第13話 商売のネタは大げさでなくていい

 食料や水は、少しずつではあるが売上を伸ばしていた。

 昨日の売上は3,500ペソン。

 初日の1,700からすると倍増したことになる。


 だが相変わらず売れているのは食料品ばかりで利益が薄い。

 高単価の道具類はほとんど売れていなかった。

 壊れたつるはしの代わりにと安物が売れることはあるが、せいぜいその程度だ。

 良い品は高く、掘れればなんでもいいと考えている連中には高嶺の花かもしれない。


「まだまだこれから伸びしろがあるで」


 獅子は自信たっぷりにそう言い続けている。

 彼のなかでは勝算があるのだろう。

 しかし、こんな調子で本当に1億まで到達するのだろうか。


「穂村の方はどうや? なんか飯のタネは思いついたか?」

「いや、全然」


 オレは首をふった。

 3日3晩考え続けていたが、いまだにこれはと思うアイデアは想い浮かばない。


「だいぶ頭が湯だっとるな。まあせいぜい頑張りや」

「かんたんに言ってくれるな。もしかして、獅子はすでにアイデアを持っているんじゃないのか?」

「まあ、無くはないけど」

「なんだよ、それならさっさと教えてくれればいいじゃないか」

「お金払ってくれるんならええけどな」

「同じパーティなのになんで払わなくちゃいけないんだ」


 時間も限られているのに、この期に及んで自分の私利私欲に走るつもりだろうか。


「ワタシは直接魚を与えるようなことはせん主義や。だいたい、ワタシがおらんかったら何にもできんていうんじゃ困るんは自分やろ?」

「そうだが」

「ちょっとした情報なら検索するか、お金を払えば手に入る。けど、世の中答えのない問題の方が多い。ワタシもアイデアはあるが、それが必ず成功するとはかぎらん。正解が1つともかぎらんし、1つも無いかもしれん。穂村にあったビジネスを考えられるのは穂村自身だけや。他人には見えん何かを自身で模索するしかない。自分以上に自分の人生について真剣に考えてくれる人はおらんからな」


 ビジネスの話をしていたのに、最後は人生論にまで発展してしまった。

 20そこそこの若造が発したとは思えないくらい含蓄のあるセリフだ。

 いままでどんな人生を歩んできたのだろう。

 オレが沈黙すると獅子は両手を広げた。


「ま、そんな暗い顔せんでも、魚の釣り方はしっかり教えたる。いっしょにパーティ組んどる間にしっかりレベリングしいや」


 なんのレベルだよ、とつぶやきそうになったが飲みこんだ。

 自分で考えろという返答が容易に想像できた。


 これはアナにも同じことがいえる。

 教えられることはすべて伝えたが、アナが魔法を使えるようになる気配はいまだに感じられない。始めは意気揚々としていたが、進展のないまま5日目が過ぎ、6日目にもなると次第にその顔色に焦りが現れはじめた。


 ノエリアがヒーリングを施しても効果が薄い。

 肉体的な疲労ではなく、精神的なものではないかとノエリアは診断した。


「連日通い詰めてるし、今日1日くらい休んでもいいんじゃない?」

「だいじょうだよ、このくらい」


 そう強がりつつも作業に身が入っておらず、徒労感が否めない。

 魔石も、今日は3個しか採れなかった。


 これまでよりずっと少ないペースだが、採掘量が減ったのはクエストクリアを先延ばしするためではないはずだ。真剣に続けているは後ろで見ていてよく分かる。もうこの鉱脈の魔石は枯渇し始めているのか、それとも運が悪いだけなのか……。どことなく空気が重い。


