第4話 三方良し
支給されたバケツとつるはしを担ぎ、オレと獅子は鉱山に向かった。
道中はモンスターとエンカウントする気配がなかったが、いざとなればつるはしが武器になる。歩きながら、魔法についてオレが知っている知識を獅子に伝えた。
「この世界・マニィでは魔石が社会のインフラを支えているんだ。燃やせばエネルギーに変わるし、発電もできるらしい」
「石油みたいなモンか?」
「それだけじゃない。ノエリアがやってみせたように、物質を変化させることもできる。これは人の個性というか、潜在能力によって性質が異なるようだが」
人によっては空を飛んだり、自身の姿を変えたりできる者もいるらしい。
冒険者に適した魔力を宿していれば勇者になることも夢ではない。
発動した魔法となりたい職業が一致していれば、その分野で無双できるだろう。
「なら、発動した魔法に合わせて自分の職業を変えたらええ。その方が合理的やわ」
「そうだな。ただ、みんながみんな使いこなせるとは限らない。とくにオレたちはよそ者だ。そもそも発動しないかもしれない」
「遺伝的なモンが関わっとったらどうにもならんしなぁ……」
オレは自分に才能があるなんて自惚れたりはしない。
己がいかに凡夫であるかは、これまでの人生でイヤというほど痛感している。
魔法はおまけだ。
使えれば便利かもしれないが、今はお金しか興味がない。
「魔石は交換できるし、保存もきく。魔法を使える冒険者なら、石油や宝石以上に欲しがるだろうな」
「まさにチートアイテムやん。ということは、あそこは文字どおり宝の山っちゅうわけや」
お金の匂いがしてきたでぇ、と獅子は鼻をピクピク動かした。
獅子も金銭的な価値の方に魅力を感じているようだ。
1時間ほど歩き、鉱山に着いた。
ダンジョンは、いかにもビギナー向けといった雰囲気で、物々しい気配はない。
その入口には冒険者やら鉱夫やらが大勢詰めかけている。
モンスターよりも人の熱気の方が鬱陶しい。
獅子も楽しそうに口笛を吹いた。
「みんなぎらついとるなぁ。まるでゴールドラッシュやな。一攫千金を手にするのは誰やろう」
「無駄口叩いてないで、行くぞ」
他の冒険者たちに続き、オレたちもダンジョンに潜った。
なかは岩がゴロゴロ転がっていて足場が悪い。
薄暗いしすぐに蹴躓く。
「これはたいまつが必要やな」
「買うお金なんてないけどな」
「他の人についていこか」
道中はいくつも枝分かれしていた。
他の冒険者たちのたいまつを頼りに先へと進む。
灯りを見失ったらと思うとぞっとする。
奥から断続的に音がきこえてきた。
冒険者が鉱山を掘り進めているのだろう。
金属と鉱物がぶつかる甲高い音がそこかしこで響いている。
しばらく進むと袋小路に突き当たった。
壁中一面で冒険者たちがつるはしを振るっている。
「どうやら無事に採掘現場まで辿り着けたようだな」
「ほなワタシたちも始めよか」
「オレはもう少しだけ休ませてくれ」
ここに来るだけでもけっこう消耗してしまった。
のども渇いたが、自販機なんて気の利いたものは無い。
飲み水も持ってくるべきだった。
準備不足が否めない。
つばを飲みこみ、ごまかすしかなかった。
ひと息つくと、獅子が腕まくりをして壁に向かう。
つるはしを勢いよく叩きつけると岩盤がヒビ割れ、瓦礫となって崩れ落ちた。
「お、意外と柔いな。これならガンガン掘れるで」
オレも重い腰を上げ、つるはしを手にして岩を掘る。
獅子の言うとおり脆い。
かんたんに石が採れた。
瓦礫の一部を手に取り、観察してみる。
見た目はふつうの石ころだ。
冒険者の登録証としてもらった魔石と見比べてみても違いは分からない。
重さや手触りも似たようなものだった。
試しに念じてみたが、とくに変化は現れなかった。
獅子も試しているようだが、結果は同じのようだ。
やり方が悪いのか、それともただの石ころだからなのかも判然としない。
「適当に掘ったら魔石かどうかどんどん確かめてみよう」
オレたちは並んで岩盤を掘り進める。
手が疲れたら魔石かどうかを確かめる。
ハズレだったらまた掘り進める。
その作業を繰り返した。
しかし1時間もしないうちに体力的に限界を迎え、オレは倒れ込んだ。
慣れない肉体労働は思った以上に疲れる。
両手が痛いし、腰にも響く。
獅子もほどなくしてあきらめたようだ。
「あかんわ。念じても擦っても、どれもウンともスンもいわん」
「はやりオレたちにはその資質がないんだろうか……」
遠くで歓声があがった。
冒険者パーティだろうか。
そのうちの1人が両手をあげている。
