第14話 本当の自由とは選べること
イヤな働き方をしたくないだけ、か……。
これまでオレは労働自体がイヤなモノだと思い続けてきた。
だから獅子のそのセリフには生理的な拒絶反応を覚える。
「労働ってのは、他人がやりたがらないことをして、その対価としてお金をもらう。そういうモンだろう?」
「なかにはそういう仕事もあるやろう。けど全部がそうやない。たとえばワタシは料理が苦手やからやりたくない。誰かに代わりにやってほしいと思っとる。けど穂村は好きなんやろ? なら、ワタシの代わりに腕を振るってくれたらええ。そのお礼にお金を払う。自然なことやろう?」
「だがオレはもうお金のために働こうとは思わない」
「なんでや? あんなにお金欲しがっとったやん。FIREしとうないんか?」
「FIREはしたいさ。だが、そのためにもう一度時間を費やして稼ごうって気にはならないんだ」
「ようするに、穂村がホンマに欲しかったモン、あるいはやりたかったコトは、FIREですらなかったってことや。べつに労働もFIREも否定しとるわけやないで。問題は、FIREした先の時間とお金の使い方や。その答えは人それぞれ違う。穂村はFIREできたとして、何がしたいんや?」
今のうちからしっかり考えとかんとFIREしても虚しい人生送るだけやで、と獅子は締めくくった。
返す言葉もなく、ただ沈黙しているとノエリアが興味深そうにきいた。
「ねえ、FIREって何のこと? 炎の話をしているわけじゃないのよね?」
「FIREってのは、経済的自由を得て早期退職することだ」
オレは、FIREについて説明し、こちらの世界を訪れた経緯を改めて話した。
日本で2千万円、こちらの通貨換算で2千万ペソン貯め、物価差を利用してFIREしようとしていたこと。だが、ゲートが壊れ、お金を日本に置きっぱなしたまま帰れなくなったことなど……。
「そんなわけで、もう一度FIREを目指して冒険者として稼ごうとしていたら一連の騒動に巻き込まれたってわけさ。だから、今はバタバタしてるけど、ずっと冒険を続けたいわけじゃないんだ」
勇者になりたいわけでもないし、成り上がりたいわけでもない。
これまでのオレの原動力は、働きたくないという一心だけだった。
とにかく仕事を辞めてFIREしたい。
そのことしか頭になく、さらに先のコトなんて考えもしなかった。今だって諸々の問題が解決したあとの身の振り方なんてなにも考えていない。あるとしたら、抽象的でぼんやりとしたイメージくらいだ。
誰にも命令されず、自分の好きなときに起きて、好きな場所で過ごす。
そういう自由な人生を送りたかった。
「自由になりたい、か」獅子がつぶやいた。
「そりゃあ誰だったそうなりたいだろう。獅子は違うのか? 働くことが、人に支配されることがそんなに好きなのか?」
「いや、ワタシやって他人に命令されるんはイヤや。けどな『働く=他人に従う』っちゅうわけやないで。『自由=働かない』ってわけでもない」
「じゃあ、自由っていったい何なんだ?」
「自由とはな、『自分で選べる』っちゅうことや」
「自分で……選べる?」
「そう、働きたいなら働いてもええし、働きたくないなら働かなくてもええ。自分で選べる状態こそが『本当の自由』なんや」
✅FIRE豆知識⓱~本当の自由~
・お金がある=自由とは限らない。
・働く=自由ではないとも限らない。
・本当の自由は自分で選べる状態にあること。
「お金はこの選択権を買うための切符やと思ったらええ」
自由への切符というわけね、とノエリアが相槌をうった。
「けど、そのお金を手に入れるためにはやっぱり働かなくちゃいけない。自由を得るために不自由をガマンするって何だか矛盾してない?」
「そう考えてまうんは、『働く=つらい・苦しい』あるいは『働く=誰かに働かされとる』っちゅうイメージがあるからちゃうかな。そういうイヤな仕事も世の中にはたくさんある。けど、それだけやない。自分の好きなコト・得意なコトを活かすこともできるんや。それなら同じ『働く』でもまったく景色が違ってみえる。『やりたい仕事』をしながらお金も稼げるって最高やと思わへんか?」
「そうかもしれないけど……やりたいコトでお金が稼げるなんて想像もつかないわ」
「なに言うてんねん。今まさにやっとるやないか」
「え、これが?」
「ここでモノを売るんは誰かに命令されてやっとるわけちゃうやろ? すくなくともワタシはそう思っとる。サチコちゃんの救出も誰かに命令されたり頼まれたわけやない。ワタシが助けたいと思っとるから働いとるんや」
「シシにとってつるはしを売るコトが『やりたい仕事』というわけ?」
「つるはしは手段であって目的やない。たまたま需要がありそうなモンを選んだだけや。この鉱山には見込み客はおっても商売しようっちゅう連中もおらんかったしな。とにかく、仕事は誰かに与えられるモンだけやない。『自分で仕事を創る』こともできる。これがワタシの『やりたい仕事や』」
「仕事を創るのが仕事ってこと?」
「せや。自分で創る仕事はオモロイでー。なんせどんな商売しようが自由やからな。冒険者のお手伝いをして、サチコちゃんも助けたついでにワタシも楽しい。三方良しやん」
こういう仕事を創るんがワタシの『ライフワーク』やと思っとるわ、と獅子は満面の笑みを浮かべた。
✅FIRE豆知識⓲~ライフワーク~
・天職。
・生涯の仕事として人生を捧げられるテーマ。
・対義語はライスワーク(食べていくための仕事)。
