11
(知るか、そんなもん!!)
俺は構わず、さらに拳に怒りを込めて卿を殴りつけた。
「……おっと」
オッペンハイム卿が驚いた顔を見せた。
「驚いたな! この状況で私に手が届くとは……!」
「トオルを殺しといて、何を冷静に……!」
俺は卿の胸ぐらを掴む。
「……やるな」
卿はニヤリと笑って、しかし気づくと俺は元いた場所から少し離れた場所に転がされていた。
「……な……!」
――座標入れ替え魔術!
これだから魔術師というやつは――!
「邪魔をしないでもらえるかね?」
「何を……!」
俺は立ち上がって、もう一度オッペンハイム卿に駆け寄ろうとして、ぎょっと立ち止まった。
「あ、あれ?! 先輩?!」
「うぉっ?! と、トオル……?!」
いつの間にか元の体に戻った俺とオッペンハイム卿と間で、髪が酷く乱れたトオルが、キョトンと俺を見ていた。
▽
「トオルのポケットには、2つヴィネットを忍ばせておいたのだよ」
そう言って、オッペンハイム卿は余裕の態度でニヤリと笑った。
なにやら小さなフィギュアみたいなものをテーブルに並べて、満足そうにしている。
「なら最初から言えや!!」
「落ち着きたまえ、と言ったろう? それで察したまえ」
「察っせられるかーっ!!」
「そうですよ!! ボクも絶対死んだと思いましたよ!!」
俺とトオルが詰め寄っても、オッペンハイム卿は平然としている。
「たまたまダブりが2つ出たからな。有効利用させてもらった」
日本のヴィネットの出来は最高だ、などといいながら、食玩をうっとりと眺めるオッペンハイム卿。
……こいつ、腹立つなぁ……!!
「こらこらキミたち。オッペンハイム卿はキミたちの恩人だろ? あまり無礼な態度を取るのはいただけないね」
「……加賀先輩、こうなることがわかってたんですか?」
「まさか」
加賀は肩をすくめて、
「オッペンハイム卿は気に入ったものはとことん大切にする。小林君や阿君のことは気に入ったと言っていたから、死ぬことだけはないと思ってたよ」
どうやって回収するかまでは分からなかったけどね、と加賀は言った。
なんでも、蒐集家の膨大なコレクション内容は、誰にも把握できていないらしい。
「なら、最初からトオルを回収するだけでいいでしょうが! 何も空中で……ッ!」
「〈蒐集〉は
「なら、後日改めてトオルに頼めばいいでしょうがッ!」
「手間だ。それに私は待つのが嫌いなのだよ」
そんなことで……っ!!
「……くそー、殴りてぇ……」
「構わんよ? どうせ痛くも痒くもないからな。だが、当然やり返させてはもらうぞ? 試したい魔術が色々あるのだ」
「……こ、の、野、郎……!」
「まぁまぁ、先輩……」
トオルが俺を止めているけど、お前も怒っていいんだからな?
