第6話 見た目は弁護士 心は詐欺師

 幸せになるべき、か……。

 たしかに個人の自由は尊重されるべきだ。

 そこに異論はない。


 だが、しょせんオレたちはよそ者だし、こちらの世界にはこちらの文化がある。

 オレは、世界を救うスーパーヒーローではないし、影響力のあるインフルエンサーでもない。獅子の高いモチベーションを羨ましくも思うが、オレにはついていく気力なんて残っていなかった。

 

 魔石を換金してもらって借金を返そう。

 あとはそれぞれが好きにすればいい。

 ため息をつきながらオレは1人でギルドに着くと、ノエリアが出迎えてくれた。


「お帰りなさい。あら、アナタ1人なの? お連れは?」

「また鉱山に向かった」

「ずいぶん粘るのね」

「オレはもう諦めるよう諭したんだが……」

「アナタはギブアップ?」

「1つだけ持ち帰った。確認してくれ」


 魔石を取りだし、手渡す。

 ノエリアがそれを握りしめてかざすとちゃんと光った。


「うーん、小さくてあまり質は良くないけど、たしかに魔石ね」

「買い取ってもらえそうか?」

「ノルマ分には足りないけど、この分は支払いましょう」

「助かる」

「魔石はアナタが見つけたのかもしれないけど、これはパーティ全体への報酬の一部だから、相方にも分けてあげなくちゃダメよ」

「わかってる」


 受け取った報酬は600ペソンだった。

 折半するとオレの取り分は300ペソンになる。


 宿代には足りないが、夕食にはありつける。

 だがそれで終わりだ。

 獅子への返済もできない。

 取り分は明日渡しに行こうか、それとも……。


「浮かない顔しているわね。ケンカでもしたの?」

「いや、そうじゃない。ここで飯は食えるよな? 食べながら順を追って説明するよ」


 オレは300ペソンで頼めるだけ料理を頼んだ。

 パンをかじりながら鉱山での顛末をノエリアにきかせる。

 半日かけて採掘したが、2人とも魔石かどうか見分けられなかったこと。

 諦めて帰ろうとしたとき、バグと名乗る商人が魔石の鑑定をしてくれたこと。


「それで結局2つ見つかったんだが、鑑定してもらう報酬として1つはソイツに渡したんだ」

「アナタ、バグと取引したの?」

「そうだが……何かまずかったか?」

「そうか、アナタたちよそ者だったわね」


 ノエリアは舌打ちし、苦虫を嚙み潰したようにすごくイヤそうな顔をした。


「忠告よ。『テイカー商会とはかかわるな』。これはこの街の冒険者たち……いえ、すべての住人にとって暗黙の了解なの」

「アイツそんなに嫌われているのか?」

「嫌うなんてモンじゃないわ」


 ワタシが言ったなんて誰にも言わないでよねと前置きし、ノエリアはバグとテイカー商会について語り始めた。

 あくどい商売で儲けていること。

 不当な価格で魔石を売りさばいていること。

 平気で人を騙したり奪ったりすることなど。


「そんなに悪いヤツには見えなかったけど……」

「いまだに奴隷をこき使っているようなヤツが善人だとでも? 『見た目は弁護士、心は詐欺師』ってね。アナタ、本物の泥棒がほっかむりして唐草模様の風呂敷担いで歩いているところ見たことある?」


