第二章 商売開始

第9話 商談

 ロバートの一団に連れられ、隣町に着いた。

 こちらの街は『ホワイティア』という。

 通行料はロバートが支払ってくれた。


 街の規模はブラックリィと変わらないが、街並みは美しく整備され、清潔感がある。なんとなく見覚えがあると思ったら、前回訪れた際に寄った街がホワイティアだった。


 ホワイティアは商店が多く軒を連ね、往来には活気がある。

 騒がしい雰囲気がイマイチ気に入らなかったが、ブラックリィの実情を知った今はこちらの方が暮らしやすそうだと思える。


「オレたちに卸してくれるなら飯と宿を奢ろう。ホムラとシシと言ったか。キサマたちの母国や、これまでの冒険の話をきかせてくれ」


 ギルドで魔石を換金するつもりだったが、ロバートが買い取ると言いだした。

 ノエリアは「ロバートはバグと違って信頼できる。適正価格で買い取ってくれるわ」と言った。オレも彼の言葉を信じた。宿を探す手間も省けるし、ありがたく提案に乗らせてもらう。


 ロバートに連れられ、ギバー商事に足を運ぶ。

 こちらもテイカー商会に負けず劣らず大きな屋敷だ。

 商談ルームに通されると、まずは魔石を査定してもらった。


 価格はバケツ一杯で3万6,000ペソン。

 ノエリアがはじいた概算見積もりよりすこし多い。

 1人あたりの儲けは1万2,000ペソンになる。


 オレはすぐさま残りの借金を獅子に返した。

 これでようやく完済だ。


 お札に描かれた肖像が誰なのか知らないが、諭吉と同様大事に財布に仕舞う。

 やはり懐があたたかいと安心する。

 今日の食費と宿代も浮くし、半月以上しのげそうだ。


 換金後はロバートとテーブルを囲み、ともに食事をとった。

 こちらに来てようやくまともなディナーだ。

 出されたのはパンとスープ、それにサラダ。

 スープはかぼちゃっぽい味がした。


 メインは魚だ。

 脂がたっぷりのっていて旨い。

 香辛料が独特の香りをしているが、ほどよい辛みがクセになる。

 獅子がいたく気に入り、頬張りながら絶賛した。

 ロバートも誇らしげにうなずく。


「この近海でしか取れない魚でな。この時期は産卵前で脂がたっぷり乗ってるんだ。それにこの香辛料がよく合う。このメニューを提供できるのはオレたちだけだ。なにせ仕入れルートの開拓クエストはいずれも『難易度B』だからな」


 ノエリアはサチコの奪還をC-だと評していた。

 それよりさらに難易度が高いことになる。

 話をきいていると大航海時代さながらである。

 案の定、獅子が食いついた。


「ロバートのところは他にどんな商品を扱っとるんや?」

「うちは総合商社だ。食料品から日用品、魔石や武器まで、人が生活していくために必要なモノはなんでも扱っている。ほら、酒もあるぞ」 

「おおきに。けどワタシは下戸やねん」

「オレが呑むよ」


 元々飲めない口ではないし、アルハラには慣れている。

 ビールのような発泡酒が出されたのでそれを口に含んだ。

 苦味は強いが後を引く。

 この入手難易度はFらしい。

 要するに大衆向けだ。


 食事を終えると、酒を片手に今度はオレが事の顛末を報告する。

 まずは、ゲートが壊れて日本に帰れなくなったことを話すと、ロバートは渋い顔をつくった。


「オレも気にしてはいたんだ。異世界の国々と国交を結べれば新たな産業を興せるしな。ゲートも定期的に巡回していたんだが……」

「炎が狼煙となって異変に気づいたわけだ」

「まさか異世界の者でも魔法が使えるとはな。炎の使い手は珍しくないが、能力に目覚めてすぐにあそこまで巨大な炎を操る者は稀だ。修行を積めばきっとさらに強くなれるだろう」


「やはりレベリングした方がいいだろうか?」

「そりゃあ、冒険を続けるならスキルは高めておくに越したことはない」

「いや、ギルドに所属してはいるが、冒険者になるつもりはなかったんだ」


 こちらの世界でFIREを目指すという獅子の言葉に釣られ、その足掛かりとして冒険者になり、魔石を掘っていたのだが……。鉱山でバグと出会い、状況が一変してしまった。


「バグの奴隷として働いているサチコを助けるために、100日以内に1億ペソン作らなければいけないんだ」

「たしかに、去り際にバグがそんなことを言っていたか……時代錯誤だし、オレも廃止にしたいと思っているんだがな。いかんせん法律を決めるのは国王だ。オレたち一介の商人がどうこうできる問題じゃない」

