第3話 適正なリスクを取れ

 結局働くんかい、とオレは心のなかでツッコんだ。

 なにがFIREの仕方だ。

 働くだけならオレでもできる。

 なにが本当の自由だ。

 人間の社会にはルールってものがある。

 なにをやっても許されるわけじゃない。


 犯罪の片棒を担がされるよりはマシだが、あまりにも真っ当すぎる答えに拍子抜けした。所詮若造のアイデアなんてその程度なのだ。

 オレの落胆を察したのか、獅子が続けて語る。


「生活費もそうやが、ビジネスを始めるにはタネ銭が必要やからな。コツコツ信用を積み上げていけばコネや情報も手に入る。ビジネスを広げよう思たら人とのつながりを大切にせなあかん。その点でもギルドの役割は重要や」

「しかし、よりによって冒険者用のギルドとは……」


 冒険者向けのクエストは力仕事が多い。

 フィールドやダンジョンに出かけるし、モンスターとも戦う。

 当然、命を落とす危険だってある。


「オレは痛い思いなんてしたくない」

「ワタシも痛いんはイヤや。命懸けの仕事は請けん。お金より命や健康の方が大事やからな。何事にも『適正なリスク』っちゅうもんがある」


✅FIRE豆知識❸~適正なリスクを知る~

・ハイリターン=ハイリスクと心得る。

・リスクの取りすぎはケガのもと。

・いくらリターンが必要か計算し、リスク許容度を設定する。


「リターンに見合わんリスクまで取る必要はない。とりあえず今は2人分の生活費が稼げれば充分やろ」


 5,000円を両替して得た4,500ペソン(両替手数料で500ペソン取られた)を2人合わせて3日で使い果たした。つまり、1日当たり最低1,500ペソン以上は稼がなくてはならない。どんなクエストを請ければこの額が稼げるのだろう。まったく想像がつかない。


「ほな行こか」


 獅子は邪魔するでェ、と威勢のいい声を張り上げながら扉を潜っていく。

 仕方なくオレも後に続いた。


 ギルド内はレストランかバーのような雰囲気だ。

 テーブルがいくつか置かれていて、カウンターもある。

 洒落てはいないが汚くもない。

 もっと野蛮なイメージだったが偏見だっただろうか。

 

 テーブル席にたむろしていた連中がこちらを睨んだ。

 日本人が珍しいのだろう。

 あちこちから痛いほど視線が突き刺さる。

 場違いにもほどがあった。


 それらにかまわず、獅子はカウンターの方へ歩いていく。

 いい度胸をしている。

 ガンや野次を飛ばされようが歯牙にもかけない。


「受付のお姉ちゃんおる?」

「あら、また来たのね」


 奥から女性が1人現れた。

 そういえば、獅子は昨日も寄ったと言っていたか。

 すでに顔なじみのようだ。


「受付じゃないわ。ワタシも冒険者よ。名前はノエリア。本職はヒーラーだけど、ここのギルドは人手不足でね。事務作業も冒険者同士で兼務しているの。こう見えても忙しいんだから、邪魔しないでよね」

「今日は冷やかしちゃうで。ちゃんと登録しに来たんや」

「お連れさんも?」

「せや。コイツと2人パーティってことでよろしく」

「最近ちらほら見かけるようになったけど、日本人に冒険者なんて務まるのかしら? いかにもひ弱そうだけど」


 ノエリアがオレを見た。

 先に訪れている同胞への評価はあまり芳しくないようだが仕方あるまい。

 戦争経験者はすでに他界しているか生きていても高齢だ。


 オレは戦争どころか殴り合いのケンカもしたことがない。

 体育会系ですらないし、デスクワークばかりで目も肩も腰も悪い。

 まだ腹は出ていないが、運動不足は否めない。


「誰でも最初は1年生やで。せんで後悔するよりやって後悔する方が次につながる。もしアカンかったら他を探せばええ。トライ&エラーするだけや」

「その心意気は買ってあげましょう。さあ、これに記入して。手続きが済んだらすぐに『ビギナー』としてトライアルに挑戦してもらうわよ」


 苦笑しつつノエリアが紙を差しだす。

 ギルドの登録書らしい。

 内容に目を通しながらオレはおずおずと手をあげた。


「あの、オレ、まだ魔法が使えないんだけど、それでもトライアルはクリアできるものなのか?」

「問題ないわ。トライアルは冒険者としての資質の確認と、魔法の習得も兼ねているから」

「へぇ~、この世界には魔法があるんか」


 魔法ときいて獅子が瞳を輝かせた。

 新しいおもちゃを見つけた子供のようにはしゃいでいる。


「そんなことも知らずに冒険者になるつもりだったの? 先が思いやられるわね」

「まったくだ」

「楽しみやなぁ」

「オレは不安しかない」


 だが、もし魔法を覚えられなければすぐにリタイアすればいい。

 壁に貼られたクエストの数々を眺めてみたが、どれもこれも『きつい・汚い・危険』な仕事ばかりだ。しかも、高額な報酬になればなるほど難易度も上がる。当然といえばそれまでだが、一獲千金を夢見るには相応の実力が必要なのだ。


