第12話 自分のビジネスを考える
翌日。
オレたちはまたギバー商事から商品を仕入れ、鉱山に向かった。
仕入れは昨日の売り上げをすべてつぎ込んだ。
「稼いだお金は商売を大きくするために全額投資する。手元に残しとっても意味無いからな。寝かせとくんやなくて、今はどんどん投資していくべきタイミングやで」
獅子はもちろん、オレもノエリアも取り分は1ペソンもない。
宿代はオレが持っている1万ペソンを取り崩した。
タダ働きどころか完全に赤字である。
「これくらいリスク取らんと100日で1億なんて夢のまた夢や。だいじょうぶ、食って寝るくらいなんとでもなるやろ。それでも不安ちゅうなら1つ宿題を与えたる」
「宿題?」
「せや。昨日の様子を聞いとると、ダンジョン内で手持無沙汰にしとるようやしな。頭働かせとったら気も紛れるやろ」
「なにをさせようっていうんだ?」
「難しい話やない。ただ、穂村のスキルを活かして、この鉱山でできるビジネスがないか考えるだけや」
「炎の魔法を使ったビジネスか」
「自分の特技を活かして人に喜んでもらってお金ももらえる。『Win-Win』でええやろ?」
✅FIRE豆知識⓭~Win-Win(ウィンウィン)~
・取引をする双方に利益がある状態。
・お互いに協力することで新しい価値を生む。
・類語は三方良し。
たしかに良いとは思うが、自分でビジネスをするなんて考えたこともない。
そうかんたんにアイデアが思いつくはずなんてなかった。
「目に映るすべてをビジネスに関連付けて考えるんや。『カラーバス効果』言うてな、自ずとアイデアが浮かびあがってくるはずやで」
✅FIRE豆知識⓮~カラーバス効果~
・特定の事柄を意識し始めると日常のなかでその事柄に関連する情報が自然と集まってくる現象。
・自分にとって必要な情報を無意識に取捨選択するようになる。
・普段から課題や問題を意識していると、解決できそうな情報の発見に繋がりやすくなる。
「ノエリアもよかったら考えてみてや」
「分かったわ」
鉱山の入口に着くとアナが先に来て待っていた。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「おはよう。それじゃあさっそくダンジョンに潜るか」
「そのまえに水と朝食、それからお昼の分を買いたいんだけど」
「なんだ、持ってこなかったのか?」
「タダで教えてもらうのも悪いと思ったんで、これからは皆さんのお店で買おうかなって」
「それはありがたい」
「『返報性の原理』ちゅうヤツやな」獅子が言った。
✅FIRE豆知識⓯~返報性の原理~
・人は他人にしてもらったことに報いたいと思う心理が働く。
・返報性は、好意・敵意・譲歩・自己開示などが当てはまる。
・すべてが返ってくるとは限らない。
「何かを得よう思たら、先に与えることが大事なんや」
「親切にしてくれた人にはお礼したくなるものね」
思うところがあるのか、ノエリアも深くうなずく。
リヤカーを定位置に固定し、開店すると商品を取りだした。
アナといっしょにパンを食べ、それから昼食分を袋に詰める。
その間に数名の客が訪れた。
昨日見た顔もいる。
どうやら仲間を連れてきてくれたようだ。
「安くてうまかったからな。荷物も減るし、オレたちも通わせてもらうぜ」
「まいどおおきに」
昨日と違って朝から客が来てくれる。
遠巻きに見ていた連中も少し距離が近くなった気がする。
「リピーターになってもらえるのはありがたいな」
「それは『ザイオンス効果』っちゅうヤツや」
✅FIRE豆知識⓰~ザイオンス効果~
・繰り返し接触することで、興味がなかった物事や人物に対して好感を持つようになる心理的現象のこと。
・単純接触効果とも言う。
・物理的な距離が近いほど効果が増す。
「ようするに客側の心理的なハードルが下がっているわけだな」
「そういうこっちゃ」
「それにしても、よくいろいろ言葉を知ってるな」
「マーケティングの基本やで」
獅子は自分のこめかみを突いた。
仕草は憎たらしいが、オレなんかよりもずっとビジネスについて詳しい。
社長かフリーランスかはともかく、日本で商売していたのは本当のようだ。
若造だとかニートだとかバカにしていたが、認識を改めなくてはいけない。
「それじゃあ、そろそろ魔石を掘りに行くか」
朝食をすませて立ち上がる。
店番は獅子に任せ、ノエリアと3人でダンジョンに潜った。
昨日と同じ現場に着くと、さっそくアナが採掘に取りかかる。
その間はとくにすることもなく、ただ後ろで見守るだけだ。
ほかの冒険者たちの様子も眺める。
男も女もいるし、人種も様々だ。
だが目的はみんな同じ。
競うように採掘を進め、一喜一憂している。
何もしていないのはオレくらいだ。
この間にも時間は過ぎている。
残された時間はあと98日しかないのだがら、ぼんやりしている場合ではない。
オレは獅子から出された宿題について考えはじめた。
しかし、いろいろ考えを巡らせてはみたが、獅子のような発想は浮かんでこない。
「ノエリアはなにかアイデアはないか?」
「うーん。無いことはないんだけど……」
「聞かせてくれ」
「ワタシはヒーラーだから、もし負傷者が現れたら治療してあげられる」
「なるほど、ヒーリングで治療代をもらうわけか」
鉱山での肉体労働だ。
突発的な事故やケガはつきものだろう。
「きっと需要はあると思う。だけど、そういつもいつもケガ人が現れるわけじゃないし、それでお金を貰うって気が引けるのよね」
「正当な対価だとは思うが……」
パーティのメンバーなら無償でも、ほかの冒険者たちへの治療なら代金をもらってもいいのではないか。命や健康に対する報酬なのだからむしろ多く取ってもいいぐらいだ。しかし、もしアナが負傷したとして、お金を払わなければ治療しない、ということにはならないだろう。
「じゃあ、仕事後のリラクゼーションっていうのはどうだ?」
「イヤよ。力が有り余ってる男どもは、みんなやらしい目つきでワタシを見るんだもん」
ノエリアは胸の前で両手を交差した。
隠しているつもりだろうが、逆に強調されている。
改めてみるとノエリアはけっこうな美人だ。
目鼻立ちは整っているし、ブロンドヘアも流れるようにサラサラしている。スタイルも下手なモデルよりよほどグラマラスだった。
なるほど、たしかに違うサービスと誤解されるかも……。
意識すると途端に目が泳ぐ。
天を仰ぎながら、オレの場合は炎を使って何かできるか考えた。
戦闘でなら役に立つだろうが、今ここでとなると使い道が思い浮かばない。
「ホムラ、ノエリア、そろそろ良いかな?」
アナに声をかけられ、我に返った。
気づけばもう数時間は経っている。
その間に一定量石が掘れたようだ。
宿題は後回しにして、今はアナのレクチャーに集中しよう。
採れた魔石をノエリアと手分けして鑑定する。
今日は全部で8個採れた。
量や質もさほど変わらない。
この分だとまだまだ埋まっていそうだ。
しかし、魔石はともかく、アナの魔法の練習は一筋縄ではいかない。
思いつくことはひととおり試したが、これといった変化は認められなかった。
「今日はこのくらいにしましょうか」
「うん。まだ明日ね」
1日が過ぎ、魔石を回収するとノエリアにヒーリングをかけてもらう。
ダンジョンから脱出すると店に戻った。
獅子と互いに売上や進捗状況を確認し、夕食を取ったら店じまいをして街に帰る。
そんなルーチンを3日続けた。
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