「あの、ロバートさんのお力でもサチコちゃんを救えないのでしょうか?」


 ノエリアがきいた。

 たしかにロバートなら1億用意できるかもしれない。

 オレも期待を込めて顔色をうかがったが、どうも難色を示している。


「もちろん、1億だけなら用意できなくはない。だが、この世界には何万という奴隷がいるんだぞ」

「べつに全員を助けてほしいとお願いしているわけではありません」

「1人だけ特別扱いするわけにはいかない。ワレもワレもと奴隷たちが押し寄せてくる。そうなったらオレたちだけでは面倒を見切れない。だいたい、そのサチコとかいう奴隷を助けてギバー商事になんのメリットがある?」


 メリットなんて無い。

 断言できる。

 オレにも身に覚えがあった。

 安易に引き請けようものなら『コイツは頼めば何でもやってくれる』と味を占められる。


 やってもらえて当然と思われたらデメリットしかない。

 ひたすら集られ、消耗するだけだ。

 それだけじゃない。

 断れば『ケチ』だの『使えないヤツ』などと罵られ、悪い噂を流される。

 だからオレもロバートをケチだとは思わない。


 お金にならないことはしない。

 残酷だが、これが資本主義の現実だ。


「メリットならあるで」獅子がお茶をすすりながら言った。「ワタシたちの世界じゃ奴隷制度は通用せん。『コンプライアンス』違反やからな」


✅FIRE豆知識❽~コンプライアンス~

・法令順守。

・社会規範に反することなく公平・公正に業務を遂行しなけらばならない。

・違反すると社会的に厳しい罰則や制裁を受ける。


「こっちとはルールが違うっちゅう話や。奴隷なんて使ってるって知れたらそもそも交渉のテーブルにさえつけへんで」

「オレたちは使っていない」

「まあ、そう慌てんと。ワタシらもタダで1億出してくれとは言わん。どうやろう? ここはひとつ、ビジネスの話をしようやないか」

「うまい儲け話でもあるのか?」


「サチコちゃんを助けることができて、ゲートが復旧した暁には、ワタシが日本との橋渡し役をしたる」

「キサマにそんな大役が務まるのか?」

「もちろんや。任せとき」


 獅子は胸を張ってドンとかまえてみせた。

 酔ってもいないのにやたらとビッグマウスだが、安請け合いしてだいじょうぶなのだろうか。正式に国交を結ぶのはお上の仕事だろうに……。ロバートも眉唾だと言わんばかりのリアクションだ。


「それがほんとうに可能なら1億出してもかまわないが……言葉だけでは信用できない。担保というか、保証が必要だ。つまり、キサマたちが信用に足る人物なのか証明してほしいのだが」

「いや、サチコちゃんの救出資金は、あくまでワタシたち『ファイア・ライオン』が1億稼いで貯める。それなら奴隷を助けてもギバー商会に迷惑はかからんやろう?」


「だがどうやって1億稼ぐつもりだ? 元手はほぼゼロで、期限はたった100日しかないんだろう?」

「ワタシたちも商売できるよう許可を与えてほしいんや」

「冒険者じゃなくて、商人になるのか?」

「ワタシは元々ビジネスマンや。そっちの方が性に合っとる。もちろんギバー商事にもメリットがあるように取り計らう。ロバートの店で扱っとる商品を卸してもらって、それらを使ってワタシらで新しいマーケットを開拓したる。それならリスクもないし、成功すれば信用してもらえるやろ?」

「すでにビジネスのアイデアがあるんだな?」


 獅子とロバートは商談を続けた。

 商品の品ぞろえや物流、相場やこちらの世界の法律など多岐に及ぶ。

 しばらく同じ卓を囲んで話を聞いていたが、分からない単語が多くてついていけない。


 異世界の言葉かと思ったが、どうやら経済の専門用語らしい。

 2人の間ではきちんと会話が成立している。

 オレにとっては眠りを誘う呪文みたいだ。

 睡魔に耐え切れず、先に休ませてもらうことにした。


 ノエリアにヒーリングをかけてもらう。

 打撲や出血痕が癒え、痛みは消えたが、代わりに疲労が押し寄せてきた。

 精神的なストレスが大きいと思う。

 命を狙われるなんて、日本では経験したことが無かった。

 あらためて異世界に来たのだなと実感する。


 客室に通されるとすぐさまベッドに倒れ込んだ。

 ほとんど丸2日寝ていない。

 徹夜で魔石を掘り続け、戦闘を繰り広げた後だ。


 からだのあちこちが痛い。

 ノエリアのヒーリングがなければ、明日は間違いなく筋肉痛になっていたな。

 しかし、このまま2、3日ゴロゴロ寝ていたいが、おそらく明日にはもう獅子は動き始めているだろう。


 いったいどんなビジネスを始めるつもりなのか……。

 すでに構想はあるようだが、まだマニィに来てから1週間しか経っていない。

 どこに1億もの大金を生み出すアイデアが転がっていたのだろう。

 まったく検討もつかない。


 オレには見えていないなにかが獅子には見えている。

 それがなんなのかオレも見てみたい。

 気は昂っていたが、考えているうちにオレは眠りについた。

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