9

 翌朝、俺は桜子にゆさゆさと体を揺さぶらされて起こされた。


「お兄ちゃん、起きて。友達が迎えに来てるよ」


(友達? 何か約束してたか?)


 というか、朝迎えに来るような殊勝なやつがいたっけか。

 友人の顔をザッと思い出す。

 そんなやつは一人も思い当たらなかった。


(じゃあこれは夢だ)


 グースーピー。

 無視して寝ようとするが、桜子がそれを許さなかった。


「お兄ちゃん、待たせたら駄目だって」


 ゆさゆさ、からグワングワン、にレベルアップし始める。

 仕方なく目を覚ますことにする。


「……わーったから、揺らすな……」


 とりあえず眠い目をこすりつつ、体を起こすと、筋肉痛で全身がバッキバキだった。

 あまりの痛さに「うぉお」とうめきながら、とりあえず階下へ。


「ふぁい……どちらさん」


 誰だよ、と思いつつ、間抜けな声とともに玄関のドアを開けると、


「初めまして、先輩。それと、おはようございます」


 見覚えのある顔が、キラキラ眩しい笑顔で挨拶してきた。


「お前……」


 眠気なんて一発で吹き飛んだ。

 昨日の荷物ちゃん(仮)だった。


「何やってんの、お前」


 ていうか、なんでこの家のこと知ってんの。


「加賀先輩に教えてもらいました」


 ……おい、個人情報保護方針はどうした。

 そもそも、何で俺の家のこと知ってんだよ。


「阿先輩が命がけで助けてくれた、とお聞きしまして、お礼を言いたくて参上しました」


 そういって、荷物ちゃん(仮)はぺこりと頭を下げた。

 中性的な感じのする、耳に心地よいハスキー・ヴォイス。


「ありがとうございました! ぶっちゃけあんまり覚えてないんですが、あのままだと今頃は殺されてたかもしれないです」


 助けてくれてありがとうございました! と再度頭を下げる荷物(仮)ちゃん。

 俺は頭をかいて、話を切り上げようと試みる。

 あまり玄関先で話したい話題ではない。


「ああ、そう……いや、こちらが勝手にやったことだから」

「助けられたことに違いはありません」


 荷物ちゃん(仮)はそう言ってにっこり笑う。

 

 いや、なんだろう。

 昨日は目を閉じた状態しか見ていないし、ついでに苦しげな表情だったのでイマイチわからなかったが。


 ――なんだこの可愛い生き物は。


 めちゃくちゃ顔が整ってんじゃねぇか。

 まつ毛バッサバサのでっかい目。

 小ぶりな鼻と形の良い唇の奇跡のバランス。

 色の明るいサラッサラのショートヘア。

 輪郭整ってんなぁ。肌の透明感やばい。本当に同じ人間なのだろうか。

 てか顔ちっさ!

 背ぇ低いけど、手足長っ!

 

「あ、申し遅れました。小林こばやし とおるといいます。1年です。トオル、と呼んでください、先輩」


 ああはい、トオル……トオルね。

 歴史的大ヒットをかました某少女漫画の主人公と同じ名前ですね。


 じゃなくて。


「あー、えーと、トオル?」

「はい」

「お前、なんで男子の制服着てんの?」


 うん。何はともあれ、まずはそこだ。

 目の前で、フォトショ詐欺でもここまで可愛くないだろっていう美少女ヘッドが、男子制服(うちの学校はブレザーだ)の上に乗っている。


「え、似合いませんか?」


 似合ってる似合ってないで言えば似合ってるだろうけど。

 ……もしかして。


「よく間違えられるんですけど」


 とトオルははにかむ。


「でも、ボク男子ですし」

 

 ……うそん。

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