 オレにはチートスキルもなければ無双できるイメージも湧かない。

 どうしても働かなくてはいけないのなら、安心・安全な街のなかでするべきだ。

 そんなネガティブ思考をフル回転させながら個人情報を書き、死んでも文句言わないという同意書にサインをした。


「パーティ名は『ファイア・ライオン』でええか?」

「好きにしろ」


 どこかで聞いたネーミングだなと思ったが思い出せない。

 だが気にしても仕方がない。

 どうせ一時的なパーティだ。

 記入し終えた書類を獅子の分とともにノエリアに渡す。


「アナタたちの名前はホムラ・ホノオとシシ・ハクトで間違いないわね?」

「ああ」

「せやで」

「それじゃあホムラ、シシ。今から汝らの職業は冒険者となります」


 ノエリアは懐から小さな石を2つ取りだした。

 何の変哲もない、普通の石ころだ。

 それらを胸の前でかざし、十字を切るようなジェスチャをした。

 

 その直後、石が淡い光を放つ。

 外からの光を反射しているのではなく、内側から漏れているようだ。

 ひと際明るい部分に文字が刻まれていく。

 光が収まると、オレたちの名前だと分かった。


「はい、これで登録完了。この石が冒険者の証となるから、失くさないよう大事にしてね。街やギルドに出入りする時に必要になるから」

「なんや今の?」獅子が目を丸めて固まった。


「これも魔法の1つよ」

「すごいなぁ。どんな仕組みになっとるんや?」

「ワタシたちもよく知らないわ。魔法ってそういうものでしょう? 理屈が分かるなら、人はそれを科学と呼ぶの。それとも、アナタたちの世界では白魔術とでも言うのかしら。いずれにしても、科学的かどうか調べるのは頭の良い人たちの役目。ワタシたちユーザにとって重要なのは、仕組みがわからなくても使えるということよ」


 原理を知る必要はないという意見は完全に同意だ。

 オレもスマホの原理を理解していないが、その利便性を享受している。

 高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないのだ。


 理屈が分かるモノを科学や白魔術と分類し、分からないモノを黒魔術やブラックボックスなどと称してラベルを貼っているに過ぎない。問題は、ラベルではなくその作用をどう活かすかである。


「魔石っていろんな用途に使えるから、ここじゃ生活必需品なの。さあ、試験を始めましょう。あそこに山があるでしょう?」


 ノエリアに導かれ、表に出た。

 彼女が指差した方角には山脈が連なっている。

 全体は緑に覆われているが、岩が露出している山があった。


「あそこは魔石の鉱山になっているの。トライアルは、鉱山にあるダンジョンに潜って魔石を採掘してくること。報酬は魔石の質や量によって時価で計算。質問がなければさっそく取りかかってちょうだい」

「魔石かどうかはどうやって見分けたらええんや?」

「魔力を込めれば分かるわ」

「その魔力を込めるってのが分からんわ。さっきノエリアがやってた仕草をマネしたらええんか?」

「それで発動するかもしれないし、しないかもしれない。人によって発動条件が違うから、とにかく石に触れてみて、自分なりに魔力の込め方を試してみるしかないわ」

「むしろ、冒険者としての資質があるかどうか、ワタシたちの方が試されとるな」

「そういうことになるわね」


 ノエリアは悪戯っぽく微笑み、軽く肩をすくめた。

 美人だが気が強そうで上司にはしたくないタイプだ。


「アナタたちよそ者は無知だから教え甲斐があるわ。他に質問は?」

「鉱山にモンスターは出るのか?」オレは恐るおそる質問した。

「安心して。出るのはせいぜいコウモリくらいよ」

「それはよかった」


 敵がいないならなんとかなるかもしれない。

 すくなくとも生きては帰れるだろう。

 ノエリアからバケツとつるはしを渡され、送り出される。


「ノルマ分以上採れた魔石は自分たちのモノにしていいから。それじゃあガンバってね。クエストを終えたらアナタたちの故郷の話をきかせてちょうだい」

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