✅FIRE豆知識❺~見た目は弁護士、心は詐欺師~

・言っていることとやっていることが一致していない者。

・誠実そうに見せかけていても商売のために取り繕っているだけ。

・不動産や銀行業界に多い。


「アナタも間違いなく騙されてるわよ」

「なぜそんなことが言い切れるんだ?」

「アイツ、普通の石も全部欲しいって言ったんでしょう? あそこの石は脆くて建築資材には向かないわ。耐久性がないから真っ当な商人なら扱うはずがないの」

「そんなバカな」


 否定しつつも、イヤな汗がオレの背中を伝う。

 思い返せばたしかにつるはしでかんたんに掘り崩せた。


「なら、何でアイツは石を欲しがったんだ?」

「答えはかんたん。最初から魔石が混ざっていると見抜いていたからでしょう。木を隠すなら森の中ってね。きっと鉱脈に当たっていたんだわ」

「見つかったのはたった2つだけだぞ」

「演技していたんでしょう。魔力のコントロールなら駆け出しの冒険者だってできるわ」

「魔石を掴んでいてもわざと光らせなかったってことか!?」


 まさか異世界に来てまで詐欺に遭うとは思わなかった。

 いや、ここは日本ほど治安が良いわけじゃない。

 街の治安が悪いという情報も、テイカー商会が関係していたのかもしれない。

 そんなことは事前に調べていたはずなのに……。


 旅先だからこそ注意すべきだったが、実際に自分の身に降りかかるまで実感なんて湧くものではない。それに、たとえ交渉の時点で気づいたとしても、断れただろうか? どのみち鑑定してもらわなければ真贋の区別はつかなかったのだ。


「今日にでも採れるだけ採っておかないと、アイツらのことだから明日になれば鉱脈ごと横取りしにくるかもかも」

「なら早く獅子に報せないと」


 騙された証拠も掴みたい。

 バグが邪魔しにくる確率は高そうだし、借金を返すついでに今すぐ報酬の分け前と飯を届けてやろう。


「アナタはどうするの? まだクエストは続ける?」

「そうだな、騙されっぱなしじゃ悔しいし……それに、助けたい子がいるんだ」


 オレはサチコの話をした。

 幼い少女が奴隷としてテイカー商会で厳しい肉体労働に従事させられていること。 

 獅子がその少女を買い取ろうとしていること。

 そのためには100日以内に1億ペソン用意しなければいけないことを。


「サチコちゃんなら知ってるわ。ワタシもなんとかしてあげたいとは思っているけれど……」

「親はどこで何をしてるんだ?」

「さあ、生きているかどうかさえ怪しいかも」

「ここにいる連中で立て替えられないのか?」

「無茶言わないでよ。1億なんてお金、街中からかき集めたって全然足りないわ。貧しい街なのよ」


 それもテイカー商会の影響が大きいという。

 街の長とともに税金を搾取しているのだそうだ。


「ならいっそ、反乱を起こして力づくで救出するとか」

「それこそ無理ね。このギルドに、アイツに刃向おうなんて勇者はいないわ。ねえ、そうでしょう?」


 ノエリアがギルド内を見渡す。

 オレたちの話が聞こえていたのだろう。

 視線を送るとみんなうつむき、目を逸らした。

 図体はでかくても頼りにはならない。


「ご覧のとおりよ。財力も腕力もワタシたちじゃ足元にも及ばない。アナタたちは何か金策でもあるの?」

「分からない。すくなくともオレにはない」


 獅子も同じだろう。

 あればダンジョンで採掘なんてしていないはずだ。

 運任せに掘り進めたところで1億も稼げるとは到底思えない。

 今のままでは100日で達成するなんて不可能だ。


「たとえお金を用意できたとしても、素直に渡すようなヤツじゃないわ。バックには長もついてるし、屈強なガーディアンもたくさん雇っている。都合の悪いことはお金と権力で捻じ曲げるでしょうね」

「最初から売るつもりなんてないってことか」

「これがクエストなら難易度C-といったところかしら。ビギナーに発注するような仕事じゃないけれど、他の連中よりは希望が持てそう。ワタシもパーティに加わるわ」

「その難易度がどれだけ難しいのか想像できないが……だいじょうぶなのか? テイカー商会には逆らえないんだろう?」

「サチコちゃんの件は街全体の問題を象徴している。アナタたちよそ者だけに任せっぱなしというわけにはいかないわ。魔石の鑑定は引き請けるから、さっさとトライアルをクリアしてちょうだい」


 ノエリアはパーティ一覧に自分の名前を連ね、身支度を始めた。

 コートを羽織り、ありったけの魔石をカバンに詰め込む。

 彼女のなかではすでに決定事項になっているようだ。

 働きたくないとはとても言えない。

 当面の問題は解決するが、さらに大きな問題を抱えた気がする。


 だが、それほど嫌な気分ではない。

 日本で仕事をしていたときは、ただひたすら上司に命令されるだけだった。

 奴隷のように酷使されていただけだった。

 動かなくなれば別の歯車と交換されるだけだった。

 だけどノエリアは、パーティとして同じ立場、同じ目線でクエストに立ち向かおうとしている。


 お金以外のために働くのも悪くはない。

 もうすこしだけクエストを続けてみようと思えた。

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