第5話 奴隷制度
オレはバグに魔石の鑑定を依頼することにした。
しかし問題が1つある。
お金だ。
相手は商人だし、まさかボランティアで申し出ているわけではないだろう。
鑑定料が必要となると払うアテがない。
「あの、鑑定してくれるのはありがたいんだが、じつはオレたちは今、無一文なんだ」
「心配は無用。鑑定は無料だ。ただし条件がある。もし魔石が2つ以上見つかったら、半分分けてくれないか?」
「出なかった場合は? つまり、0か1つだけだったら?」
「その場合は採掘した普通の石を譲ってほしい。建築資材として売れるからな」
なるほど、さすが商人。
どう転んでも元は取れるというわけか。
「分かった。それじゃあ、よろしく頼む」
「承知いたしました」
バグは深々と頭を下げる。
口調もビジネスライクに変わった。
「おい、サチコ。仕事だぞ。手伝え!」
「はい、ご主人様」
バグが両手を叩くと、岩陰から小柄な少女が現れた。
10歳くらいだろうか。
ショートヘアから垣間見える顔はいかにも幼い。
服装も汚れたボロシャツを1枚着ているだけだ。
裸足で岩場を歩くのがいかにも辛そうにしている。
「その子は?」
「うちの奴隷でございます。ほらサチコ、さっさと準備しろ! お客様を待たせるな!」
「はい、ご主人様」
命じられるがまま、サチコは大きなリヤカーを引いて戻ってくる。
これに載せて運ぶつもりか。
「だいじょうぶなのか? こんな小さな子に手伝わせて」
「平気ですよ。壊れたらまた新しいのを買えばいいだけですから」
「壊れたらって……」
「なんや、この世界にはまだ奴隷なんて制度が残っとるんかいな! 子供に労働なんかさせたらあかんで!」
サチコに気づいた獅子が声を荒げた。
「アンタには関係ないだろう。ワシのモノをどう扱おうとワシの勝手だ。客じゃないヤツは黙ってろ!」
「黙っとれるか。今すぐ止めさせろや!」
獅子はつるはしを投げ捨ててバグに詰め寄る。
胸倉をつかむ勢いで迫った。
「おお怖い。暴力はいかんな」
「手ぇなんぞ出すもんかい。けど見過ごすわけにはいかん」
「ふん、そこまで言うなら止めさせてもいいが……」
獅子の気迫に圧されたのか、バグが両手を広げた。
降参したかに思えたが、表情を一変させる。
ゴブリンのように気味の悪い笑みを浮かべた。
「ただし、サチコが路頭に迷うだけだぞ」
「キサマ」
「当然だろう。奴隷だってタダじゃない。コイツの親が貸した金を返せないと言うから代わりに働かせてやってるんだ。それすら無理ならどこぞの娼館にでも売り飛ばすまでだ」
「娼館って、その子まだそんなんできる歳ちゃうやろ。絶対させへんで!」
「ならどうする? オマエが買い取るか?」
「今は持っとらんけど、近いうちにそうしたるわ。今日はワタシが代わりに働く。それでええやろ」
「アンタがそうしたいならワシはかまわんよ。せいぜい高く買ってくれ」
オマエのような冒険者もどきに払える額じゃないがなと、バグは鼻でわらった。
獅子は両手の拳を固く握りしめ、自分のズボンをつかむ。
殴ってしまいそうな衝動を抑え、サチコの元へ歩み寄った。
「キミ、サチコちゃんって言うんやな。お仕事大変やろう。今日はワタシがやるから、そのリヤカーを貸してくれへんかな?」
「でも……」
サチコはリヤカーの影に半身を隠し、取っ手を握りしめた。
不安そうな瞳で主を見つめている。
怠ければ主から制裁を受けているのかもしれない。
あるいは仕事を奪われるのではないかと怯えているのかも。
「だいじょうぶや。サチコちゃんの主にはちゃんと言うてある。心配せんでもええ」
獅子はしゃがみ込んで同じ高さに目線を合わせる。
子どもの扱いに慣れているようだ。
やさしい笑顔をつくり、片手を差しだす。
そのまましばらく見つめ合う。
やがて敵ではないと判断したのか、サチコはコクリとうなずいた。
警戒を解き、リヤカーから手を離す。
「ええ子や」
獅子はサチコの頭を撫で、リヤカーに載せる。
オレも手伝うべきかと迷ったが、バグから鑑定に立ち会うようお願いされては断れない。近くで見守るしかなかった。
「それでは鑑定を始めましょう」
バグは袖をまくり、山積みになった石ころをひとつにする。
名刺を差しだした時と同じような動作をした。
それがバグにとっての魔法の発動サインなのだろう。
だが石に変化は現れない。
ただの石ということだ。
一応オレも手にしてみたが、やはり変化は無かった。
ハズレはリヤカーに放り込む。
積み上げた石をバグが1つずつ手に取り、ハズレはオレを経由して獅子に渡す。
一連の動作をひたすら繰り返した。
鑑定は滞りなく進んでいく。
もう9割方確認し終えただろうか。
だが、魔石は出てこない。
オレはため息をついた。
やはり全部ただの石だったようだ。
今日の寝床はどうしよう……。
諦めたところでバグが「おや、これは……」とつぶやき、こちらを向いた。
なにやら手応えがあったようだ。
「ようやくアタリですよ。ほら、この隙間、普通の石のなかに魔石が埋まっている」
