第11話 初売上
まだ全貌がみえないが、客を待たせては悪い。
今は獅子の支持に従おう。
年下の上司を持ったみたいで少し抵抗があるが、それ以上にこれからどうなるのか好奇心が勝っている。先の展開を見るためにも、まずはアナに魔法を覚えさせなければ。期間はトライアルクリアに必要な魔石が集まるまでと定め、オレたちは契約を交わした。
店番を獅子に任せ、アナとノエリアと3人でダンジョンに潜る。
オレたちが見つけた鉱脈に向かったが、すでに情報が出回っているようだ。
採掘現場に着くと大勢の先客が鉱脈に群がっている。
それでもまだじゅうぶん残っているだろう。
そうアタリをつけて掘り始める。
ノエリアもつるはしを手に加わろうとしたがアナにそれを奪われてしまった。
「採掘はボク1人でやります。これはあくまでボクのトライアルですから、2人は後ろで見ていてください」
「アナがそう言うなら……」
鼻息を荒くするアナにオレは両手を開いてみせた。
つるはしを渡し、適当な岩場に腰を下ろす。
働くなと言われれば抗う理由もない。
若者の成長を傍で見守るしかなかった。
それにしても、サマになっていない。
へっぴり腰とまでは言わないが、つるはしを持ち上げるたびによろけている。
危なっかしくて見ている方が心臓に悪い。
こんな調子で冒険者になんてなれるのだろうか?
負けん気は強そうだが、これでは先が思いやられる。
まあ、オレの心配することではないのだが……。
2、30分は掘っただろうか、適当な量が採れたのでオレとノエリアで鑑定を行う。
オレもまだ覚えたてだし、炎上させないよう慎重に。
獅子に見られたらズルだとか言われそうだが、オレたちもおまけでFランカーになったのだから偉そうなことは言えない。魔石かどうか分からない石で練習しても効率が悪いし、アナが自力で魔法を発動させる感覚を身につけることが肝となる。それ以外は目をつむってもいいだろう。
「お、魔石発見!」
「こっちにもあったわ」
数十個くらい試したところで石が光った。
ノエリアと2人で鑑定した結果、大小合計10個の魔石が出てきた。
クエストクリアには足らないが、今はそれでいい。
その分魔法の練習時間が取れる。
「とりあえず最初の関門はクリアだな」
「お疲れ様、アナ。少し休んでから始めましょうか」
ノエリアがアナに水を渡す。
それをひと口飲むとアナは元気に声を張った。
「いえ、まだまだ動けます。すぐに始めましょう。さあ師匠、よろしくお願いします!」
「師匠じゃねえ、穂村だ。あと敬語もいらない」
期待の眼差しがまぶしい。
早く魔法が使いたくて仕方ないと顔に書いてある。
教えるとは言ったものの、何をどう伝えればいいのやら……。
ノエリアの言うとおり、言語で説明しようとすると難しい。
アナに魔石を渡し、それっぽいアドバイスを送った。
「まずは魔石をかざしながら、自分が魔法を使っているところをイメージしてみてくれ」
「こう?」
アナは右手で魔石を握りしめ、頭上にかざした。
目をつむり、魔法を唱えるように口をモゴモゴ動かしている。
しかし魔石は光らないし、他に変化も認められない。
色々ポーズを変えてみても結果は同じだった。
ノエリアもどうしたものかと手をこまねいている。
「うーん……どうもダメみたいね」
「やっぱりボクには資質がないのかな?」
「はっきりそう言ってあげられれば、諦めもつくんでしょうけど……こればっかりは分からないのよね」
「ノエリアは最初どうやって魔法を発現させたの?」
「ワタシは物心ついたときから使えていたから、正直まったく覚えてないわ」
才能に恵まれた者の言葉はまったく参考にならない。
「ホムラは? どうやって発現させたの?」
「オレの場合は……怒りがきっかけになったのかな?」
まだ魔法を発現させたばかりなので感覚が残っている。
バグへの殺意が過去の上司と重なると同時に、同じ過ちを繰り返そうとしている自分の弱さに怒りを覚えたのだ。
「頭のなかでスイッチが入ったような感覚が起きて、それで炎が使えるようになったんだと思う」
「ボクも怒ればいいのかな?」
「どうだろう? 魔法が発現するきっかけは人それぞれ違うんだと思う。アナにはアナの、スイッチがあるんじゃないかな?」
「あるといいなぁ」
その後もいろいろ試してみたが、この日アナが魔法を発動させることはなかった。
もう外は日が暮れる頃合いだろうか。
腹も減ったし、獅子に任せっぱなしにしている店の様子も気になる。
オレは「今日はここまでにしよう」と、アナとノエリアに告げた。
「そうね。アナ、ヒーリングをかけてあげるから、こっちに座って」
ノエリアがアナを岩場に腰掛けさせる。
