第5話 飴ちゃん

会社の階段にゴム手袋が片方落ちていた。

拾ってまた階段を上がると、もう片方も落ちていた。


それも拾い、

踊り場まで上がると、ふきんのような布が落ちていた。


それも拾い、

また階段を上がると、洗剤の入ったボトルが落ちていた。それも拾った。


まるで森の中で帰り道に迷わないように、木の枝を置いて目印にするように、それらは落ちていた。


そして階段を上りきると、

うちのオフィスの清掃をしていただいている、原田さんがいた。


原田さんは私のお母さんくらいの歳の方だ。


「原田さん色々、落としてましたよ」

私は笑顔で原田さんに手渡す。


「あ、ごめんね、みさきちゃん。おばさん取り返しのつかないことしちゃったね」


原田さんの取り返しのつかない沸点は低い。

物を落としただけでも、原田さんの取り返しのつかなさは沸騰してしまう。


私も同類だが。


「いえいえ」

「じゃあお礼に飴ちゃんあげるね」


私は黒飴とかカンロアメとかを勝手に想像していた。


が、原田さんが出した飴の袋にはこう書かれていた。


『ブドウ糖あめ』


ブドウ糖あめ。


ブドウ糖。疲労困憊の時に病院で点滴されるやつだ。


その飴バージョンを、アスリートがなめていそうなその飴を、原田さんは持ち歩いているのだ。


オフィスの清掃とは、トライアスロン的な大変さなのだ。


私は初めてのブドウ糖あめをもらい、

お礼を言ってオフィスに戻った。





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