手許をみると薄っすら灯りが漏れている。
石の割れ目を覗き込むと、たしかに小さな石が光っていた。
登録証の魔石と同じ輝きだ。
これで無一文からは脱出できる。
この魔石1つでクエストクリアとなるかどうかはわからないが、少なくとも売ればいくらかにはなるだろう。
「ああ、もう1つありましたよ」
さらに発見したようで、バグがそれを見せる。
今度も同じくらいのサイズと輝きだ。
これはバグの取り分となるが残念だとは思わない。
むしろきちんと報酬を渡せて安心した。
「残りも期待しましょう」
そう言ってバグは最後まで鑑定し終えたが、結局見つかったのは2つだけだった。
それでもオレたちだけでは得られなかった収入だ。
1つ手に入っただけでも御の字といえる。
「ありがとう。助かったよ」
「いえいえ、こちらこそ。ありがとうございました」
「それじゃあ街に戻ろう」
「そうしましょう。サチコとアンタ……シシとか言ったか、さっさと帰り支度をしろ!」
バグはまた態度を一変させ、獅子たちに怒鳴り散らした。
接客時とはまるで人格が異なる。
親切にしてもらっておいて言うのもなんだが、見ていて気分の良いものではない。
獅子は、魔石が落ちないよう、きれいにリヤカーに敷き詰め、その上にサチコを載せる。あくまでも働かせないつもりだ。山盛りの石材とサチコを載せ終え、リヤカーを牽き始める。
しかし、かんたんには動かない。
石は相当な量だ。
湿気た岩場で踏ん張りがきかず、最初の一歩がなかなか動かせないでいる。
今度こそ手伝おうと後ろから押したが、今度は獅子がバグに叱責された。
「おい、シシ。お客様の手を煩わせるな。キビキビ運べ!」
「いや、コイツはオレの連れだし……」
「穂村、バグの言うとおりや。これはワタシが請けた仕事。手出しは無用やで」
「大事な商品を落とすなよ。失くしたら、その分は弁償してもらうからな!」
バグの耳障りな引き笑いがダンジョン内に反響した。
人を不安にさせるバフの効果でもあるのだろうか。
サチコがキョロキョロとみんなの顔色を伺っている。
獅子は勢いをつけ、なんとか1人でリヤカーを動かし始めた。
荷物をこぼさないよう必死に踏ん張り、悪路を進んでいく。
ダンジョンを引き返す道中、何度もよろけ、その足を止めるたびにバグが怒号を飛ばし、詰られた。それでも獅子も歯を食いしばって歩き続ける。
ハラハラしつつも、オレは見守るしかなかない。
せめて補助くらいはしようと先頭を歩きつつ、コウモリを追い払ったり、障害物となりそうな石を退けたり、歩きやすい道を選んで誘導した。
そして行きの何倍も時間をかけ、ようやくダンジョンを脱出した。
さらにそこから街に戻り、バグの屋敷まで運び終える。
屋敷は、街でみたどの建物よりも立派で、門構えも堅強な造りをしていた。
さぞや儲かっているのだろう。
「どや、ここまで1つも落とさんかったやろ? クエストクリアってことでええな?」
「ああ、ご苦労さん。ビギナーにしてはまあまあだったな」
息も絶え絶えに睨みつける獅子に、バグは心の籠っていない労いをかけた。
それからオレの方を向いて軽く会釈する。
「では、ワシはこれで。またご縁がありましたらご贔屓に」
「あ、ああ。こちらこそ」
「おい、サチコ。あとはオマエの仕事だ。倉庫に石を運んでおけ!」
「はい、ご主人様」
サチコに命令し、今度は獅子に向き直る。
「シシとやら、本当にサチコを買い取る気なら100日だけ待ってやろう。その間に1億ペソン用意してみせろ。できなければ、あとはどうなるかわかるな?」
「わかった。100日で1億やな」
「たしかに契約したぞ」
そう言い残し、バグは屋敷のなかに消えた。
「サチコ、必ず迎えにいったるから、ええコで待っとりや!」
獅子が叫んだ。
疲労困憊だろうに、無理やり白い歯をみせている。
サチコもそれを見てはにかんだ。
子供らしい、あどけない表情だった。
「穂村もギルドに行ってきいや」
「獅子は行かないのか?」
「ワタシはまだ魔石を入手しとらんからな。もう1回ダンジョンに潜ってくるわ」
「バカ言うな。そんなボロボロの状態で魔石堀りなんて続けられるもんか。いっしょにギルドに戻って休ませてもらおう」
「休んどる暇なんてない。穂村もきいたやろ。あと100日で1億つくらなあかんのやで」
「あの子を、サチコを助けたいという気持ちはわかる。だが、それは獅子がやるべきことなのか? なぜあの子のためにそこまでする必要があるんだ?」
「人の自由を奪う輩が大嫌いやからや。それもあんな小さな子を……サチコちゃんは何にも悪いことしてへん」
幸せになるべきなんや、と獅子は言い切った。
その瞳には明確な意志が感じられる。
獅子はオレの制止を振り払い、つるはしとバケツを持ちなおす。
「魔石、高う買ってもらえるとええな」
そう言い残し、よろよろとした足取りで街を出ていった。
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