魔石を握りしめながらアナの背に触れた。
淡い暖色系の光を放ち、その全身を包み込む。
黒い蒸気のようなモノがアナのからだから浮かびあがり、宙で弾けて消えていく。
体内に溜まった疲労や濁りが浄化されているみたいだった。
「ありがとう、すごくからだが楽になったよ! これならまだまだ採掘を続けられそう」
「まだ始めたばかりだし、焦らずにいきましょう」
「ほら、もう行くぞ」
ダンジョンから脱出すると外はすでに日が落ちていた。
薄暗い空の下に街の灯りがほんのりと輝いてみえる。
ダンジョンの入口付近で獅子をみつけたので声をかける。
来た時と同じ場所でリヤカーを停めて店を開けたようだ。
「戻ったぞ」
「おお、お疲れさん」
獅子はオレたちを労い、リヤカーから水筒を取りだす。
売り物だが、個人商店みたいなものだし、自分たちで消費しても問題ない。
「どや? 魔石は採れたんか?」
「ああ、10個ほどな。オレたちが掘っていた辺りには、まだまだ埋もれていそうだ」
「そら良かったな。それで、魔法の方は使えるようになったんか?」
「いや、そっちはまだだな……」
オレはチラリと横目でアナをみた。
とくに落ち込んでいる様子はない。
これまでアタリの石かどうかすら判別できなかったのだ。
「まだ猶予はありそうやな。焦らんと取り組んだらええと思うわ」
「うん。ボクもこれまでにない手応えを感じてるよ」
アナは、オレたちとこうして行動を共にできていること自体が嬉しそうだった。
しかし、この調子だと7~10日程度でクエスト達成に必要な量が集まるだろう。
早めに魔法を発動させられると良いのだが……。
「獅子の方はどうだ? 少しは売れたか?」
「こっちはボチボチやな。昼どきと夕暮れ前に水と食料が売れたわ」
リヤカーを覗き込むと、たしかに食料が減っている。
「アナも1つどうや? この魚メッチャ美味いで」
「うん、いただきます!」
アナが魚を手にし、かぶりつく。
昨日ギバー商会で食べた魚を干したものだ。
ひと口噛みしめると目を輝かせる。
「ホントだ、脂がのってて美味しい! それに、このスパイスともすごく合うよ!」
「せやろ。ワタシたちしか仕入れられんルートで手に入れた魚と香辛料で作ったオリジナルレシピや。他ではなかなか味わえんで」
「美味そうだな。オレにも売ってくれないか?」
「オレもオレも」
匂いに誘われたのか、冒険者が数人集まってきた。
「魚以外もあるのか?」
「干し肉とパンもあるで」
「じゃあ、それもくれ」
「まいどおおきに」
獅子はすぐさま注文の品を用意する。
てきぱきと配り、お金を受け取った。
冒険者たちはその場で包みを開け、料理を頬張る。
食べながら美味い美味いと言ってる。
概ね好評のようだ。
肉体労働の後だし、食欲には抗えないだろう。
すごく美味しそうに食べるアナが、客寄せパンダの役割を果たしてくれた。
獅子はこれも狙っていたのだろうか。
夕食時と重なり、ほとんど売り切った。
掻き入れ時が過ぎ、最後の客を見送る。
「毎日ここでやっとるから、また来てや」
「ボクも今日はこれで」
「ああ、また明日な」
手をふるアナを見送ると、最後まで宣伝し続けていた獅子がようやく腰を下ろす。
店を閉め、売れ残った魚を3人で食べた。
それから商品の棚卸と売上の集計を行う。
「売れた商品は魚や肉、パンが合わせて50個。水は20個やな」
食料は平均30ペソン。水は10ペソンで売ったそうだ。
となると、売上は1,700ペソンということになる。
札束と小銭を数えるとちょうど合っていた。
丸坊主ではなくてひと安心だが、同時に少し落胆もした。
「3人で1日働いてこれだけか……」
「仕入れ代や人件費を含めれば赤字ね。これなら魔石を掘った方がまだ稼げそう」
ノエリアもため息を漏らした。
魔石を掘れば1人1万ペソン以上になった。
稼ぎは10分の1以下に落ち込んだことになる。
原因は食料や水しか売れてないことだろう。
つるはしなどの装備類の方が高単価のはずだが、これらは1つも売れなかった。
みんな持参してきているのだから売れるはずがない。
これは獅子も誤算だったのではないか。
そう思ったが、当の本人はあっけらかんとしている。
獅子は「まあ初日はこんなもんやろ」と、売上を大事に仕舞う。
「ほな街に戻ってロバートのところで商品補充しよか」
「まだ続けるつもりなのか?」
「当り前やろ、なに寝ぼけたこと言うてんねん。まだ撒き餌を撒いたばっかりやで。大きい魚が集まってくるんはこれからやろ」
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