 バキッと大きな音がし、沈黙を破った。

 みればアナのつるはしが根元から折れている。

 ずっと振り続けていたから消耗したのだろう。

 つるはしの方が先に音を上げてしまった。


「ホムラ、新しいのを買うから持ってきて」

「今日はもうこの辺にしないか?」

「イヤだ、続ける。2人はここで待ってて。自分で買ってくるよ」


 アナは壊れたつるはしを手放し、フラフラとした足取りで出口に向かった。

 放っておくわけにもいかず、アナに付き添いダンジョンをあとにする。


「お、お帰り。今日は早いんやな」獅子が店で出迎えた。

「まだ終わってないよ。つるはしが壊れちゃったから戻ってきただけ」

「毎日ガンバっとるな」

「新しいのを売ってほしいんだけど、かんたんに壊れない頑丈なつるはしはある?」

「あるで。ちょっと値は張るけど」

「それを売ってもらえる?」

「まいどあり」


 獅子が取りだしたつるはしは、仕入れたなかでも一番良い商品だ。

 それを受取ろうとアナが手をのばす。

 しかし、そのまま前のめりに倒れ込んでしまった。


「アナ、どうした!?」


 駆け寄って抱き起したが、自力では立ち上がれないでいる。

 意識が朦朧としており、額に手を当てると熱もある。

 あきらかにオーバーワークが祟った結果だ。


 日陰に運び、ノエリアが膝枕をしながらヒーリングをかける。

 しばらく安静にさせると目を覚ました。


「うーん……」

「お、気がついたようだな」

「ここは?」

「店の裏手だ。ダンジョンから戻ってきた後に気を失ったんだが、覚えてるか?」

「そうか、そうだったね……」

「やっぱりだいぶ無理してたんだな。体調の方はどうだ? どこか痛いところは?」

「のどが渇いた」

「いま水を持ってきてやる」

「あたたかいモノがのみたい」


 アナがからだを震わせる。

 眠っている間に体温が下がっただろう。


「あたたかいか……商品にあったか?」

「いや、水しかないわ」獅子が言った。


 リヤカーのなかを覗くとたしかに飲み物は水しかない。

 しかし干し魚は残っている。


「ちょっと待ってろ」


 オレは水と魚とパン、それから鉄製の安いヘルメットを1つ、商品から拝借した。

 その辺から適当な石を拾って積み上げる。

 即席の竈をつくり、そこにヘルメットを上向きにして置いた。

 ヘルメットに水を入れ、手持ちの魔石を使って火を熾す。

 魚の身をほぐし、パンを細かく千切って放り込んだ。

 沸騰したら弱火にし、灰汁を取りつつ10分ほど煮込む。

 頃合いを見計らい、味見をした。


「うん、良さそうだな」


 干した魚は固いが、煮込んだことでやわらかくなった。

 ダシが出てるし香辛料の匂いも食欲をそそる。

 器によそい、アナに手渡す。


「あり合わせの材料だがスープを作った。これを飲んで元気をつけろ」

「ありがとう」


 ささやくように言い、アナがひと口すする。

 スープを飲みこむとホッとひと息つき、白い湯気をはいた。


「美味しい……からだに染み渡るよ」

「まだまだあるから、たくさん食べろ」

「うん」

「ワタシももらってええか?」

「あ、ワタシも」


 横で見ていた獅子とノエリアが言った。

 2人にもスープをよそって渡す。


「ああ、これは美味いなぁ」

「ホント、魚の出汁が利いてるわね」

「スパイスもええ感じや。からだが芯から温まるわ。穂村って料理できたんやな」

「独り暮らしが長いからな」


 働き詰めの日々ではあったが、それでも自炊は怠らなかった。

 健康を害すと医療費がかかるし、外食するよりもコスパが良い。

 栄養もバランスよく摂れる料理と食事は、節約を兼ねた唯一の趣味であり娯楽でもあった。


「美味そうだな。オレたちにも分けてくれよ」


 振り返ると冒険者が集まっていた。

 湯気から漂う匂いに釣られたようで、みんな腹を押さえながら鍋を覗きこんでいる。


「いや、悪いがこれは賄いというか、売り物じゃないんだ」

「そんなケチくさいこと言うなよ。お金ならちゃんと払うからさ」


 ほら、と小銭を取りだす。

 売上を伸ばすチャンスだが、大勢に分けるとアナの分がなくなってしまう。

 渋っているとアナが後ろでつぶやいた。


「ホムラ、ボクはもう平気だから、みんなにも食べさせてあげて」


 みれば顔色が良くなっている。

 水分と栄養を摂って回復したようだ。

 獅子もオレの背中を押しながら言った。


「せっかく食べたい言うてくれてる人たちが来とるんや。みんなにもこの味知ってもらおうや」