どうやら魔石を見つけたようだ。
その手から光が漏れている。
魔石自体もそうだし、素質があると分かってうれしそうだ。
羨ましいが、魔法が使えないならそれはそれでかまわない。
冒険者にならなくてすむ。
オレはからだについた砂利を払い、立ち上がった。
「もう街に戻るか」
「せやけど、このまま手ぶらで帰ったら寝るところがないで」
「適当に持ち帰ってノエリアに鑑定してもらうとか」
「ラッキーパンチが当たったとしてもクエスト達成にはならんやろう」
「それでも今日の飯代くらいにはなるかもしれない」
野宿は危険だし、たくさん歩いて掘ってしたから腹も減っている。
汗も掻いたしからだも拭きたい。
トイレも長い間ガマンしている。
近くにコンビニとかネカフェでもあれば良いが、そんな気の利いたモノは無い。
便利さに慣れているオレたち日本人にとっては酷い労働環境に思えた。
どこかで区切りをつけて帰らなければ。
「諦めきれないなら明日またトライすればいい」
「うーむ……」
考えたところで魔石が光り出すわけでもない。
実際問題、このまま堀り続けても望みは薄いだろう。
なにか別の方法を考えなくてはいけない。
不服そうに座り込む獅子をなだめすかし、オレは帰り支度を始めた。
採掘した石を1ヶ所に集め、入れられるだけバケツに放り込む。
残りはこのまま積み上げておくしかない。
一応、自分たちが掘った石だとわかるよう印をつけておく。
帰り支度をすませたところで恰幅のいい男が話しかけてきた。
「おう、兄ちゃんたち。この辺じゃ見ない顔だな」
「日本から来たんだ。冒険者もまだトライアル中だ」
「ほう……ニホンからか。最近増えているからな。トライアル中ということは、まだビギナーか?」
「まあな」
「成果の方はどうだい?」
「いや丸坊主だよ。アンタはどうだ?」
「ワシはこれからさ」
そう言って男は、オレたちが積み上げた石の山をみた。
「その石の山は兄ちゃんたちが掘ったモノか?」
「ああ、そうだが……アンタ何者だ? オレたちになんの用だ?」
オレは眉をひそめた。
よく見ると仕立てのいい服を着ている。
鉱夫や冒険者にはみえなかった。
大きなからだも、筋肉ではなく脂肪で太っているだけだ。
1つもマメができていない手のひらは、つるはしを振るう者のそれではない。
いかにも営業スマイル然とした目つきが場違いな雰囲気を漂わせていた。
「いや、失礼。ワシはこういうモンだ」
男は懐から薄い石板を取りだし、オレたちの前に差しだした。
石板には文字が刻まれていて『テイカー商会 代表取締役 バグ』と書かれている。
その文字が光った。
魔石だ。
「じつはすこし前から後ろで様子を見させてもらってたんだ。もしかして兄ちゃんたち、魔石かどうかきちんと鑑定できてないんじゃないか、ってな」
「ああ、残念ながらオレたちには魔法の資質がなかったようだ」
「もしよかったらワシが鑑定してやるが、どうだい?」
「本当か? それはありがたい。ぜひ」
バグは魔法を使えるようだ。
石板を光らせたのがその証拠だ。
これできちんと鑑定ができる。
だが、依頼しようと逸るオレを獅子が諌めた。
「ちょい待ち。これはクエストのトライアルやで。他のモン頼ったら失格になるんとちゃうか?」
「そうかもしれないが、どちらにせよ自力では見つけられないんだから失格だろう。いや、クエストの達成条件は魔石を持ち帰ることだ。手段は問われていない。ならむしろ、合格になる可能性の方が高いんじゃないか?」
「ワタシは納得いかんなァ。それやったら『三方良し』にはならん。そんなビジネスは続かんで」
「三方良し?」
✅FIRE豆知識❹~三方良し~
・三方よしは、近江商人の思想・行動哲学。
・三方は、売り手・買い手・社会全体を指す。
・売り手と買い手の両方が満足でき、社会にも貢献する。
「依頼主はもちろん、自分自身のためにならん。お天道様にも顔向けできんわ」
「なら、オレが掘った分だけ鑑定してもらおう。獅子は好きなだけ続ければいい」
「穂村はそれでええんか?」
「もちろん」
「そうか。なら、そうさせてもらうわ」
獅子は積み上げた山を取り崩し始めた。
結果を出せれば過程なんてどうでもいいと思うのだが……どうも獅子は頑固というか、負けず嫌いなところがあるようだ。
だが無理してつき合う必要はない。
首尾よく魔石が手に入りお金に替えられたら借金を返す。
あとはそれぞれしたいようにすればいい。
それでパーティは解散だ。
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