第7話 需給と適正価格

 ギルドを出発し、すぐに鉱山へ向かった。

 街から出たとたんに野犬に吠え立てられたが、たいまつを持っているので近づいてはこない。


「どちらかというと盗賊とエンカウントする方が怖いわ。一応アナタの方が腕力があるでしょうから、もしものときは頼りにしてるわよ」


 オレが前衛を務め、ノエリアが後方支援役にまわっている。

 戦士が前で魔法使いが後ろという一般的なフォーメーションだ。

 だが、オレはろくにケンカをしたことがない。

 きっと瞬殺されるであろうことは伏せておく。


 ぶじに鉱山に着くと休む間もなくダンジョンに潜る。

 昼間と違って人の姿はない。

 ルートは憶えているから迷わなかった。

 しばらく進むと奥からつるはしを振るう音がきこえてきた。

 獅子だ。赤い髪がよく目立つ。


「なんや、穂村。戻ってきたんか――って、ノエリアもおるんかい。もしかしてタイムオーバーか?」


 ノエリアを見て獅子が肩を落とした。


「いいえ、違うわ。ホムラから事情をきいて助太刀しにきたの」

「ノエリアもパーティに加わったんだ。彼女もサチコのことを心配している」


 オレは獅子に、テイカー商会の評判をきかせた。

 ほかの冒険者たちもサチコを何とかしてやりたいと思ってはいるが、みんな怖気づいていることも。


「テイカー商会の実態を知った今も、獅子はまだクエストを続けたいと思うか?」

「もちろんや。あくどい商売しとるなら、なおさら退けん。絶対にクリアするで」


 それを聞いてノエリアは「安心した」と胸を撫でおろした。


「穂村はわざわざそれを伝えにきたんか?」

「魔石の取り分を渡しにきた」

「穂村が掘った分の取り分やろ。ワタシはべつにええで」

「なら借金の返済分として受け取れ」


 オレは懐から硬貨を取りだして差し出す。

 獅子は「そうか、おおきに」と硬貨を受け取ると、無造作にポケットに突っ込んだ。今はそれどころじゃないと言いたそうだ。


「残りはおまけでご破算にしといたる。穂村とはこれでパーティ解散やな。あとはノエリアと2人でなんとかするわ」

「いや、オレも続ける」

「なんでや? あんなにイヤがっとったのに」

「ノエリアからきいたんだが、ギルドに所属してクエストを請けていれば、提携している店で宿や飯が割安になるんだそうだ」


 という理由は建前で、本当はバグの顔と昔の上司の面影が重なったからだ。

 サチコの件もあるし、パワハラ野郎をのさばらせておくわけにはいかない。


 移住先は平和であってほしい。

 いくら物価が安くても住み心地が悪いのはイヤだ。


 もちろんオレのちからで解決できるとは思っていない。

 だけど、獅子ならなんとかしそうな気がする。

 根拠はない。

 この世界の言葉を借りて表すなら、『魔力』を感じる。


 あるいは、オーラとでも称すのだろうか。

 この男は人を惹きつける何かを持っている。

 だから、この先どうなるのか近くで見ていたい。

 そんなセリフは恥ずかしくて口に出せないので、代わりに鼻を鳴らして嘯いた。


「だからまあ、日本に帰れる日が来るまではつき合ってやるさ」

「ふーん……まあ、そういうことにしといたるわ」

「ほら、飯だ。受け取れ」


 カバンからパンを取りだし放り投げる。

 獅子はつるはしを手放し、それをキャッチした。

 長い間掘り続けていたのだろう、両手のあちこちがボロボロに擦りむけ、血豆ができている。


「助かるわ。なんやかんやで腹は減っとたんや。お代はいくら払えばええ?」

「いらねえよ。奢りだ。それを食べたらすぐに再開しよう。明日になったらバグが仲間を連れて鉱脈を独占しに来るかもしれない。今のうちに採れるだけ採ってしまおう」


 パンを食べ終えると、オレたちはつるはしを手にし、岩盤を掘っていく。

 採れた石をノエリアが鑑定する。

 いくつかの石が光った。


「やっぱりアタリね。この調子ならかなり出るかも」

「おっしゃ、あると分かったらあとはガンガン掘り進めるだけや」


 3人で黙々と作業を続ける。

 数時間後にはバケツいっぱいの魔石が採れた。

