第10話 ゴールドラッシュで一番儲けたのは商人

 翌朝。

 扉を叩く音で目がさめた。

 窓から外をみるとぼんやりと薄暗い。

 まだ夜は明けきっていないようだ。

 客室から出ると、そこに待っていたのは案の定、獅子だった。


「おはようさん」

「まだ朝じゃないぞ」

「ビジネスマンの朝は早いんや。さっさと起きんと『女神の前髪』掴み損なうで」


✅FIRE豆知識❾~女神の前髪~

・チャンスは一瞬しか訪れない。

・迷っている間に逃してしまう。

・通り過ぎる前に前髪をつかまなくてはいけない。


 どんな女神様だろうと想像したが、転生したことがないので分からない。

 ぼんやりとした姿しか思い浮かばなかった。


「すぐに支度しいや。10分後には出発するで」

「その10分がどれだけ貴重か分かってないな」

「新しい装備を置いとくから、使ってや」


 飄々と自分のスケジュールを進めていく獅子に恨めしい顔を向けても通用しない。

 天然で呪いの無効化スキルを身につけていそうだ。


 眠い目をこすりながら身支度をすませる。

 支給された服はこちらの世界の織物らしい。

 シンプルだが着心地が良かった。

 靴も丈夫で歩きやすい。

 これなら長時間歩いても疲れなさそうだ。


 表に出ると獅子がリヤカーを引いて待っていた。

 シートで覆われてなかは見えないが、たくさんの物資が積まれているようだ。 


「なにが入ってるんだ?」

「それは着いてからのお楽しみや」


 ほどなくしてノエリアも合流した。

 3人とも似たデザインの装備だ。

 パーティでそろえたということだろうか。

 ペアルックみたいで恥ずかしい。


 そんなことは気にも留めず、獅子はリヤカーを引いて揚々と歩きだす。

 向かう先は鉱山のようだ。

 ブラックリィに侵入しないよう、街の境界に添って迂回しつつ、ダンジョンの前まで辿り着いた。


 まだ早朝だというのに、すでに冒険者たちが一攫千金を求めて集まっている。

 バグが待ち伏せしていたり、占領していないか心配だったが、どうやら杞憂のようだ。いざとなれば炎で追い払うこともできるだろうが、相手もバカじゃない。なんらか対策を練ってくるはずだ。


 オレはまだ魔法についてほとんど何も知らない。

 戦わずに済むならそれが一番だ。


「それで、また鉱山に戻ってきて何をするつもりなんだ?」

「もちろんビジネスや。これを見てみ」


 獅子はリヤカーからシートを外した。

 なかにはたいまつや新品のつるはし、バケツにヘルメットや靴などがある。

 パンや水などの食料品もたくさん積まれていた。

 こんなにたくさん、どうしたんだろう……。

 寝ぼけていて気が回らなかったが、考えてみれば今着ている服や靴だってタダじゃないはずだ。


「もちろん、ロバートから買うたんや」

「買ったって、これ全部か!?」

「リヤカーはリースやで」


 ギバー商事はリース事業も手掛けているらしい。

 いや、問題はそこじゃなくて……


「これだけ買うのにいくら使ったんだ?」

「2万5,000ペソンや」

「魔石を売ったお金ほとんど全部じゃないか」


 獅子とノエリアの分、それからオレが獅子に返した借金分を含めてという意味だ。


「稼いだお金はぜんぶ自分のビジネスに投資する。それがお金持ちへの最短ルートや。穂村もよかったら出してくれへんか?」

「それはまあ、かまわないが……ビジネスってまさか、また魔石を掘るつもりじゃないだろうな?」


 これだけあれば延々掘ってられるだろう。

 だが、それではトライアルを繰り返しているだけだ。

 100日で1億ペソンなんて到底届かない。

 3人がかかりで夜通し掘って3万少々だぞ。

 これのどこが最短ルートだというのだ? 


