮絶な人生を歩んできたのだろう。

 複利は人類最大の発明だというけれど、扱い方を間違えると呪われた剣のように人生を破壊してしまう。


 やはり借金なんてするもんじゃないな。

 オレならとっくに心が折れているだろう。

 だが、アナの瞳にはまだ戦う意志が宿されている。


「ボクはまた家族みんなで暮らしたい。そのためには妹を探すためにあちこち旅してまわらなくちゃいけない。妹を買い戻すためのお金も必要だし、路銀を稼ぎつつ旅をするなら冒険者になるのが一番だと思ったんだ。だから絶対に諦めないよ」


 アナが魔石を握りしめるとその拳から光がもれた。

 光は放射線状に展開され、上部に向かう。

 さらに、その光のなかに無数の粒子が舞いあがった。


 ランダムに散った粒子が次第に規則性を持って集まる。

 いくつかの色がつき、形が作られていく。

 始めはぼんやりとしていた形が、粒子が集まる度に鮮明になっていく。


 人の姿がみえた。

 背が低い。

 1人の子どもがそこに映し出されている。

 まるでホログラフみたいだ。


 さらに解像度が上がり、輪郭が現れる。

 目や鼻や口もはっきりと見て取れた。


 それが誰なのかすぐに分かった。

 見覚えのある少女だ。

 アナがその名を口にする。


「サチコは必ず取り返す」

 

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