 ノエリアが眠そうに目をこする。


「どれも質はイマイチだけど、燃料にするには充分だわ」

「じゃあ、クエストはクリアってことでいいのか?」

「そうね。魔法は使えなくても、戦士としてじゅうぶんなスタミナがある。おまけだけど、ビギナーから『Fランク』に昇格させてあげるわ」


 だいぶ下駄を履かせてもらっているようだ。

 それでも一応はクエスト達成ということで初心者からは脱出となった。


 獅子が「魔法使いたかったなぁ……」とため息まじりに天を仰ぐ。

 発掘した魔石をいくつか試してみたが、結局オレも獅子も発動させられなかった。


「まだ完全に資質がないと決まったわけじゃないわ。クエスト中に発動することもあるから、レベリングしながら期待しましょう。さあ、ギルドに持って帰って換金するわよ」

「いやはや、深夜まで残業ご苦労さん」


 空洞に粘り気のある声が響いた。

 入口の方だ。

 みればバグが立っていて、緩慢な動きで手を叩いている。


「みんな働き者だな。ワシはうれしいよ」

「どうしてアナタがここに?」


 ノエリアが身を翻し、腰を落として身構える。

 空気がかわり、急に殺気立った。

 あきらかに臨戦態勢に入っている。


「オマエはたしか冒険者ギルドの者だったか。まあそう睨むな。さきほどこの鉱山を買収したものでね、視察に来ただけだよ」

「買収ですって? あり得ない。鉱山はみんなのモノよ!」

「それは違う。所有権は権利書を持っている者にある。この山はもちろん、今オマエたちが手にしている魔石もワシのモノだ。さあ、そのバケツを渡してもらおうか」


「バカを言うな!」オレは怒鳴った。「ひと晩苦労して掘り当てたのに、横取りされてたまるか!」

「おやおや、お客様かと思っていたのに、どうやら冒険者崩れのシーフだったようだ。大事に資産を奪われてはかなわん」


 バグが片手をかざす。

 すると鎧に身を包んだ兵士がなだれ込んできた。

 主を護るように隊列を組み、前衛が槍をかまえる。


 コイツらがガーディアンか。

 10名以上はいる。

 どいつもギルドにいた冒険者たちよりずっとレベルが高そうだ。

 ゲーム序盤で発生する負け確イベントみたいに思える。


「さあ、おとなしく渡せ。そうすれば痛い目を見ずにすむぞ。心配しなくても、鉱夫としての報酬は払ってやる」

「武器を向けておいてそんな戯言信じられるか!」

「ちょい待ち」


 バグに喰ってかかろうと前にでたが、獅子にとめられた。


「報酬はいくらもらえるんや?」

「そうだな……。1日1人につき300ペソン払ってやろう」

「ノエリア、このバケツ一杯の魔石、正規のルートで売ったらいくらになる?」

「どんなに安く見積もっても3万ペソンにはなるでしょうね」

「おい、バグ。日本と貿易する言うたな。いったいいくらで売る気や?」

「そんなこと企業秘密に決まっているだろう。部外者に教えられるか」


 いったいどれだけ暴利を貪るつもりだろう。

 オレには魔石の相場なんてわからない。

 だが、1日の労働で300ペソンはあきらかに安すぎる。

 というか割に合わない。

 獅子も頭のなかでそろばんを弾いたようだ。


「いずれにしても、アンタがつけた価格で売買するようなアホはおらん。そんなに魔石が欲しかったら1人最低でも1万ペソンは払ってもらわんとな」

「それこそ法外だな。鉱夫の給料はそんなに高くない」

「マニィよりも物価が高い日本を相手にするなら『需給』のバランスが変わる。人件費を上げても元が取れるはずや」

「わざわざコストをあげるバカがいるか」

「商人なら『適正価格』でビジネスせんかい!」


✅FIRE豆知識❻~需給と適正価格~

・モノやサービスの価格は一定ではない。

・需要と供給で価格が決まる。

・独占や買い占めで価格を吊り上げるやり方は、公平な経済活動を妨げる。


「もちろんクリーンな商売を心がけてはいるさ。だが、今しているのは交渉じゃない。魔石を盗もうとする犯罪者に恩赦を与えてやろうというワシの計らいだ。さあ選べ。冒険者として採掘した石を売るか、罪人奴隷として一生ここでタダ働きするかをな」