 やはり若造の考えることなんてこの程度なのか……。

 ロバートはどう評価したのだろう。

 すくなくともオレは1万ペソンすら出したいとは思わない。


「ちゃうちゃう。これは商売道具やけど、ワタシたちが使うわけやない」

「じゃあ誰が使うんだ?」

「もちろん、ここに集まっとる連中や。穂村は『ゴールドラッシュ』で一番儲かったんは誰やと思う?」

「そりゃあ、デカい鉱脈を掘り当てた誰かだろう。名前まで残っているのかは知らないが」

「そう思うかもしれんが、じつは違う。ホンマに大儲けしたんはな、商人たちなんや」


✅FIRE豆知識❿~ゴールドラッシュ~

・新しい金鉱脈が発見された地へ一攫千金を狙う採掘者が殺到すること。

・じつは一攫千金を求めて鉱脈に群がる連中はほとんど儲けていない。

・本当に儲けたのは採掘者に道具を売った者たちだった。


 獅子はリヤカーからシートを外し、それを地面に広げる。

 シートの上につるはしやヘルメットなどを陳列していく。

 最後に幟を立てると即席の露店が完成した。


「なるほど、仕入れた商品を冒険者たちに売ろうというわけだな」

「せや。みんなここには魔石を掘りに来とるわけやから、つるはしの需要がないわけがないからな。水や食料も同じや。にもかかわらず、競合相手が1人もおらん。まさに『ブルーオーシャン』やなって思っとったんや」


✅FIRE豆知識⓫~ブルーオーシャン~

・ブルーオーシャンは需要があるが競合がいない・少ない市場を差す。

・競合相手がいないので儲けやすい。

・逆に強豪がひしめく市場をレッドオーシャンという。


 なるほど、たしかに需要はありそうだ。

 オレたちも採掘時はいろいろと苦労した。

 装備はつるはしとバケツだけで、水や食料はおろか、たいまつすら持っていなかったのだ。だが、それは完全に知識不足と準備不足だっただけで、ふつうは装備を整えたうえで登ってくるのではないか? 


 事実、珍しそうに遠巻きに見ている連中はいても、近寄ってくる者はいない。


「商品を売るにしても街のなかの方が良いんじゃないか?」

「街でやってもええけど、それやとロバートとも競合してまう。それに、ワタシはこっちの方が可能性を感じる。もちろん、ただ並べとくだけではなかなか売れんやろうけどな。とりあえず見込み客探そか」


 獅子はあたりをキョロキョロ見渡しはじめる。

 この場で買ってくれそうな客ってどんな人がいるだろう? 

 丸腰で訪れる者がいるとしたらバグのような商人だろうか? 