「そんなことより、ここから辻褄合わせだ」
と、加賀がいきなり話題を変えてきた。
……こいつも腹立つなぁ……。
「辻褄合わせですか」
「とりあえず、その子も早く母親に返してやりたいし、死んでないならいくらでも辻褄合わせはできる。記憶を改ざんするだけでいい」
「……記憶を改ざんすか」
……多分それ、あんまりやらないほうがいい気がするんだけど……。
「あと、空に落ちる現象は止まったよ」
「とは?」
「先ほど通知があった。バグは人為的なものじゃなく、偶発的なものだったらしい。アップデートパッチが当てられたってさ」
「じゃあもう落下事故は起きないってことですか?」
「うん。キミらのとこにも通知来てない?」
言われて初めて、視界の外になにやらぴょこんとアイコンが出ているのに気づく。
意識を向けると、たしかにエラー番号やら経緯やらと一緒に、バグが無事に塞がれたと書かれていた。
「なんだ、てっきりストゥルトゥス案件かと……」
ストゥルトゥス案件――日本を中心とした、物理法則への
これらの一連の事件は、管理者たちの頭を悩ませている。
だが、なるほど。
物理法則のアップデートに失敗すると、こうしたバグも発生するわけか。
「……あれっ?!」
トオルが小さく叫び声を上げる。
「女の子が……!」
そちらに目を向けると、先ほどまで抱っこしていた子どもが消えていた。
トオルは慌てた様子で周りをキョロキョロとしているが、加賀はそれを気にする様子もなく笑っている。
きっと、つじつま合わせのために、母親の元へ帰ったのだろう。
トオルは少し寂しそうに自分の手を見ていたが、そのうちガックリと肩を落とした。
「おかげで
「なら、辻褄合わせは……」
「ログを書き換えて、子どもは柵から転げ落ちたことになった。それを見た母親は半狂乱になったが、子どもは気絶はしたものの奇跡的に怪我はなく、めでたしめでたし。ニュースになることもなければ、人々に疑惑が残ることもない」
「「……はぁ〜……」」
思わずため息を吐く。
「……じゃあ、この人のお咎めは……」
オッペンハイム卿を見て言う。
「司法取引だね。今回の協力者として、もうしばらくの自由行動のお目溢しが決定された」
「ふむ。四方丸く収まって万々歳というやつだな」
「なにが万々歳だ! この野郎……!」
「今回最大の功労者に対して、この野郎とはいただけんな」
「くっ……こ、この……!」
「私は魔術を人に使わせることなど、滅多にないことなのだよ。〈東京ブギウギ〉は私のお気に入りの一つだ。感謝したまえ」
「「…………」」
……はぁ。
……もうどうでもいいや……。
「さて、私も行くとしよう。……トオル!」
「は、はいっ!」
「〈
「はぁ……」
「誇りたまえ。さては理解しておらんな?
「え、あ、そうなんですか?」
「我がコレクションに加えられたことを光栄に思いたまえ。では、これにて」
と、その瞬間にオッペンハイム卿の姿はかき消え、用意されていた豪奢な椅子やテーブル、ティーセットなども消えており、座っていたはずの俺たちも、だだっ広い河川敷で突っ立っていた。
「…………なんだこれ」
相変わらず、オッペンハイム卿の魔術は意味がわからない。
まぁ、コレクターなんてそんなもんなのかもしれないが。
「さて、とりあえず今回の事件もどうにかなった」
加賀が「うーん」と伸びをして言った。
190cm 近くあるひょろっとした長身と赤いくせ毛の加賀がそんなことをすると、妙に目立つ。
こいつ、明るい光の下があんま似合わねぇな……。
「じゃ、帰るとしようか」
「はい」
「そうっすね」
「キミたち、帰りになんか食って帰る? ラーメンくらいなら奢るけど」
「いえ、なんだか早く家に帰って寝たいです」
「だろうね……お疲れ、小林くん」
「はい」
「阿くんも」
「……俺、なんにもしてねっすよ」
本当にな。
「まぁ、表面上はそうだろうけど、もし阿くんがいなければ、色々上手く行ってなかった気はするね」
「そうっすか……」
見ればトオルも妙に嬉しそうに俺の顔を見ているが、今回の俺が一体何の役に立ったというのか。
3年も前の下手くそなピアノが役に立ったらしいけれど、今日一日だけで一体何回聴かされたことか……。
うんざりだ。
ぶっちゃけもう二度と聴きたくない。
やっぱり俺は表現者じゃなくて、鑑賞者のほうが向いてるよ。
三人でぞろぞろ連れ立って駅に向かう。
まぁ、管理者見習いをやめることはできないのだし。
万事うまく行ったなら、別にそれで構わない。
自分に魔術の才能があろうとなかろうと――結果良ければ全て良しだ。
天気は上々。
空に落ちるにはちょうどいい気候だ。
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