「そうか? それじゃあ……」


 オレは鍋にもう一度火を入れ、温め直す。

 列を作っている連中に順番にふるまった。


「スープ美味ッ!」

「からだが温まるぜ」

「魚ってこんなに美味かったんだな」

「いままで肉ばっか食ってたもんな」

「ダンジョンの近くでこんなあたたかい食事にありつけるなんて思わなかったわ」


 スープを飲んだ人みんなが口々に絶賛している。

 クエスト中でまともに食事を摂っていない者が多いようだ。

 あたたかいというだけでメチャクチャ評判がいい。


「おい、オレの分はまだか?」

「ただいまお持ちします」

「おかわりはもらえるのか?」

「おかわり?」


 オレは鍋をみた。

 まだ全員に行き渡っていないが、スープはすでに底を尽きかけている。


「接客はワタシたちが担当する。穂村はスープを追加で作ってや」

「分かった」


 オレは竈を広げ、ヘルメットを並べる。

 リヤカーから食料を全部取り出し、仕込み始めた。


「大変、もうスープがなくなったわ!」

「オーダーもどんどん入っとるで!」

「だいじょうぶ、追加分ができた。こっちの鍋から取っていってくれ!」

「よっしゃ、ほな客に案内するわ」


 出来上がったスープを獅子が運んでいく。

 しかし先ほどよりも人だかりは増えている。

 みんな行儀よく列をつくるような連中ではない。

 我先にとよそった先から売れていく。


「器が足りない。自前で持っている人は出して!」

「食ってると余計に腹が減ってきた。スープだけじゃ足りねえ。肉も焼いてくれ!」

「だそうや、穂村いけるか!?」

「任せとけ!」


 ある程度展開が読めていたので、すでに火にかけている。

 スパイスは塩だけだが、文句を言うヤツはいないだろう。


「干物だけ売っとるときと全然反応が違うで!」


 獅子が嬉しそうに悲鳴をあげた。

 鉄火場のような忙しさだが、まだ夕食には早い時間だったのが救いだった。

 オレは無心で調理を続け、料理を提供する。


 ひとしきりスープが行き渡ったところで食材自体が底をついた。

 水がわずかに残っているだけだ。

 さすがにこれ以上は続けられない。

 いったん『売り切れ』の札を出し、店を閉めた。


「いや美味かったよ、ごちそうさん。ところで、このスープ初めて食べるが、なんていう料理なんだ?」

「『ヘルメット鍋』や」

「おお、そのまんまだな。オレたちでもマネできそうだ」

「中身はワタシたちのところでしか味わえんで。また明日もここでやっとるからぜひ来てや」

「そうさせてもらうぜ」

「ああ、今日はもう働く気がしねえ。帰って寝るか」


 食べ終えた冒険者たちは満足そうに腹をさすりながら街に戻っていった。

 片づけ終え、店の裏で売上を集計する。

 合計で1万5,000ペソンにもなった。 


「すごいわ、昨日の5倍もあるじゃない!」


 ノエリアが両手をあげて歓喜した。

 売上も客数も過去最高を大きく更新したことになる。


「客単価1人150ペソンとして100人以上に売ったことになるな」

「穂村のおかげでええ看板メニューができたわ」

「オレもびっくりした。こんなことが役に立つなんて……たいしたことしたつもりはないんだが」

「べつにビジネスやからって難しいことする必要ないねん。ナンバーワンでなくても、ちょっとだけ人より得意くらいでじゅうぶんなんや。ここではそれでもじゅうぶんに需要に応えられる。みんなも喜んでくれたんや。もっと自信持ってええで」

「そういうものか」


 オレは売上を握りしめながらつぶやいた。

 手のなかにはオレがした仕事の結果が残っている。

 日本でデスクワークをしていたときはなかった手応えだ。


 パソコンとばかり向かい合っていて、客の顔なんて見る機会はなかった。

 オレがした結果がどこでどうなっているのか知る由もなかった。

 それが今はどうだ。

 客の満足そうな顔をありありと思い出せる。


「どや、特技を活かして、人に感謝されてお金までもらえる。最高やろ?」


 獅子に脇腹をつつかれた。

 気づけば横に座ってオレの顔をのぞき込んでいる。


「なにニヤニヤ見てるんだよ。気持ち悪いな」

「あら、ニヤついているのはホムラもいっしょよ」


 ノエリアに指摘され、口もとを押さえる。

 自分でも口角が上がっていることに気づいた。


「穂村は働くことが嫌いなんと違うと思うわ。イヤな働き方をしたくないだけとちゃうかな」

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