 しかし、ヤツは採掘するために登ってきたわけじゃない。


 趣味の登山客もいないだろう。

 物見遊山にしては観光資源が乏しい。


「いや、メインターゲットはあくまでも冒険者や。お、あの子とか良さげやな」


 客を物色していた獅子が動きだした。

 1人の少年に声をかけ、なにやら話している。

 しばらくすると少年とともに戻ってきた。


「名前はアナっていうそうや」獅子が紹介した。

「よろしくお願いします」アナがぺこりと頭をさげる。


 歳は10代半ばくらいだろうか。

 まだあどけなさを残している顔立ちだ。


 この歳でももう職に就く子がいるんだな。

 しかし、未成熟な体格は小柄で痩せている。

 顔もどちらかというと美形で冒険者らしくなかった。


 一方で身なりは良くない。

 装備はある意味冒険者らしいといえる。

 正直お金を持っていそうに見えないが、客であることには間違いない。

 営業職の経験は無いが、それっぽく応対した。


「えっと、なにをお求めで?」

「ボクは魔石がほしいです」

「あるにはあるが……え? アナは魔石を採りに来たんじゃないのか?」

「そのつもりです」

「じゃあ、たいまつとつるはし、それからバケツが必要だな」

「それなら持ってます」


 アナは「ほら」と掲げてみせた。

 まあ、ずっと見えていたから言われるまでもないのだが……。


「じゃあ、水と食料か? 長時間の作業は腹が減るもんな」

「それもちゃんと持参してきてます」


 アナはぶら下げている鞄をポンと叩く。

 オレは困惑し、横目で獅子にヘルプを送った。


「アナはまだビギナーらしくてな、半月ほど前に冒険者登録したばかりなんやと」

「それは年齢的にも察しがつくが……」


 どういうつもりでアナを連れてきたんだ、と問うているのだが、さすがに客の目の前では口にできない。

 獅子もオレがなにを知りたがっているのか理解はしているようだ。


「冒険者に登録したまではええんやけど、何度トライアルに挑戦しても全然クリアできんくて困っとるらしくてな。力も弱いし、魔法も使えるかどうかもまだ分からん。そんな状況やからパーティを組んでくれる人も誰もおらんらしくて……仕方なくソロで活動しとるそうなんや」


 要するに『ぼっち』というわけだ。

 若干シンパシーを覚えるが同情している場合ではない。


「そんなわけで今日も1人で挑戦しようとしとるみたいでな、ダンジョンに潜ろうしとるところで声をかけたっちゅうわけや。『魔石の採り方を教えたる』ってな」

「魔石の採り方?」

「せや。ノエリアと穂村で方法を教えるんや」


 オレはますます困惑した。

 商売をしに来ているはずなのに、なぜ他の冒険者にレクチャーしなくてはならないのか? 

 だいたい、採り方といったって石を掘るだけではないか。


「たしかに石は自分で採掘できる。けど、魔法の発動はそうはいかん。せやからコツを教えてやってほしい。一定期限を設けて、自力で魔法を発現させられるまでサポートしようっちゅうわけや」

「なるほど、やっぱり問題になるのは魔法なんだな」


 パーティに魔法が使える者が1人でもいれば鑑定もできるのだろうが、ビギナーはそこから課題になる。ソロプレイとなれば尚更だ。しかし、教えたからといって必ず魔法が使えるようになる保証もないのだが……。 


「そのときは魔法をあきらめて、シーフになります」


 アナは力強くそう言った。

 非力だから戦士は無理で、魔法も使えないとなると残るはそれくらいだろう。


 しかし、シーフといえば聞こえは良いが、ようするに盗人の類である。

 冒険者の職業の1つではあるのだろうが、コンプライアンス違反のような気がするのはオレが日本人だからだろうか。なんとか魔法を使えるようになってもらいたいものだ。


「うーん、教えるのはかまわないが……」


 オレは獅子に腕をまわす。

 2人でアナに背を向け、小声で話す。


「おい、この子に魔法を教えてどうしようってんだ? 授業料でも取ろうって魂胆か?」


 そうだとしても、仕入れた商品とは無関係だ。

 初めから情報を売る目的ならそれに専念すればいい。


「いや、魔法のレクチャーでお金を取るつもりはない。無料体験みたいなもんや」

「通販番組なんかでよく見かける『初回無料お試し無料』みたいなヤツか」

「客には商品を購入するまでにいくつかの心理的なハードルがあるんや。しかもワタシたちはよそ者ときとる。コネも伝手もない土地で初めての客にモノやサービスを売ろう思ったらそのハードルはさらに上がる」


 たしかに、オレたち日本人に対して訝しんでいる雰囲気は感じる。

 警戒されていては売れるモノも売れないだろう。


「せやから、このハードルを下げるために、初回は無料にして、気に入ったら次回からは有料で購入してもらおうっちゅうわけや」


 おぼろげながら獅子の戦略がみえてきた。

 まず、魔法のレクチャーで客を引きつけ、興味を持ってもらったところで商品を買ってもらおうというわけだ。しかし、そこから商品購入までどうやって話を持っていくのか想像がつかない。


「ほかにもアナにはいくつかの役目がある。商売を進めながら実際に見てもらった方が理解できるやろう」

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