ライフワークねえ……、とノエリアは天を仰ぎながら目をぐるりとまわした。
「好きなコトを仕事になんて、考えたこともなかったわ。ホムラは何かやりたいこととかある?」
「いや、オレはそもそも働きたくないとばかり考えて生きてきたからな……。少し混乱しているところだ」
FIREしてのんびり暮らしたいという想いは今でもある。
しかし、これから一生ダラダラと食っちゃ寝の生活をするのか、と問われればたぶんそうはならない気がする。最初の数日、あるいは数か月は自堕落な生活を送るだろうが、いずれは飽きるのではないか。獅子と行動しているうちに、自分の考えがずいぶん変わっているのが分かった。
しかし、働くにしてもどんな働き方をすればいいのだろう。
料理を振舞うのは楽しかった。
けど、それが『ライフワーク』かと言うとしっくりこない。
「働くか働かないかの問題は二元論では語れへん。現状の働き方に満足できんのなら働き方を変えるっちゅう選択肢もある。自分の価値観に合った働き方が見つかるまで職を変えてもええ。あるいは働く以外の何か、趣味でも社会貢献でもかわまん。大事なんは自分の価値を活かすことや。FIREしたらそこにお金を絡ませる必要はない。まあワタシはお金稼ぐん好きやからやめんけど。お金は自由の土台やし、好きなコトするためにもまずはお金を稼いでFIREせんとな」
「ワタシでもFIREできるかしら?」ノエリアがきいた。
「直接魚は与えられへんけど、釣り方ならワタシが教えたる。ノエリアも穂村も、このクエストを通して自分がホンマにやりたいと思うこと見つけたらええわ」
「そこは自分で考えろというわけか」
獅子が言いそうなことを先回りする。
すると思惑通りと言わんばかりにニヤリと笑った。
「それが『自由の味』ちゅうもんやで。今のうちに慣れときや。自由を飼い慣らすんはむずかしいからな。何をするにも自由な反面、何が起きてもすべては自己責任。本当に自由になりたいんなら、不安や孤独も全部丸呑みにする覚悟が必要や」
「自由になる覚悟か……」
サラリーマン時代には考えもしなかった。
命じられた仕事をただこなし、その対価としてお金をもらう。
それはある意味で楽だった。
結果に責任が伴わないから思考停止で生きてこられた。
お金が無いから従うしかない。
お金が貯まるまでは、と……。
だが、これからはそうはいかない。
オレはもう自由の味を知ってしまった。
ヒントももらった。
自分の好きなことで稼げるようになれば不安なくFIREできるだろう。
あとはやるかやらないか。
考えるまでもない。
やるしかないんだ。
オレは二度と社畜には戻りたくない。
二度と誰かに自由を奪われたくない。
だが、この期に及んでまだ迷っている自分がいる。
お金がなくなったらどうしよう。
後ろ指を差されるのはイヤだ。
孤独や不安に圧し潰されてしまうかもしれない。
安全な場所にいたいと願ってしまう。
生き方を変えるのはおそろしい。
人と違う生き方を選ぶということは、敷かれたレールから外れることだ。
誰かが作った常識やしがらみというレールからはみ出さないかぎり自由はない。
そう知りながら、なかなか最初の一歩が踏み出せないでいる。
自由になりたいけど、なりたくない。
そんな矛盾した気持ちを抱えて揺らいでいる。
オレに必要なモノはきっとお金だけではなく、覚悟なのだろう。
それはいったいどうすれば手に入る?
「ボクにはあるよ、その覚悟」
振り返るとアナが立ち上がり、身支度を整えていた。
「もう動いてもだいじょうぶなのか?」
「うん、平気」
「どこへ行くつもりだ?」
「ダンジョンさ。今日は採掘量が少ないから、もう一度に潜って魔石を掘ってくるよ」
「いや、そんなに慌てなくても。さすがに明日でいいんじゃないか?」
体調が戻ったとはいえ、万全ではない。
無理をしてまた崩してしまってはさらに長引くだけだ。
だが、アナは静かに首をふった。
「今すぐ行くよ。シシの話をきいていたら居ても立っても居られなくなった。ボクは1日も早く冒険者になりたい。こうしている間にも時間が過ぎていると思うともったいなくて休んでられないよ」
「しかし……」
「行かせたれや」獅子が言った。「本人の意志は固そうや。好きにさせたろう」
「シシ、つるはしを売ってくれる?」
「もちろんや。気が済むまで続けたらええ。ただ夜は冷える。防寒具や靴もあるから着ていきや」
「でももうそんなにお金は残ってないよ」
「そんなモン出世払いでええわ」
獅子はアナに道具を一式持たせ、背中を押した。
「気張ってきいや」
「うん」
「ちょっと待て。オレも行く」
アナの足取りは軽いが、やはり心配だ。
「ワタシも行くわ。すぐに鑑定できた方が良いでしょう?」
「ほなみんなで行こか」
結局パーティ全員でアナについていくことになった。
「ありがとう、みんな。でもどうしてそこまでしてくれるの?」
「さて、なんでだろうな?」
オレは首をかしげた。
ビジネスとして考えるならあきらかに過剰サービスだろう。
とっくに商売の域を超えている。
決して子ども扱いしているわけではない。
アナを見ていると自然と手を貸したくなるのだ。
そのオレの言い表せない心中を、獅子が的確に言語化してくれた。
「お金の問題やない。人はな、がんばっとる人を応援したくなるモンなんやで」
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