「どっちも嫌や!」

「なら恩赦は無しだ。モノども、コイツらを捕らえろ!」


 バグが合図を送るとガーディアンが一斉に襲いかかってきた。

 こちらは3人しかおらず、しかも実戦経験があるはノエリアだけだ。

 ろくに装備もしていない状態で、1人で3人以上相手にすることになる。

 オレはつるはしをかまえたが、腰が引けて思うように足が動かない。


 ノエリアが魔石を手にし、呪文を唱えた。

 魔法陣が浮かび、ノエリアを中心にオレと獅子にもシールドが展開される。


 そこにガーディアンが槍で突いてきた。

 シールドがそれを弾き返す。


 その間にノエリアが魔石を2つ宙に投げ、魔力を込めた。

 オレと獅子にバフがかかる。


「おお、なんかからだが軽うなったで!」


 獅子がその場で軽く跳躍した。

 難なく1メートルはジャンプしている。


 オレもバケツが軽く感じる。

 だが、これで戦況が好転するとも思えない。

 ノエリアがオレたちの手を引き、大きく右に跳んだ。


「倒す必要はないわ。魔石を持って逃げましょう。テイカー商会も隣の街では問題を起こせない」


 ノエリアに従い、バケツを抱えて脱出を試みる。

 フェイントをかけ、ガーディアンたちを奥に誘う。

 隊列が乱れたところで急旋回し、隙を突く。

 3人そろって出口に走る。


「急いで。魔法陣はそれほど長くはもたない!」

「分かってるが足場が悪い」


 バフをかけてもらっているとはいえ、魔石を抱えながら岩の上を走るのは大変だ。

 これではバグたちを引き離すことができない。

 後方から攻撃を受けるたびにシールドが傷つき、剥がれ落ちていく。

 ガーディアンは魔法も使えるようだ。

 魔石が弾丸のように衝突し、そのたびにシールドが大きく破壊される。


「こっちも応戦できる魔法は無いのか?」

「ワタシが使える魔法は回復と補助系だけ。攻撃魔法は使えない。アンデッドならともかく、対人では無力よ。戦おうなんて思わず逃げることに集中して!」


 ノエリアは魔石をまた1つ手にし、魔法をかけ直す。

 壊れかけたシールドが修復されていく。

 その光とは別に前方から光が差しこんだ。


 出口だ。

 もうすぐ夜明けを迎えようとしている。

 ダンジョンから脱出するとノエリアは太陽の方角に向かった。


 その後に続き、鉱山を駆け降りる。

 バフのおかげで飛び降りても平気だった。


 麓まで下りるとゲートがある方へ向かう。

 街からは外れたルートだ。


「ノエリア、ギルドに戻らないのか?」

「街に迷惑はかけられない。隣街で商売をしているギバー商事なら、事情を話せば匿ってくれるかも」

「信頼できるのか?」

「テイカー商会と敵対しているし、ボスは信頼に足る人物よ。でも、忙しい人だから……なんとか会えるといいけれど」


 草原に出るとさらに東へ進む。

 逃げ足は加速しているが追手は振り切れていない。

 それでも足許が平坦で走りやすくなった分、引き離してはいる。

 少人数で軽装だし、機動力だけならこちらが有利かもしれない。


 だが武力では圧倒的に劣る。

 弓矢や弾丸となった魔石が継続的に飛んでくる。

 シールドで攻撃を無効化できているうちは安心だ。


 隣街との境がみえた。

 まだ復旧はしていないがゲートも近い。

 関所などはなく、かんたんな柵が設けられているだけだ。

 鳥居のような門もあるが、扉はついていない。

 無人だし、ここで足止めをくうことはなさそうだ。


 オレは胸を撫でおろした。

 魔石も充分にあるし、このまま逃げ切れる。

 そう思ったが、街の境界に差しかかったところで突然シールドが消失した。


「どうした? 早くシールドを補強しないと」

「ダメ、急に魔法が発動しなくなったわ!」


 ノエリアが手にしていた魔石の光が弱くなっている。

 ほかの石を取りだし、魔力を込めようとしているが、なにも起きない。

 気づけばバフも消えていた。


 からだが一気に重く感じる。

 魔法が切れたとたん、急に不安が襲ってきた。


 走りながら後ろを振り返ると弓矢が複数飛んできている。

 オレはとっさに頭を抱えて蹲った。

 ギリギリのところで頭上をかすめていく。


 本当に殺意を向けられている。

 死を実感し、青ざめた。


「痛っ!」


 隣で悲鳴があがった。

 矢がノエリアをかすめたのだ。

 足をもつれさせて転倒する。


「だいじょうぶか!?」


 獅子が駆け寄り、ノエリアを抱き起こした。

 もたついている間に周りを囲まれる。

 追いついたバグが、オレたちを見下ろした。


「どうやらうまくトラップが発動したようだな」

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