12 # 事件翌日、加賀とオッペンハイム卿の会話
「残念ながら駄目だった」
オッペンハイム卿が言う。
場所は華道室。
オッペンハイム卿が用意した豪奢ないすとテーブルが設置されている。
テーブルの足が畳に凹みを作っているが、どうせあとで加賀が魔術で元通りにするのだろう。
更には外部から会話内容が盗聴できないように、あらゆる波を打ち消す隠蔽魔術もかかっている――おかげで周囲は真っ暗だ。
どういう理屈なのか、加賀とオッペンハイム卿だけが暗闇の中でくっきりと浮かび上がっている。
加賀は魔術を以て完璧に淹れられたダージリンを口に運び、それが美味しいのか美味しくないのかもよくわからないまま返事をする。
「まぁ、そんなことだろうと思ったけどね」
「そもそも発動せん。これではコレクションに入れるのは難しい」
「へぇ、発動しないって、なんで?」
「条件が厳しすぎる」
今回の事件で緊急で魔術院に仮登録された新魔術は、一部の野良の魔術師たちの悲願である、飛行魔術に一歩近づいた……かと思いきや。
魔術院が黙認する野良の高位魔術師が一人、「世界で最も飛行に近い魔術師」とも呼ばれる蒐集家・オッペンハイム卿を以てしても、発動することが出来なかった。
――〈
任意のベクトルに自由落下する魔術だ。
いわば〈東京ブギウギ〉の上位版――元となる〈東京ブギウギ〉が、完全にランダムなベクトルに自由落下するのに対し、加賀の
しかし、その発動条件は難しいという。
「あれ? 条件は確か、音楽で感情を沸き立たせればいいんだよね?」
「違う。初回起動時は貴様と私が直接コールしたことで、トオルは指定のベクトルに向かって飛んだ。すなわち、あれは〈
「ふぅん……? まぁ、結果は同じだけど」
「複数の魔術師が同時にコールすれば空は飛べる。当たり前だ。だがそれでは飛行魔術とは呼べん」
「じゃあ、〈
「……とてもくだらん制約が課せられている」
一つ。
阿千里による
そしてもう一つ、阿千里が見ていること。
「……なるほどね」
阿千里がピンポイントで必要ってことか。
確かにそれでは、魔術を発動させることはできない。
「おかげで、私には発動させることもできん。管理者どもが私に手を貸すとは思えんし、同じような魔術を作ることもできん。手詰まりだ」
「まぁ、僕としても〈
「……無粋な」
加賀の台詞に、オッペンハイム卿は「ハァ」と一つため息を吐いた。
「何故、貴様ら管理者どもは、新しいオリジンの創造に消極的なのだ」
「当たり前でしょ、物理法則に反する現象を一つでも潰すために僕らがいるのに、新しい魔術を量産してどうするの」
加賀の言葉に、オッペンハイム卿はうんざりした顔を見せた。
「にしても、制限のどちらにも阿君が絡んでるね」
「トオルはセンリのことが好きなのかね?」
「好きって、恋愛的な意味で?」
「そうだ」
「本人は違うって言ってたけどね。憧れの先輩なのは間違いないみたいだよ」
暗闇の中、少しの時間を沈黙が支配する。
聞こえるのはティーカップの音だけだ。
しばらくして、オッペンハイム卿がポツリと言う。
「……あのアクツセンリという少年だが、よく注意して見ておきたまえ」
「それは何故?」
「あれには、人の魔術を起動させる才能がない」
「みたいだね。試してみたけど駄目だったって」
「だが、センリの霊体に殴られて確信した」
「殴られた……?」
あのときは、確かセンリの体と霊体を分離させ、攻撃を無効化していたような……。
「魔術で殴られた瞬間に傷は治したが、しっかりやられている。……明確なイメージを載せた拳であるなら、霊体であってもダメージは通る」
「へぇ」
「……奴を管理者として育てるなら、既存のオリジンは使うな。
「そうだね」
「ならば、奴には
「阿くんに作らせる……?」
「そうだ。センリの感受性は閉じている。だが、それは封をされているだけだ」
