8

 家にたどり着き、リビングへ向かうと、桜子さくらこがソファでだらしなく寝転んで、ポップコーンをつまみながら映画を見ていた。

 

 いつもどおりの日常風景にホッとする。

 

「ただいま」

「おかりー」


 桜子は妹である。

 ただの妹ではない――妹の中の妹である。

 

 何をやらせても優秀。

 成績優秀スポーツ万能、ついでに眉目秀麗。

 性格まで良く、しかもお調子者とくる。

 

 小柄な兄に似ず、身長やや高め。

 陽キャのオーラが眩しい、ポニーテールがよく似合うスポーツ万能少女。

 両親自慢の子供である。


 さらに、ファザコンとマザコンとブラコンを患っていて、ラノベのヒロインかお前は! と言いたい。

 

 そして残念ながら優秀じゃなかった俺は、こんなひねくれ者になったわけだ(笑)。


(カッコワライ、じゃねぇよ)


 ついでに、俺の身長は170cm に届いていいない……クラスでも低い方だ。クソが。


「遅かったじゃん」

「まぁ……色々あってな」


 寝転んだまま振り返えった桜子は、俺の顔を見るなり

 

 「お兄ちゃん、どーしたの?!」

 

 と大声で驚いた。

 そして躊躇なく鑑賞中の映画をポーズして起き上がって、まじまじと俺の顔を見る。

 どうやら、本気で心配しているらしい。


「なんだよ、なんか変か?」

「うん。酷い顔してるよー?」

「マジか。どんな顔してる? 具体的に」

「すっごいイケメン」

「……そうじゃねぇだろ……」

「んー、端的に言うと、ヤンキーに追い回されたけど、誰かに命からがら助けられた、みたいな疲れ果てた顔してる」


 ……。


「……お前、見てたわけじゃないよな?」

「は? 何を?」


 キョトンとする桜子に、なにやら薄ら寒い感情を覚える。

 どういう勘だよ。女の勘ってそういうことじゃねぇだろ。


 そういうとこだぞ、と言いたい気持ちを抑えつつ、ハァとため息を一つ。


「……なんでもない。見てきたみたいに言い当てるなと思っただけだ」

「えっ、えっ、本当にヤンキーに追い回されたの?」

「そんなわけあるか」


 いや、ヤンキーが可愛く思えるほどの恐ろしい双子に追いかけられたけどな。


「ヤンキーに追い回されたのかぁ。よしよし、それは怖かったねー」

「だから、ヤンキーには追いかけられてねーっての……」

「……お兄ちゃん、こんなことになるなら、剣道続ければよかったのに。強かったじゃん」

「……お前のほうが強かっただろ」

「この地区、女子が少なかったからね。それに、お兄ちゃん相手じゃなかったら、勝ち星大したこと無いよ」

「……あっそ」


 お兄ちゃん相手だったら絶対負けないけど、とニシシと笑う桜子。

 俺のことならなんでも分かるから、試合でも有利に運べると言いたいらしい。


 知らんがな。

 それに、剣道で立ち向かおうとしたけど、全く太刀打ちできなかったんだっての。


「もったいないよねー。それにヴァイオリンまでやめちゃうし……あたし、お兄ちゃんのヴァイオリン好きだったのに」

「はいはい」


 またいつもの問答である。

 桜子は、何かに付けて俺に何かを努力させようとするのだ。


 俺も、割と何でも頑張ってきた自負はある。

 剣道、ヴァイオリン、書道、絵画、その他諸々。

 勉強もそれなりに頑張ってきた。

 

 ただ、何をやっても本気になれなかったし、そんなことだから、何にでも本気で取り組む桜子に勝てない。

 

 今は「努力倦怠期」だったりする。


 勉強もスポーツも兄より優秀な妹。

 兄としては当然面白くないわけで、こいつはそんな俺のプライドを無自覚に刺激してくる。

 しかも、ブラコンという業の深い病を抱えた桜子は、本気で俺のことを心配して言ってるのだ。

 本気でやれば、あたしなんて目じゃないのに、などとのたまう。

 プライドが傷つかないわけがない。

 さらに言うと妹に懐かれて嫌な気持ちになるわけもなく。


「まぁ、またやる気になったらな」


 俺は適当に返事をして、汗を流すために風呂場へ向かう。


「おや? お風呂まだ湧いてないよ?」

「ああ……ちょっと今日は疲れたから、シャワー浴びて済まして寝る」

「えっ、ご飯は?」


 今日は唐揚げだよ、と桜子。


「やめとく、オカンにごめんつっといて」

「了解。……ねぇ、お兄ちゃん」

「なんじゃい」

「本当に大丈夫?」


 桜子が真剣な目で俺を見る。


(説明するわけにもいかねぇよなぁ)


「大丈夫大丈夫。じゃ、俺行くわ、早よ寝たい」

「はぁい」


 脱衣場で着替えていると、映画が再開されたらしく、にぎやかな音楽がリビングから流れてくる。


 非日常が、日常に塗りつぶされていくのがわかった。

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