オッペンハイム卿は、らしくなく鋭い眼光で加賀を睨む。
「貴様も、本当はわかっているのだろう? センリの「開かずの扉」を開ければ――おそらく膨大なイメージが荒れ狂っている。自分でも気づいていないようだが――私に言わせればあれは化け物だ」
魔術師としての才能は、私や貴様どころではない、とオッペンハイム卿は断言する。
「……オッペンハイム卿ともあろう人が、随分と評価するじゃない」
「いいや違う。これは確信だが、私がどれほど高く評価したところで、結局過小評価にすぎんよ。人間は、自分の創造を超えたものは、当たり前だが理解はできん」
そして、またもや暗闇を沈黙が支配する。
今度は、先ほどよりもずっと長い時間それは続いた。
「これと同じ感覚を、過去に感じたことがある」
「……それは?」
「キキと初めて出会った時に似ている」
キキのことは知っているかね? とオッペンハイム卿が言う。
「知らないな」と加賀が返す。
「キキは優秀な魔術師だった。とうに死んだがな。自分で作った魔術に飲まれて」
「んー、そのキキというのは、卿の……」
「元恋人だ。私を魔術の世界に引っ張り込んだ張本人でもある」
「阿君に、近いものを感じた、と?」
「そうだ。想像力や感性などが異常に肥大し、イメージの奔流を脳が受け止められない人間というのが極稀に生まれてくる。こういう者の作る魔術は、他の凡百の魔術師の作り出す魔術とは一線を画す」
「その割に、ぼーっとしるけどね」
今回も、ほとんど何の役にも立たなかったし、と加賀が言う。
もちろん本心ではない――加賀は加賀で、阿千里に一種不気味な力の気配を感じている。
「センリは自分のことを『鑑賞者』と言っていたな」
「言ってたね」
「無意識に自分の中にあるイメージを抑え込んでいるのだろう。もしイメージが野放しになれば、センリ自身にも制御などできるはずもないからな」
「どうなるかな」
「わからん。最悪発狂するかもしれんな。だが、魔術師としてうまく育てば、歴史に名を残すかもしれん」
「……危険はないかな」
「当然ある。だが、魔術とは芸術だ。あらゆる芸術の中でも最も難しく、美しい。私はそれを見てみたい」
そう言いつつ、オッペンハイム卿の表情は優れない。
それはどこか恐怖にも似た感情の発露だ。
「他人の魔術を無理やり覚えさせれば、多少は薄まるかな」
「やめておけ。わざわざ虎の尾を踏む必要はあるまい。それに彼は
「ふぅん?」
「出会ってからさんざん虐め倒したが平然としていた。なのにトオルのためには激高して私に殴りかかってきた。そういう
「何にも考えてないのかもよ?」
「実際何も考えてはないだろうな。だが、意識的に考えることを止めているようにも見えた。つまり――魔術師としての才能が大きすぎて、無意識にリミッターがかかっているのだろう」
なんせ、イメージに飲み込まれたら死ぬしかないからな、とオッペンハイム卿は言う。
「……だから、貴様が導いてやれ」
「やれやれ……」
加賀は諦めたように頷いて見せる。
「じゃあ、そろそろ彼らが来る頃ですし」
「お開きにするか。……それにしても、〈
逆だよ、と思いつつ加賀は訂正しなかった。
「野良の魔術師が大手を振って歩けるだけで十分でしょうが。――あるいは管理者になる?」
「ごめんだよ。貴様らのような無粋な連中の仲間だと思われるのは我慢ならん」
そう言うと、オッペンハイム卿はあっさりと姿を消す。
加賀はため息を付いて、パチンと指を鳴らすと、周りの暗闇がさっと晴れる。
そこはいつもの華道室だ。
加賀はコキコキと首を鳴らすと、本当は何の興味もない生花を活けながら、二人の弟子がやってくるのを待つことにした。
(了)
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